それからの2人1
「植物園に行くぞ。明日8時15分に玄関前に集合だ」
シャワーから出た私に、勝手に夕食の準備をしていたドクターシノブが仁王立ちでそう告げた。
「……平日ですけど」
「休講だろう」
入学当初は他学科の講義も面白くてあれこれ取っていたけれど、大学も四年になると流石に今年はフル単位しなくていいかという気持ちになってきた。教えたがりのドクターシノブもいるおかげで今年の必修も今のところ心配要素はない。
ドクターシノブは私がこれから髪を乾かすと見て、配膳の手を止める。札束が手を伸ばして電気ケトルのスイッチを入れた。
「まあいいですけど。何か研究材料にでもするんですか?」
ドクターシノブは未だに大学へ顔を出すことも多いものの、未だに世界経済を蝕むことにも熱心だ。去年「プラ回収マグロ」で海洋生物へのプラスチック製品被害を撲滅した際にノーベル賞候補に挙がっていたのには笑ったものである。いわく「魔法少女研究が本業、他の開発は才能を活かした趣味」らしいけれど、逆にした方がいいと思う。
灰色の脳細胞に刺激を与えるために見聞を広めるドクターシノブに付き合うのはいつものことである。今度は自走する植物でも研究するのかもしれない。
「研究ではない!! これはデートだ!!!」
盛大に否定された。その音量の大きさに、ポットを持ち上げていた札束の動きが一瞬止まっている。
「……そうですか」
そういうわけで、唐突にデートの予定が決まった。ドクターシノブは自分で宣言したくせに顔を茹で蛸にし、札束は『オーゥ』と呟いた。
まずはドライヤーである。
翌日、軽くジョギングを済ませて静かな朝食を食べ、支度をして玄関を出るとドアにギリギリ当たらない角度でドクターシノブが直立していた。
なんかいないなと思っていたら既に外で待っていたらしい。
「あ、すいません待たせましたか」
「今来たところだ!!」
朝から元気である。
「これを貴様にやろう」
「えっ……どうも……?」
背後に隠していたらしい薔薇の花束を押し付けられる。真っ赤な薔薇はやや重い。いろんな意味で。
「えっと……水に入れてきますね」
「早くしろ。22分発の快速乗るぞ」
自分が渡したくせに急かしてくるとは通常営業である。
とはいえ約束の5分前に玄関を開けたので、バケツに突っ込んでおくくらいはできそうだ。
『ヒカリサン、忘レモノデスカ』
「なんかドクターシノブが薔薇くれた」
『スキャンシマス……観賞用ガ24本デスネ!』
鼻唄を歌い出した札束に行ってきますと言い残して外へ出る。ドクターシノブは先程と同じ位置で立っていた。
「お」
「間に合うと思いますけど一応急ぎましょうか……何ですか?」
「いや」
狭い通路を通って階段のところで振り返ると、ドクターシノブはその場から動かず片手だけを中途半端に上げていた。立って待っていると、メガネを中指で上げながらこちらへ歩き始めた。
「それはそうと……今日はスカートのようだな」
「デートらしいので」
ドクターシノブが盛大に咽せた。自分で言い出したことなのに動揺しないでほしい。
「それは……そうか……。そ、そのスカートは見たことがないな」
「先週プリンセスキューティに貰いました」
ゲホゴホと辛そうにしながらも会話を試み、歩行速度も変えようとしないので、私は咽せるドクターシノブと共に駅を目指した。
「それはそうと、今日は車じゃないんですね」
「植物園に行くのなら車は駄目だ。絶対に」
「エコ的な意味合いで?」
「違う。……夢だった。こうして貴様と電車で行くことが」
ドクターシノブが何故か回想顔でそう言った。
最寄駅から大きな植物園まで電車でも30分程度なので、夢にしている暇があったら好きなだけ行けばいいような気がする。何か思い出があるらしかった。私には特に心当たりがないけれど。
着いたのは広大な敷地を持つ植物園だった。平日のためかさほど人は多くなく、社会科見学らしい小学生が首からバインダーを下げて並んでいた。
「なんか……こんな現代美術っぽい感じでしたっけ」
前に来たときには花壇や池のある敷地に大きめの温室がある、やや古くさいけれど特徴もさほどない植物園だった気がするけれど記憶違いだろうか。
敷地に入りながらドクターシノブが私を振り返る。
「貴様がここへ来たのはもう大方10年ほど前のことだろう。その後大規模な改装を加えたのだ」
なんでドクターシノブが我が物顔で人の過去を語るのかと思ったら、魔法少女の出動で来たんだった。確かあのとき大きな温室を崩壊させてしまい、そこそこ怒られた気がする。
「ドクターシノブ、もしかして出資したんですか?」
「した」
修復するのも新築するのも同じくらいの手間だったのはわかるけれど、元の温室と比べてもかなり豪華な作りになっているのがわかる。
中央には大きな本館があり、併設してある温室とともにかなりデザイン性の高い建物になっている。パンフレットによると、空調は自動制御で保たれているハイテク温室らしかった。
受付には機械が置かれており、チケットも電子式である。かなりお金をかけたようだ。途中にもよくわからないオブジェが置かれていたし、デートには向いているチョイスなのかもしれない。
ドクターシノブはチケットを通して本館の中へと入ると、薄暗い館内を興味なさそうに歩き始めた。というよりも、古代樹についての解説を読む私の様子をチラチラと窺っている。
どうやらこの先でまた何か企んでいるようだった。




