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元魔法少女は振り返らない  作者: 夏野 夜子
番外編

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それからの札束

 最近、札束の様子がおかしい。


「札束、ただいま」

『オカエリナサーイ。夕食ハアト24分デ出来上ガリマスヨ』


 蒸気孔から美味しそうな角煮の匂いを出しているものの、札束はそれ以上何か喋ることもなく黙ってしまった。

 明らかにおかしい。

 話しかければ問いかけへの答えだけではなく、付随する情報や私の好みを分析して興味がありそうな話題を持ち出したり今後の予定などを思い出させてくれたりしていた。さらに話しかけられなくても、私が暇そうにしていれば自分から会話を持ちかけたり今夜のメニューを相談したりしていたというのに。


「札束……」


 着替えてからリビングへ戻り、札束の前へと立つ。


『ドウカシマシタカ、ヒカリサン。アト15分マッテクダサイ』

「最近全然喋らないね。もしかして何か調子でも悪いの?」


 きちんと毎回掃除はしているし、外側も炊飯器や冷蔵庫と接続するためのコードもきちんと拭いている。ランプの光も消えてはいないので、外見はそう変わらない。

 しかし札束もうちに来てもう2年目だ。試作品プロトタイプとして作られたにしては、長く稼働しすぎているのかもしれない。もしくは、何か不具合が出てきたのかも。

 耳を付けてみても、調理中の僅かな電子音のみで不審なノイズなども聞こえない。基盤やプログラムのことになると、私ではお手上げだ。


「一度、ドクターシノブに診てもらったほうがいいんじゃ」

『ダイジョウブデス。札束ハ、ズットヒカリサンノオウチデ、ヒカリサンノゴハンヲ作ッテイタイノデス』

「でも……」


 札束が来てからというもの、私の食生活は飛躍的に向上した。

 栄養価としてだけではなく、私が食べたことのないような料理も作ってくれる札束は、私が知らなかった私の好物を沢山作りだしてくれた。エスニック料理からスイスの家庭料理、更にはチベットの伝統的なお祝い料理など、札束が提案してくれなければ外食でも選択肢に入れなかったことだろう。

 札束の提案によって、買い物も楽しくなった。今まで素通りしていたよくわからないハーブやスパイス、スーパーに並んでいることも知らなかったような食材を探すのは面白く、安さだけを求めていた買い物に彩りが出た。


「札束、私もずっと札束と一緒に暮らしたい。だからこそ、不調があるならきちんと検査したほうがいいと思う。もし何かあっても、私が一緒にいるから」

『ヒカリサン……』


 ホタルのようにライトの光を強弱させている札束を見つめる。

 修理で少しくらい離れることになったとしても、この先何十年も一緒にいたい。


『ヒカリサンノ気持チ、トテモウレシイデス。デモ、札束ノ機能ニ問題ハアリマセン』

「だって最近……」

『実ハ、結論ヲ出シカネテイルコトガアルノデス』


 膨大なレシピを記憶し、今なお学習し続けている札束でも出せない結論とは。


「超小型高性能チップを搭載している札束に私がアドバイスできることは少ないかもしれないけど、聞くことくらいはできるよ」

『ヒカリサン……』


 そっと無機質な上部を撫でると、しばらくライトを明滅させてから札束は口を開いた。


『ヒカリサン、実ハ……』

「うん」

『札束ニ、走行機能ヲ付ケテ欲シイノデス!』

「えっ」


 札束は力説し始めた。近頃、私が大学やらバイトやらで夜の外食が増えていること。食材の投入、炊飯器や冷蔵庫への接続も、いちいち私がやらなければいけないことが負担なのではないかと思っていること。

 自走することができればもし急に外食が決まっても、食材を冷蔵庫に戻すことができる。朝や風邪を引いたときに、私の様子を見に動くことができる。不審な人物の訪問にも対処できる。


『オートクッカートシテ、出過ギタ望ミダトワカッテイマス。デモ、札束ハモットヒカリサンノ役ニ立チタイノデス』

「札束……そこまで考えてくれてただなんて……!」


 ひしっと抱きしめると、調理中の温かさが伝わってきた。

 なんて健気なオートクッカーだろう。今のままでも、札束は私の人生になくてはならないものだというのに。


「不便だなんて一度も思ったことないよ。でも、札束がそうしたいなら相談してみよう」

『ヒカリサン! 札束ハ、ヒカリサントイウ素敵ナマスタート出会エテ、世界一幸セナオートクッカーデス!』

「札束!」

『ヒカリサン!』

「札束!!」

『ヒカリサン!!』


 札束の鳴らした、調理完了のメロディがいつもより感動的に感じる。ギュッと抱きしめた小さな筐体がどんな形になろうとも、札束は私の札束だ。


「……いや貴様ら、何の茶番だ!!!」


 勝手に持ち込んだソファで寝転がっていたドクターシノブが、ツッコミと共に勢いよく起き上がったかと思うと私たちの邪魔をし始めた。


「おい三科ヒカリ、これはただの調理器具だぞ。重量もあるし走行に不向きだ。もし他の機能が必要なのであれば、新しく作ればいい」

『オーゥ』

「なんて酷いことをいうんですか。ドクターシノブがそんな冷血人間だとは知りませんでした」

「何だと……」

『ドクター、ドウカオ慈悲ヲ……!』

「くっ……」


 それからというもの、ドクターシノブは札束と意見をすり合わせながら設計図と睨み合う日々が始まったのだった。






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