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魔法少女は高待遇

 アラームが鳴る。起き上がると、ドアの向こうから札束の歌声が聞こえていた。


『ヒーカリサーンノ、オイシーイゴハーン、愛情タップリ、栄養モタップリー。今日モ早メニー、帰ッテホシーイデース』

「札束、おはよ」

『オハヨウゴザイマス! イマ出来タトコデスヨ! 今日ハ和食デスヨ。炊飯器ガ、オイシイ小豆粥ヲ作ッテクレマシタ』


 四角い箱から伸びているケーブルが、炊飯器へと繋がれている。ピッと鳴った炊飯器はかなり旧式のものだけれど、札束が加熱温度や時間を調節することにより最近では白米以外にも色々なものを炊けるようになっていた。


『早ク着替エテキテクダサイ。今日モ快晴、最高気温ハ24度デスヨ』

「うん」


 顔を洗ってから部屋へ戻って着替える。それからまたリビングへと戻ると札束の蓋が既に開けられていた。


『オーゥ、ドクターシノブ、セメテ1番オイシイトコロハヒカリサンニオネガイシマス……ドウカドウカ』

「貴様、機械音のくせに中々悲壮な声を出すようになったな」

「……何してるんですか」


 美味しそうな焼き目の付いた金目鯛の干物を札束から取り出しながら振り向いたのはドクターシノブである。我が物顔でうちを歩き回り、朝食の支度を着々と整えていた。

 部屋の壁には改造して作られたドアが大きく開け放されている。


「おい、早く食べろ。冷めるぞ」

「いや……早く食べろじゃなく」


 海苔や漬物や醤油、納豆までもが既に並んでいる。いつの間に。

 早くしろと急かされて座ると、ドクターシノブが茶碗に小豆粥を盛って配膳してくれた。美味しそうな湯気を立てるツヤツヤのお粥、が入っているピンク色の茶碗には見覚えがない。向かい側を見ると、同じデザインでやや大きく青い茶碗をドクターシノブが手に取っていた。


「ボーッとしていて良いのか、今日は2限からとはいえ、大学に行く前に寄るところがあるのだろう」


 スプーンが欲しいのかとカトラリーを握らされて、私は大人しく食事を始めることにした。小豆の香りと温かい粥の自然な甘みが口に優しい。金目鯛は外はパリッと中は柔らかく焼き上げられていてとても美味しかった。

 それにしても、やや気まずい。そう思いながらドクターシノブをちらっと見ると、視線に気が付いたドクターシノブがにやりと笑った。


「どうした、まさか昨日の件で私がショックを受けて貴様から離れると思ったか。見くびられたものだな。私がたった一度断られただけで諦めるような人間だと思っているのなら大間違いだぞ」

「何度言われても答えは変わりませんけど」

「そう思いたければ思っているがいい。私は有能で、かつ執念深い人間だからな。このキンメは美味い。流石私の目利きだ」

『ドクター! 小豆粥ノオカワリハヒカリサン優先デス!!』

「流石の三科ヒカリでも朝から4合も粥を食べるわけがないだろう」


 悲鳴を上げる札束をいなしながらおかわりをしたドクターシノブが、席へ戻る途中にまたにやりと笑う。


「私は貴様を地獄の果てまで追いかけてやると決めている。断るなら、我が組織を壊滅させるくらいの気持ちで断ることだ」

「……消費者生活センターに電話しますよ」


 フハハハと高笑いするドクターシノブは、本当にいつも通りだ。ほんの少し嬉しいような気持ちになった気がしたけれど、どう贔屓目に見ても普通にストーキング宣言である。

 溜息を吐いて、小豆粥を口に流し入れた。私も早めにおかわりをしなければ。


「なんでドクターシノブも一緒に出るんですか」

「聴講生が大学に行って何が悪い」

「車で行けばいいじゃないですか」

「健康のために歩いているだけだ」


 結局、ドクターシノブは私が家を出るのと同時に出て、こうして並んで歩いている。脚力にはそこそこ自信があるけれど、ドクターシノブは足の長さというアドバンテージがある。どれだけ早く歩こうが余裕な顔をして付いてきていた。


「大学あっちですよ」

「私もたまたま銀行に寄ろうと思っていただけだ。貴様と同じようにな!」


 競歩のようになった私たちが駅前の銀行支店へあと20メートルほどになったとき、私たちを追い越すようにして黒ずくめの集団が銀行へとなだれ込んでいった。


 しばらくして聞こえる、悲鳴と非常ベル。銃声のようなものも聞こえるが、粗悪品のマシンガンだろう。

 立ち止まった私の隣で、ドクターシノブがやや背を屈めて囁く。


「これは極秘情報ではあるがな、ラブキュー部隊は今丁度街の西側でトラック横転事故の救助活動中だ」

「だからなんですか」

「まあそう睨むな。これを見ろ」


 ぴらりと私に差し出した紙には、「契約魔法少女臨時出動手当表」と書かれていた。


「どうだ、特殊外務省にこの額は出せまい」

「……」


 ドクターシノブを見上げると、眼鏡の奥で黒い目が嬉しそうに細められていた。そしてその手が私に固くて平たくて丸い物を握らせる。


「ドクターシノブの自演じゃないでしょうね」

「私はこれから政府と手を組む立場だぞ。銀行強盗などしている暇はない」


 心外そうに言い返されたけれど、ドクターシノブのことである。いい感じに情報を横流しして小物の組織を動かすなど朝飯前のような気もした。もう朝飯はたっぷり食べたけれど。


「ちょうど良く開店準備中の『メイクミー・カステラ』がある。あそこで変身するがいい」


 シャッターを閉められた銀行の様子はあまり見ることが出来ないが、銃声や悲鳴はかすかに聞こえてきていた。よほど慣れていない銀行強盗のようだ。周囲の市民にも危険が及ぶ可能性もある。

 私は息を吐ききって、それからドクターシノブに一発肘打ちをする。八つ当たりである。


「銃火器対応手当ても付けてください」


 ぐっとコンパクトを握って、それから私はカフェの方へと走り出した。






本編はこれで終わりです。

ありがとうございました。

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