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魔法少女、勝利を掴む6

「私は今まで魔法少女に関することについて、プリンセスウィッチ、つまり貴様のことを常に念頭に置いてきた。魔法少女の担当エリア、事件の種類による出没頻度、対処法……それらの情報について収集していたのも全て貴様をおびき寄せるためであり、プリンセスウィッチがいたからこそここまでの組織に成長したのだと思っている」

「はぁ」


 際どい発言である。


「当初はプリンセスウィッチを打倒、もしくは捕縛することを目標としていたが、貴様が引退したことによりそれは情報収集に変わり、そしてこうして出会い共に行動した今となってはその支援をメインに技術開発を行っている。言うなれば、貴様は私の女神ディーバだ」

「は?」

「端的に言えば、不本意ながら私のモチベーションを握っているのが貴様だ。貴様がいれば、求めれば私はどんな発明も可能だ。むしろ今までのすべての活動も、到達点として貴様がいたからこそ成し得たものだ」

「えぇ……」

「これからの魔法少女、そしてそれをバックアップする組織である研究所を牽引する存在になるためにも、私は貴様にプリンセスウィッチとして、いや三科ヒカリとしてそばにいてもらいたい」


 頼む、の一言と共に、ドクターシノブは深々とこちらに頭を下げた。

 その真剣な様子に戸惑う。色々と。


「いや、前にも言いましたけど、私はもうプリンセスウィッチになる気はありませんから。研究所や、特殊外務省に関わる気もないので」

「…………どうしてもか」

「はい」


 ドクターシノブは頭を下げたまま、スーツの内ポケットに手を入れて、取り出したものをスッと真っ白なテーブルクロスの上を滑らせるようにこちらへと押しやる。


 通帳である。名義からして、ドクターシノブの個人的な資産のようだ。

 つい手に取って残高を見る。


「……」

「どうしてもか」

「……いや今の話に別にこれ関係な」

「もし私と共に生きるというのであれば、それは好きに使っても良い」

「…………」


 美しくゼロの並んだ通帳。口座ってこんなにお金を入れられるものなのかと感心するほどである。私が魔法少女時代に稼いだ総額よりも多い。


「いやいや」


 一瞬のうちに脳裏をよぎった様々な思惑について振り払うように、私はその非常に魅力的な通帳を閉じ、視界に入れないようにドクターシノブの方へと突き返した。

 お金は他人からタダで貰うものではない。自らの労働と引き換えにして得るからこそ達成感があり、より良い効率を求める意欲にもなるのである。そのはずである。


「能力を持っているものとして、政府に目をつけられないために定期検査や研究材料の提供をするくらいなら協力するつもりです。でも、私はもう何年も前からこうして魔法少女とは縁がない生活を送ってきました。これからもそうやって生きていくつもりです」

「本当か?」


 ドクターシノブが顔を上げて、まっすぐに私を見つめていた。濃い黒色の瞳が、私を見透かすようにじっと射抜いている。


「本当に、貴様はこのまま一般人として生きていくことができるのか? この先、ただの一度も魔法少女としての力を使わずに生きていけるのか? いやそれだけではない、引退してから今まで、人々の危機に魔法少女として手を差し伸べようと思ったことが一度もないのか?」


 静かに問いかけたドクターシノブの言葉以上に、その目が私に問いかけていた。こうして目が合っているだけでも何かを暴かれそうな気がするのに、目を逸らせない。そんな魅力が強い瞳にはある。


 魔法少女をしていたことについて、後悔はない。今回の事件を通して、多くの人々を救えたことも、仲間と出会えたことについても少なからず誇りに思っているのだと自覚した。

 力を使って誰かを救うことが、私は好きなのだ。


「……私の気持ちは変わりません」


 だからといって、これからも魔法少女を続けるかどうかというのはわからない。この社会において、誰かの助けになるというのは能力がないとできないことではないはずだ。いつなくなるかわからない能力に縋るより、地に足をつけて、より多くの人を救う力を身につけるのも、間違った選択肢ではないと確信している。

 私はイスから立ち上がって、ドクターシノブに礼をした。


「すみません。ドクターシノブは知能も才能もある人なので、私ひとりがいなくても立派に研究所を引き継ぐことはできると思います」


 何も言わないドクターシノブにもう一度頭を下げて、個室のドアを開け、店から出た。送迎を断って徒歩で駅を目指す。

 ドクターシノブと袂を分かつ決断になるとしても、私は私の信念を貫くしかない。


 そう何度も心の中で繰り返しながらひたすらに歩いた。






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