魔法少女、勝利を掴む5
ドクターシノブの経営する飲食店、何が良いかというと栄養バランスである。
豊富なタンパク質を含みながら脂質と糖質は程よく抑えているところなど外食として選択肢に入れやすい。何やら高そうな皿の上のステーキが巨大なのは、私の食事量を把握してのことだろう。200gは軽く超しているステーキは、脂身がほとんどなく、その上柔らかくて食べやすい。
「このお肉あっさりしていて美味しいですね」
「鹿肉だ。この店は伝統的なフレンチを日本人向けにアレンジしたメニューが売りだからな。ジビエ料理にも力を入れるつもりだ。産地は信州と北海道から厳選したものを選んで仕入れている」
シャキシャキのクレソンを食べながら頷く。パンも好きだけれど、こういう赤身肉はご飯に乗せ醤油ベースのソースを掛けて丼にしても美味しいはずだ。後で鹿肉を融通してもらえたら札束にお願いしてみよう。
私がもりもり食べている間に、ドクターシノブはいつも通りあれこれと勝手に喋っていた。全国ニュースから天気の話、私が休んでいた間に進んでいた講義のテーマについて、それから自社ブランドの売れ行きなど。それも独自の統計学に基づいた予測や地球規模での気候の変化、世界情勢なども交えて話をするので中々興味深い。よくそれだけ食事中に喋っていて下品な印象にならないものだと感心するばかりだ。優雅にグラスを傾けながら堂々と話し、話題の合間にさり気なく食事を進めている。
彼よりも多く食べている私の口はお肉を放り込むのに忙しいので、頷くだけでいい一方的な会話も割と助かっていた。
そこそこ興味深く、そしてそこそこどうでもいい話を適当に聞きながら食事を進め、二段構えで提供されたデザートも堪能した。食後のコーヒーに付いてきたキャラメルを口に放り込むと、満足した胃袋とともに眠気にも似たリラックス状態がやってくる。
「それで、何で今日が記念すべき日なんですか?」
ドクターシノブはあれだけ喋っておきながら、特に重要そうな話題というのは一つも出さなかった。国会の審議から今日行われていた最高裁の内容、ビルボードを駆け上る新進気鋭の歌姫から札束の内部クリーニングシステムについてまで熱弁していたけれど、どれも今日の何かを決定付けるようなものではない。
かなりとりとめのない話っぷりのように思えたが、食事に集中できるようにと本題は出さないようにしていたのかもしれなかった。
キャラメルには手を付けずにコーヒーを飲んだドクターシノブが、姿勢を正すように軽く座り直してから中指で眼鏡を上げる。それからゆったりと指を組んだ。
「特殊外務省から我々の組織に正式にコンタクトがあり、大臣、事務次官と会談をした」
「よく実現しましたね」
特殊外務省の傘下とはいえ匿名性から魔法少女は限られた人物としか接することはないけれど、そのトップとは訓練を終え魔法少女としての任務を開始する前に一度顔を合わせる機会がある。
任命式というか顔合わせというか、お偉いさんから任された仕事だという責任感にリアリティを持たせるためなのかもしれない。私も豪華なオフィスで握手をしたことがあるけれど、忙しい大臣は数分で去ってしまったためほとんど記憶はない。その後食堂で食べた名物カツカレーの美味しさの方がよく覚えているくらいである。
私が会った大臣は既に任期を終えて交代しているので、今の大臣は画面越しにしか知らないくらいだ。しかし仮にも正義を司る存在が、悪の組織として活動してきた組織にコンタクトを取るくらいである。かなり大胆な決断ができる人物なのかもしれない。
「研究所を再編するにあたって、私の力を借りたいと申し出てきた。今までの行為については罪に問わないことを条件にな」
ドクターシノブは、悪の組織Sジェネラルを率いて銀行強盗やサイバー攻撃などあれこれ暗躍してきた人物でもある。とはいえ無駄に熱い人間なので、無意味に破壊行為をしたり市民に危害を与えたりするような事件は起こしていない。法の上では理解されないけれど、ドクターシノブなりに信念を持って行ってきたことのようだ。
その結果得た資産と様々な先進技術、そして優秀な人員を豊富に抱えているSジェネラルを、弱みを握らせたままで放置するよりも取り込んだ方が良いと判断したのだろう。
「我々の情報収集能力やセキュリティのノウハウ、更には魔法少女への熱意や開発機器について奴らは非常に評価しているようだ」
「それはそうでしょうね」
「合意すれば、私は研究所において実質的な統率権を与えられることになる」
政府や権力に対して物怖じするような可愛げのないドクターシノブは、図々しくもその場で交渉を重ねたらしい。研究所を建て直すのであれば、全面的に彼の意見を聞き入れた設備にする。魔法少女に対する関与についても、倫理規定を定め研究員はそれに厳密に従うことにするなど。
実際にやるとなると、政府や一個人の都合のいい思惑によって魔法少女を「使う」ことがないよう、万全の体制を整えるつもりなのだろう。ある意味彼以上に魔法少女のことを考えている人などいないのだから、向いているように思える。
良いんじゃないですか、と私が答えると、ドクターシノブはまっすぐに私を見た。
「三科ヒカリ、私は貴様にもついてきてほしい」




