魔法少女、勝利を掴む4
「ラブキューが出動したのは工業地帯で発生した強盗立てこもり事件だろう」
「ドクターシノブが起こした事件じゃなかったんですね」
「人聞きの悪い事を言うな」
座り心地の良い革のシートに凭れながら、スマホで札束に連絡を取る。『夕食メニューを夜食モードへ変換します』と頼もしい返事が来る。今日は札束自身のリクエストにより排骨麺の具材を入れていたのだけれど、どんな夜食に変化するのか楽しみだ。
「魔法少女は全員、無事に再活動し始めた。今のところ体調不良を訴えている者はいないようだな」
「そういえば忘れてたんですけど、あのあと福黒はどうなったんですか?」
「ああ、あいつか」
私が作ってしまった亀裂の中に不幸にも落ちてしまった議員福黒は、爆発の際にはなんと救出が間に合っていなかったらしい。しかしながら研究所が崩壊したのちに無事発見され、今は病院で療養中だそうだ。知らなかったけれど、私やドクターシノブが入院していたのと同じ病棟だったらしい。
随分と人格が変わり、あの頃のふてぶてしい黒幕っぷりはスッカリ消え失せてしまったそうだ。ついでにメタボ腹も消えたそうなので、悪いことばかりではなかったかもしれない。
「魔法少女のエネルギー移動計画への関与を全面的に認め、捜査に協力すると言っている。魔法少女の単語に異様に怯えるようになってしまったため、聞き取り調査はまだ完了はしていないがな」
「可哀想に。今度お見舞いに行きましょうか」
「泣いて喜ぶからやめてやれ」
ドクターシノブ率いるSジェネラル関連の病院は、現在暫定的に技能育成開発研究所が行っていた業務の一部を引き継いでいる。主に魔法少女の健康管理についてである。ドクターシノブが事件について知る人間のひとりであるということに加えて、独自に開発した最新の検査機器や広大な敷地、非常に充実したセキュリティなどが特殊外務省に評価され内密に委託されたらしい。
研究所の爆破によって、魔法少女の能力を測定、検査するための機器やデータが全部なくなってしまった。現在日本で残っている機器といえば、Sジェネラルが独自に開発していた新型機器くらいらしい。救出された研究員の多くが辞表を出しSジェネラルへ転職希望をしたこともあって、特殊外務省としても他の選択肢はなかったのだろう。
「フレンチでいいか」
「お肉をガツンと食べられるなら何でも」
ドクターシノブは相変わらず精力的に活動しているようだ。ダミー会社の飲食系でいうと、新しくダイニング系の店舗を多く増やしているらしい。中華、エスニック系の店舗についての計画も進んでおり、海外展開も視野に入れているらしい。新店舗や季節のメニューが出るたびに私の食費が浮くので、どんどん勢力を拡大してほしいところである。
「例のデータについては、調査が難航している。本丸はどうやら相当警戒心が強いらしいな。腕が鳴るというものだ」
「連続爆破事件がなくなって平和になっただけでも突入した甲斐はありましたしね」
私とドクターシノブが生き埋めの危険の中で見つけたブラックボックスについては、まだ調査の途中らしい。ドクターシノブは忙しいスケジュールのなかでかなりの時間をその解明に費やしているようなので、調査が終わるのもそう遠くはないだろう。
「ここだ。2日後にオープンする」
「また随分お高そうな店を作りましたね」
「半年前から計画を進めていたからな。高級志向の店を増やすことによって、富裕層への調査もしやすくする方針だ」
Sジェネラル系列のお店ではクレジットカードを使いたくないと思う。予約も。
ドクターシノブはいつも通りシワひとつない黒スーツを着ているので、普段着の私だけが浮いている。彼と店員くらいしかいないのが救いだ。頭を下げた店員の中に、見慣れた顔も見つける。Sジェネラルの幹部が直々に店内の教育をしているらしい。非常に行き届いた組織である。
ゆったりとした夜景の見える個室へと通され、ドクターシノブが椅子の背を引いて私を座らせる。すると間もなく飲み物や前菜の準備が始まった。メニューは既に決まっているらしい。
ドクターシノブの方には赤ワインが注がれ、私には炭酸水が細いグラスに入れられる。
「なんだか物々しいですね」
「そう言うな。今日は記念すべき日になるのだからな」
いつもより気取ったように眼鏡を押し上げながら、ドクターシノブがグラスを持った。こちらを待っているので、仕方なく私も炭酸水の入ったグラスを持つ。折れそうなほど細い脚のグラスは、よく見ると美しい形状をしていた。高そうなので飲みにくい。
「我々の未来に」
キザなセリフを恥ずかしげもなく吐き出して、ドクターシノブはグラスを掲げる。私は無言でそれにならい、薄いグラスへと口を付けた。
今日はやたらとドクターシノブの雰囲気がおかしい。
何を企んでいるのか訝しみつつ、私は皿に乗せられたやたらと小さくて凝った作りの食べ物を口に入れた。




