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魔法少女、勝利を掴む2

 機械音に清浄な空気。白く眩しい光を感じて、私は目を覚ました。

 サーバールームではない。


「……あのときはヒカリンのせいで出口が塞がっちゃってさ、みんなで途方にくれたよね……手分けして食料と出口探しにいって、暗くて怖いってヒカリン泣いてたね」


 どうやら病室のようだ、というのは見覚えのある光景で気付いたけれど、手を握る温かい感覚と謎のしんみりした思い出話で脳がいささか混乱する。

 起き上がろうとしたけれど、体が色々なものに繋がれていてかなわなかった。腕に刺さった点滴の針が少し痛い。胴体に付けられている電極から測定された心電図がメトロノームのようにリズムを刻んでいる。頭だけ起こしてモニターを見ると、大体平常値だった。すぐ近くになぜか札束がいる。


『オーゥ、ヒカリサン!! 起キタノデスカ! 嬉シイデス!』

「うわほんとだ。ようやく目ェ覚めた〜? おかえりぃ」


 嬉しさの表現なのか、札束はランプを素早く点滅させている。私の手を握っていたプリンセスキューティも、だらっとベッドに乗せていた上半身を起こして笑った。なんとなく、その目が若干イッちゃっている感じがする。


 とりあえず声を掛けようとして喉の乾き具合に咽せた。アーハイハイと立ち上がったプリンセスキューティが、ピーさんの描かれたプラスチック製のコップを冷蔵庫から取り出し、冷蔵庫の横に置いてあった水を注いでから私の口に押し付ける。やや雑な動きだけれど、乾いた喉にほんの少し冷えた水が心地良い。

 時間をかけて一杯分飲み干してから、私はようやく口を開いた。


「あのとき防災シャッターが降りたのはピンキーのせいだから。あと、泣いたのは私じゃなくてミキリンでしょ。しかもトイレ行きた過ぎて泣くっていう」

「チッ……いいじゃん些細な思い違いくらい〜」


 意図的に思い出を改竄しないでほしい。他のメンバーが聞いたらどう思うというのか。「ミキリンのやることだから……」と呆れられそうだ。


『ヒカリサン、ヒカリサン、大丈夫デスカ?』

「大丈夫だよ。心配してくれて」

『ドクターシノブガ、連レテキテクレマシタ。ヒカリサンガ無事ソウデ札束ハトテモ嬉シイデス。チョウド重湯ガデキマシタヨ』

「重湯とはまた超絶あっさりしたものを……」

「あったりまえでしょー? 6日も意識不明だったんだからさー」

「は?」


 とりあえずお腹が空いているので重湯でも何でも食べようかと思ってると、プリンセスキューティが変なことを言った。


「6日?」

「そそそ。もー脱出するの大変だったんだからねっ」

「まじか」


 プリンセスキューティがサーバールームまで来てくれたことは覚えているけれど、そこから私は意識を失ってしまったらしい。というか、普通に心肺とかが停止しかけていたらしく、心臓マッサージしたり移動したりと忙しかったそうだ。主にドクターシノブが。


「そのドクターシノブはどこに?」

「隣の病室で寝てるよ〜」

「……ケガしてたの?」

「んーなんかね、敵と格闘した際に肋骨が何本か折れたりヒビ入ったりしてたらしいよ〜。傷も多かったし、頭のCT撮ったりしてたみたい」

「え? 大丈夫なの?」

「ヘーキヘーキ」

「ドクターシノブが入院ってよっぽどのことでしょ」


 プリンセスキューティによると今は研究所から出て6日目である。私と同じく入院しているということは、かなり重篤なのではないだろうか。

 もう一度起き上がろうとすると、プリンセスキューティに寝てろやコラとベッドに押し付けられた。


「いやマジで平気だから。つかそんな状況でもあんたの足元に縋り付いて離れない上に睡眠とか食事とかすら摂らないからそろそろ死にそうってんで、昨日あたしがぶっ倒しに呼ばれたわけよ」

「えぇ……」

「今は鎮静剤たっぷり効かせてスヤスヤしてるから、起きるの夜くらいじゃない〜?」

「うわぁ……」


 私は意識がなかったので全く知らないけれど、光景が目に浮かぶようである。疲労と怪我を蓄えて睡眠と食を断つとは、ドクターシノブは人類の限界にでも挑戦するつもりだったのだろうか。起きた瞬間に死体を目にするのは流石に私も嫌だ。


「だからあたしが代わりに見張っててあげたの〜ありがとうございますは?」

「ありがとう」

「うわ素直じゃん」

「徹夜でずっと看ててくれたんでしょ?」


 押し黙ったプリンセスキューティの目の下にはクマができている。美容の大敵である睡眠不足になってまでも病室ここに残ってくれたというのは、彼女にしては破格の対応だった。


「べっつにー。起きたときロボットだけじゃ可哀想かなって思っただけだし」

『ロボットジャアリマセン。オートクッカー、札束デス!』

「ほんとヤバい名前。絶対ヒカリンが付けたでしょ」


 特にペットだの喋る家電だのに興味のないプリンセスキューティだけれど、私が眠っている間に札束とも随分仲良くなったようだ。便利なのでドクターシノブに頼んで一台貰えばいいと思う。札束はあげないけど。


「あ、ウソ」

「え?」

「ちゃんと追加で打つとこ見たのになー? やっぱ執念ってヤツ?」


 プリンセスキューティが顔を顰めた瞬間、病室のドアが勢いよく開いた。


「三科ヒカリィッ!!」

「うわ怖っ」


 薄い青の病衣を着た最高に顔色の悪いドクターシノブが、壁に縋り付くようにしてヨロヨロと立っていた。その後ろには焦った顔をした黒尽くめの部下が必死に点滴バッグを掲げている。それも2つ。

 普通に怖い。私が起きたとどうやって気付いたのだろうか。


「……起きたのか……」


 戻って寝ろ、と言いたいところだったけれど、私は黙って彼に手を差し出した。

 死にそうな顔色なのにそんなにも嬉しそうな顔をされたら、どんな冷血な人間でも無碍にはできないだろう。


「はー?! ちょっとジャマなんですけどぉ! 鎮静剤おかわりしてやろうか!」


 プリンセスキューティを除いては。






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