魔法少女、ピンチになる4
「おい、おいしっかりしろ!」
揺さぶられるのを感じて目を開く。
ぼんやりと青い光の中で、ドクターシノブがかなり至近距離にいるのがわかった。というか、私がドクターシノブの膝の上に乗っていた。体の右側が接するように横向きに抱かれ、ドクターシノブの手が左側をしきりに擦っているので温かい。
見上げると、ドクターシノブが少しホッとしたような顔をしている。
少し眠っていたようだ。思い出して力を辿ると、かなり弱くなっていた。プリンセスキューティが研究員を集めていた場所とラブキューミラクルに掛けた防御壁はかろうじて無事だったものの、通路を確保していた力は脆くなりところどころ崩れているように感じる。
口を開こうとすると、ドクターシノブが耳を近付けてくれた。
「通路が、崩れたかも」
「……大丈夫だ。脱出作業は全て終了したと先程通信が入った。我々を迎えに来るための重機もこちらへ向かっている。もう通路やラブキューミラクルに力を使わなくても良い」
よかった。
大きく溜息を零すのと同時に、外へと伸びていた力が消えた。この部屋を維持するだけであれば随分楽になる。あと2日くらいは保つだろうか。ドクターシノブの部下は有能なので、ここが崩れる前に救出してくれるだろう。
部屋の外が倒壊する音が聞こえたのか、ドクターシノブは顔を上げて見回した。それから私へと視線を戻す。
「この部屋も全体を保持する必要はない。迎えが来るまでの時間と必要な酸素の計算をしても、約半分ほどの大きさで事足りる」
ドクターシノブはそう言ったけれど、そこまで力の範囲を狭めるのは逆に難しそうだった。寒さのせいかうまく集中できないので、加減を誤って私たちも瓦礫の下敷きになってしまう気がする。
説明するのが面倒なのでそのままでいると、ドクターシノブに寝るなと揺さぶられた。
「これを食べるがいい。水は今温めているからもう少し待て」
ドクターシノブの指が唇をこじ開けて、隙間から何かを放り込んだ。硬さを感じたけれど、乗せられた舌の上でそれは次第に柔らかくなり、甘い味が広がってきた。キャラメルのようだ。本当に様々な食料を持ち歩いている。溶けた甘みを少し苦労しながら飲み込む。
「壁の中からブラックボックスが出てきた。恐らく何かの記録媒体だと思うが、ここで解明することは難しい。アジトへ持って戻って詳細を調べる」
聞こえているかと問われて、頷く代わりに瞬きをした。全身が鉛のように重い。
「この研究所内に設置された監視カメラの記録映像や、真犯人と繋がる連絡の記録がある可能性がある。これを解析すれば、より入念に計画を潰すことができるだろう」
静かな声であれこれと説明するので、ドクターシノブの声が子守唄のように聞こえる。接している部分が温かいので、余計に眠気を誘った。あれこれと動き回ったせいで疲れも溜まっていたのだろう。欲を言えば風呂に入って食事を済ませたいけれど、今はそれ以上に眠い。
「おい寝るな。そういえば今着ている衣装デバイスの使用感はどうだった。かなりの軽量化に成功していたと思うが、やはりもう少し機能拡充を図りたいところだ。温度調節を付けたいところだが、バッテリーの問題もあるな。ちなみに衣装パターンを他にも考えていて、」
下りそうになる瞼を、揺さぶられて止められる。ドクターシノブの目がじっと私を覗き込んでいた。暗くてしっかりとは見えないけれど、青い衣装の光が目を潤ませているように見える。
「寝るな、三科ヒカリ。私が貴様を助けてやる。かつて敵として戦った相手に情けを掛けられるとは屈辱的だろう。入院した貴様の前でホイップカステラを貪り食ってやろう」
いつも声の良さを強調するかのように無駄に音量を張っているはずが、今はささやき声を通り越してやや震えた喋り方に聞こえる。しっかりと支える腕の力が少し強くて痛い。
もうちょっと腕を緩めてください、と頼もうとすると、口元に何かが零れてきた。
「それから……、貴様の給料に、ついても話し合う必要が、ある。もし、プリンセスウィッチを、このまま続けるのであれば、スポンサーとして……聞け、三科ヒカリ」
ドクターシノブが指で私の瞼を撫で、目を開けるように促した。
怪我で腫れている。瞼も片側が青くなっているけれど、それでも瞳はいつもと同じだった。黒くて鋭く、真っ直ぐな目だ。
もう少し見ていたいと思ったけれど、ドクターシノブが私を強く抱きしめたのでそれは叶わなかった。
「死ぬな、三科ヒカリ。貴様が死ねば私も死んでやるからな!!」
相変わらず物騒かつ無茶を言う。
背中に手を回したかったけれど、もう手の感覚もなかった。




