魔法少女、ピンチになる3
巨大な機械が並んだサーバールームは、爆発のせいで電源が切れたために暗く、不気味な様相を醸し出していた。薄っすらと光る衣装デバイスと、耳元のライトを頼りに進んでいく。一通りサーバールームを調べて安全を確認し、私は防御壁を部屋全体へと広げた。これでとりあえずは酸素の心配をする必要はない。
遠くの方でまだ重い爆発音が聞こえている。
「魔法少女たちは大丈夫でしょうか」
「こういった事態も想定済みだ。事前の指示通りに動いているようだな。まず魔法少女を救出し、それから研究員を可能な限り確保した上で安全確認を行う手筈になっている」
リストウォッチを用いて現在位置を送信してはいるものの、爆発が収まらない限りは建物内へ立ち入ることは禁止する指示を出していたそうだ。なんだかんだ言ってドクターシノブは部下思いである。
「電源が死んでいないものからデータを確認する。貴様はここで大人しくしていろ」
ドクターシノブが壁を背もたれにするように私を床に下ろし、それからスーツのジャケットを私に掛けた。ほんのりと温かい。
作業を続けるドクターシノブを視界に捉えながら、私は体の中に集中する。
研究所の通路を守るための力は、少しずつ負担を増やしていた。出入り口に近付くに連れ念入りに破壊しようとする爆破が続いているけれど、その周辺には他の魔法少女の気配を感じる。外へと繋ぐ道は彼女らが守ってくれているようだ。そこへと続く場所で救助を手伝っているのか、何度も往復しているラブキューミラクルの力も感じた。
プリンセスキューティは、まだ研究所内であちこち活動しているようだ。研究室を回って生き残った研究員を一箇所に集め、まとめて救出する作戦らしい。大きな研究室に防御壁を張っているので、そこも強化しておく。
「あ、福黒のこと忘れてた」
「あの亀裂に入り込んでいれば、むしろ被害はそれほど受けないと思うがな」
床からかなり下へと落ちていた福黒なのでドクターシノブの言うことは尤もかもしれないけれど、実験室は金属製のパネルが使われていた。後々の責任問題で面倒なことになりそうなので、一応福黒の近くにも力を使っておく。
「しかしこれで、福黒が全ての責任者ではないことが判明したな」
「彼は自分を巻き添えにしてでも何かを守ろうとするタイプではないですしね」
連続していた爆破事件は、魔法少女たちを研究所へ収容するためのものでもあった。福黒が爆発物の設置について指示していたのであれば、こうして研究所を爆破することも知っていたはずだ。なりふり構わず命乞いをしていた福黒が、亀裂に落とされて救助が必要な状態になりながらも私たちに知らせないでいるとは思えない。
恐らく福黒は見せかけの責任者にされた捨て駒で、糸を引いている人物が他にいるのだろう。
「ん? 待て、この奥に何かあるな」
ドクターシノブがサーバールームの壁面に触れている。パネルが嵌め込まれた作りの壁面に違和感を感じたようだ。
「また爆発されないように注意してくださいね」
「この状況で私が油断すると思っているのか……おい、プリンセスウィッチ」
眉を顰めたドクターシノブが、私の顔を見て動きを止めた。そして大股で近寄ってすぐ近くに跪く。眼鏡のない顔が青白いのは、私の衣装が光っているせいだけではないようだ。
「ドクターシノブ、顔色が悪いですよ」
「それはこちらの台詞だ。……体温が下がっている」
私の顔や手足に好き勝手触れたドクターシノブの手は、やたらと温かく感じた。指摘されて意識すると、確かに四肢の先端が冷たく感じる。ドクターシノブが私の手を包んで擦ると、そこが一時的に温まるのがわかった。
「エネルギーが切れかけている。力を使うのをやめろ」
「まだみんな逃げ切れてません」
「言ってる場合か!! くそっ」
ドクターシノブは私の背に手を入れて起こし、掛けていたジャケットに袖を通させた。私の腕を擦りながら抱き上げて、サーバーへと凭せ掛ける。そして繋がっているチューブを次々と抜き始めた。
「冷却水の循環を止めた。温度が上がってくるからもう少し張り付いて待っていろ」
戻って来て肩から背中を擦りながらそう言ったドクターシノブに頷くと、体を動かすのがかなり億劫になっているのを感じる。寒さのせいなのか、思考も鈍くなっているように感じた。力に集中することが難しく、通路の確保にもっと力を使わなければいけない。
「ドクターシノブ、調べて」
「……すぐに終わらせる」
機械の静かな作動音を聞きながら、ゆっくりと呼吸をする。胃の中に大きな氷の塊を詰め込まれているような感覚がしていた。札束の作ったシチューが食べたい。
壁面をこじ開けようとするドクターシノブの周囲に力を込めて、それから目を閉じる。無駄な力は少しも使いたくなかった。




