魔法少女、覚醒する5
やや重い衝撃に耐えていると、その空気すらもつんざくような悲鳴が耳を麻痺させた。
同時に人影を感じて避ける。
「ちょっと、危ないよラブキューミラクル!!」
「動かないで! 私たちは魔法少女! あなたたちを……あれ?」
どうやら眠らされていた魔法少女たちが覚醒していたようだ。恐らく福黒の部下たちがここにも滞在しようとして返り討ちになったらしい。彼女たちには新しい制御チップは埋め込まれていなかったのだろう。
「落ち着いてください、私は敵では」
「ほ、ほんもの……」
先程避けた人影が、よろよろと起き上がりゾンビのように近付いてきた。
オレンジが目に明るい魔法少女、ラブキューミラクル。つまりみるるちゃんである。どうやって衣装デバイスを手に入れたのだろうか。
花粉症か何かのように目と鼻が大変なことになっているが、その他に負傷している様子もない。どうやら特に問題もなく目覚めることができたようだ。
「無事でよかった」
「ほんもの……」
よろよろと私の近くで立ち止まったラブキューミラクルが私の手を取り、そっと握る。手を見ながら何度か上下させたかと思うと、さらにそっと近付いてきて何故か抱きしめられた。
「夢……?」
「あの、意識がハッキリしないなら安静にしたほうが」
「夢じゃない……夢じゃ゛な゛い゛……」
じわじわと込められる腕の力が地味に私を締め付けている。プリンセスウィッチのファンだという話はよく聞いていたので、会えて嬉しいのだろう。ふぐうと胸元で泣いているラブキューミラクルについてはとりあえず置いておいて、周囲にいる他の魔法少女たちも見た限りは特に後遺症もなさそうだ。
数十人の魔法少女たちのうち、衣装デバイスによって変身しているのが10人ほど、変身しないまま立っていたり、他の少女を介抱しているのが半数だった。研究員やドクターシノブの部下2名については負傷している様子はあるものの、いずれも軽傷のようである。
「え……あれってプリンセスウィッチなの?」
「ニセモノ?」
「かなり前に卒業したんだよね?」
「写メ撮っていいのかな」
魔法少女たちがこちらに注目しているので、なんとなく手で顔を隠した。写メはやめてほしい。
「とりあえず、歩けるようならあの人たちに従って、ここから出てください。詳しい説明は後々プリンセスキューティからされるような気がします」
「えっプリキュー先輩もいるんですか?」
「先輩無事なんですか?」
現在最も魔法少女歴の長いプリンセスキューティと面識のある魔法少女も多いようだ。対応はプリンセスキューティに任せたほうがいいかもしれない。
呼びに行こうかと思っていると、ちょうどドアが開いた。
「ちょっとプリンセスウィッチ、勝手に……」
「おい貴様ァア何私のプリンセスウィッチに無断で抱きついている!!」
プリンセスキューティを押しのけてやってきたドクターシノブが、私に抱きついたままのラブキューミラクルを引き離そうとした。しかし彼女も現役の魔法少女である。中々鍛えているようで私にしっかりと抱きついて離れようとはしなかった。
「夢じゃない……」
「離れろッ!! くっこのっ」
「ほんもの……」
ラブキューミラクルの腕を剥がすことに失敗したドクターシノブは、対抗するように私を背後から掴んで引っ張る。腹にかかる力と背中にかかる力が非常に強い。
プリンセスウィッチは誰のものでもないので、大岡裁きみたいなことはしないでほしい。
「やだ〜修羅場〜ウケる〜」
「見てないで助けて」
「えーじゃあ勝ったら私のものってことでいいの?」
「誰も参戦しろとは言ってないんですけど」
プリンセスキューティは小首をかしげてすっとぼけたことを言い、他の魔法少女はドン引きしている。誰もあてにならないので、自分でどうにかすることにした。
「あの、ラブキューミラクルさん、ちょっと落ち着いて、体に障るとよくないし」
「な、なま、ままえ、おぼ、おぼ」
「落ち着いて」
肩に手を置いて説得すると、ラブキューミラクルは更にぶわっと水分を増量させた。ティッシュで拭っても全然足りない。後ろで同じコンセプトの衣装を着た魔法少女が「うちのミラクルがすみません……」とペコペコ謝っていた。どうやら同じチームの子らしい。
「とりあえず、健康診断とかいろいろしないといけないから、他の魔法少女をまとめて研究所から出ないと」
「あ、あの、プリ、ぷりんせす、ウィッチ先輩様も一緒に……!! あと、あのサインもしてほしいし一緒に写真もしてほしいし一緒にポーズしたいし一緒にご飯とか出動とか夜勤とか復帰お祝いパーティーとか!!!」
「ほんと落ち着いて。あと別に復帰したわけではないから」
「えっっっ!!!」
首を振ると、「えっ」が前後の両方から聞こえた。
前のラブキューミラクルは顔を赤くして涙目になり、後ろのドクターシノブは顔面蒼白になっている。ついでにプリンセスキューティは機嫌悪そうな顔で「は?」とドスの利いた声を出していた。




