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魔法少女、覚醒する3

 チップがないととても清々しい。

 リードを首輪ごと外してもらった犬のように走り回りたくなる。


「プリンセスウィッチ、もうその辺でやめておけ。大の男がこれほど醜態を見せるのは相当のことだぞ」


 いつの間にか近くに来ていたドクターシノブが、私の肩を叩きながらかぶりを振った。必要によっては他人を洗脳することさえ厭わない彼だが、亀裂の中を覗き込む顔には憐憫さえ浮かべている。

 一緒に覗き込むと、福黒が幼子のようにしゃくりあげて泣いていた。


「閉所恐怖症か、高所恐怖症ですかね」

「こんな底の見えない亀裂に放り込まれて幅を広めたり縮めたりされたら、どれだけ強靭な精神の持ち主でもたちまち両方とも発症するだろうな」


 現役だった頃でも、能力を思いっきり使う機会というのはなかった。公共の場で政府側が暴れまわるわけにもいかないし、研究所でも何か高そうな精密機械を壊したりしたら弁償が恐かったからである。


「しかし貴様、能力を使い過ぎてエネルギー切れを起こすのではないか」

「お腹は空いてますけど、倒れそうな気配はないですね」

「ヒカリンの言うエネルギー切れの感覚ってぇ、チップの制御機能で引き起こされてるやつだったからね〜」


 のんびりとそう言ったのはプリンセスキューティである。彼女は私の隣にしゃがみ込んで、福黒の様子をムービーで撮っていた。能力を使って亀裂を大きくしたり小さくしたり遊んでいると福黒が勝手に様々な悪事を自白し始めたので、証拠として録画しているのである。趣味のためではない。と思う。


「つっても流石に地面をこんだけ動かしてピンピンしてんのはありえないわー。能力測定で手ェ抜いてたのがわかるよね〜」

「いや、手抜いてたと言うよりは制御機能が気持ち悪くてやりたくなかっただけだし」

「おなじことじゃない? フツーこんな大きい穴とか開けらんないでしょ……えいっ」

「やめてええええっっ」


 プリンセスキューティが亀裂へ手を翳すと、ビシッと音がした。私が作った割れ目に対して直角に交わるように新しい亀裂が発生する。長さは2メートルほどなので、亀裂を上から見るとちょうど漫画で使うキラキラしい光の表現のような十字の亀裂が出来上がった。

 そして福黒が悲鳴を上げながら亀裂の底へと飲み込まれていく。能力を使われたことに驚いたのか、それとも踏ん張るのが限界だったのかはわからないけれど、私たちは並んでその様子を眺めた。


「流石に死んだか……」

「いえ、亀裂は下に行くほど狭くなっているはずなのでどこかで詰まっているはずですけど」

「見える範囲にいる?」


 ライトで照らしてみると、かすかに福黒が見える。助けてくださいと丁寧に謝罪している声も聞こえてきた。上から目線が矯正されて何よりである。


「福黒、ドクターシノブのご両親の行方も教えてください」

「知らないんだっ! 本当だっ! 逃亡しかけたところを捕らえられたのは知っているが、その後私は関与していないっ! 頼むから信じてくれっ!」

「……どうやら本当に知らないようだな」


 亀裂を見下ろしながら静かに言ったドクターシノブの顔を見上げる。

 研究所についての情報を探っていたのは、両親の行方を探すためでもあっただろう。子供の頃から親元を離れることになった点については私と同じだけれど、心配せざるを得ない痕跡を残して消息を絶たれ、さらにその身を狙われることにもなって海外で暮らすことになった幼いドクターシノブは、かなり不安な日々を過ごしたはずだ。


「なぜ貴様のほうがそんな顔をしている。両親のことについては覚悟していた。洗脳されて政府側として動いている事態も想定して脱洗脳装置も持ってきたが杞憂だったようだ」

「上書き洗脳装置の間違いでは……」


 親相手に何を始める気だったのか。素直な目でSジェネラルの一員となるドクターシノブの両親をつい思い浮かべてしまった。どのパターンが最悪の事態なのか選びかねる。


「それにしても、よくプリンセスキューティが裏切っていないと確信していたな。茶化した口調でかなり本気に見えたが」

「え〜そんなことないもん〜」


 プリンセスキューティがぶりっこポーズを決めてすっとぼけたが、私に対しての戦いは確かに本気だった。怪しまれないように本気を出していたというより、普通に楽しんでいた。戦うときは手を抜かないのである。


「やはり一度は引退したとはいえ魔法少女、思っていたよりもその絆は強かったようだな」

「でしょ〜。私はヒカリンのこと世界で一番信頼してるから。ヒカリンなら信じてくれるって思ってるし。ねえ?」


 ぎゅっとプリンセスキューティが私に抱きつくと、ドクターシノブが怒り出す。騒ぐと亀裂の中にいる福黒も助けを求めて騒ぎ出すので静かにしていてほしい。


「いや、まあ信頼関係はありますけどそれだけではないというか」

「どういうことだ」

「初めて実戦をした夜におねしょしたプリンセスキューティの後片付けを秘密裏に手伝った際に、『ありがとう、ずっとずっと友達でいてね。何があっても助けてあげるからね』って泣きながら」

「やっぱり殺す!!」

「他にも訓練が辛くて泣いたプリンセスキューティを」

「マジでぶっ潰せばよかったわおい福黒ー! やり直すから早く上がってこい!! 大体ヒカリンだって蛆虫みたいに暗くなってた時期に助けてあげたでしょー?!」


 話の途中で飛んできた本気の蹴りを避ける。プリンセスキューティは顔を赤くして本気の目で狙ってきていた。イメージ戦略にかなり心血を注いでいる彼女にとっては、そういった過去は葬り去っておきたい事実のようだ。だが私は忘れない。

 こういう誰にも聞かせられないようなエピソードを積み重ねているのも、魔法少女の絆が強い所以なのかもしれない。






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