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魔法少女、覚醒する1

 私は今までお金のために魔法少女をしてきた。

 十代の少女が掴むことのできる選択肢の中で、最も実入りの良い仕事だ。特にコストを掛けることなく大金を手に入れられた点において、この能力を発揮できる体をもって生まれたことを幸運に思う。

 出撃すればするほど給料は増えるし、敵を倒せばその都度手当ても貰えた。お金は明確な指標だった。何かを成し遂げているという実感をくれる。家族の役に立っているのだという証拠になる。自分が何者であるかを定義してくれる。得体の知れない力を肯定してくれる。


 潤沢な資産と引き換えに、私は変わった。

 お金があれば大抵のことが解決するという社会を知り、逆にお金によって人間関係は混乱することも知り、それから十代の少女という外側の価値と能力持ちであるという内側の価値に気付いた。

 全てがつまらなく見え、やる気をなくして私は自分の価値を捨てた。


 その捨てたはずの場所に私はまた立とうとしている。



 口の中の巨大な飴をぐっと噛み締める。

 砕かれた甘みのカチッと小さな振動を歯で感じて、それを思いっきり吐き飛ばした。

 球体がかん、かん、と音を立てて跳ねながら転がり、ドクターシノブの足元に辿り着く。同時に私は反対側の方へと顔を背けた。福黒の視線も私が吐き出したものを見ているのを確認してから思いっきり目を瞑る。


「うわッ……!!」


 カッとまぶたを通して閃光を感じる。その瞬間に私は目を瞑ったままプリンセスキューティの腕を掴み、肩を引っ張って首筋に右手を回した。同じように、プリンセスキューティの手も私の首にかかっているのを感じる。

 目を閉じた世界の中で、自分の内側を感じる。真ん中に通る光の存在を見つめ、それが細い糸になって腕を通り手のひらの中心から出るのを見つめる。

 首筋の後ろを、切り裂く痛みが走った。


「あああああ!!」

「きゃぁああああ!!」


 ぐっと手を握り、それからプリンセスキューティから手を離して床に転がる。


「プリンセスウィッチッ!!!」


 制御チップの刺激による神経の痛みも相当なものだったけれど、やっぱり物理的に切られるのは違う。脚を曲げて膝を付きながら左手で項を覆った。ぐっとそこに力を集中させる。首筋を拭って止血ができているか確かめてから立ち上がった。離れた場所でプリンセスキューティも同じように立っている。


 細かく針で刺しているような痛みを堪えながら、素早くドクターシノブへと近寄った。その右側に立つ男に上段蹴りを食らわせて、軸足を変えて左側の男に後ろ蹴りを当てる。閃光で目がくらんでいた男たちはあっさりと昏倒した。ドクターシノブはとっさに目を瞑ったのか姿勢も崩さず目は開いていたが、間近だったのでまだ視力は戻っていないようだ。

 少し大きい飴玉サイズにしてはかなり強い光だったのでよく耐えたものである。


「ドクターシノブ、ティッシュ持ってますか」

「……ああ、あるが」

「手が血で汚れちゃったんでください」

「怪我をしたのか!!」


 座ったままぐわっとこちらににじり寄ってきたので思わず避ける。衛生的に良くないので今は触らないでほしい。


「くそっどこだ! 無事なんだろうな?! 衛生班を呼べ!!」

「手だけ拭ければいいんで大丈夫です。もう止血してあるし、片手はプリンセスキューティの血ですよ」

「あんな狂犬に怪我を負わせたとなると攻撃が……いや、そういうことか」


 スーツの内側に手を入れたドクターシノブが、もどかしそうに瞬きを繰り返しながら空中に出したウェットティッシュを差し出している。それを何枚か受け取って手を拭き、許可を貰って入れ物ごと受け取った。そしてそのままプリンセスキューティの方へ投げる。


「サンキュー気が利くわ〜」

「ドクターシノブ、はいこれ」

「何だ」

「制御チップですよ」


 視力の戻ってきたドクターシノブの手のひらに、雑に拭いたチップを落とす。米粒ほどの非常に小さいチップだ。上手いこと取り出せてよかった。


「2つ……プリンセスキューティも魔法少女として使われたものの他に、あの悪趣味な制御チップを埋められていたのか。それで脅されて」

「というよりかは、家族を盾に取られていたんだと思います。こんなチップごときで大人しくなるような人間じゃないので……」

「おいこらヒカリン聞こえてるぞっ」


 プリンセスキューティがものすごい勢いで手を振りかぶった。飛んできたのは、全く同じ種類のチップ。私の首筋に埋められていたものである。とりあえず持ってても邪魔なだけなのでまたドクターシノブに渡しておいた。研究か何かに使うだろう。


「な……なんだ……お前らっ……」


 武装した男たちのようにゴーグルをしていたわけでもなく、閃光弾に対して何の対策も取っていなかった福黒は、床に座り込んで無闇に手を振り回していた。

 そちらへと歩いていき、大きな亀裂を飛び越えて福黒のそばに着地する。その音が聞こえたのか、福黒は息を呑んで暴れるのをやめた。リモコンを握った手は太い指の色が変わるほどボタンを捻ったり押したりしている。

 私はすっと息を吸い込んだ。


「弱者の味方ァ!!」

「ひッ!」


 目が眩んでまだ私の姿を捕捉できていない福黒のために、しっかりと場所を教えてあげることにした。脚を開いて、手を構える。


「信賞必罰、見敵必殺ッ!! プリンセスウィッチ、ここに推参!!」


 久しぶりの口上は意外と違和感なく喉を飛び出し空間を揺らした。


 こういうのは躊躇うと逆に恥ずかしい。逆に。

 ビシッとポーズを決めて止まると、後ろの方から押し殺した嗚咽が聞こえた。

 聞かなかったことにした。






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