黒幕、出現する4
「ドクターシノブ、退避できますか?」
「いや、まだ解読が終わっていない。」
政府や研究所を糾弾するためには魔法少女たちを集団監禁したという事実だけでも充分な気がするけれど、ドクターシノブとしてはそれを前から企んでいた証拠として暗号化されたデータを手に入れたいらしい。
「どれくらい時間がかかるものなんですか」
「このデータは独自の法則を使って暗号化されている。その法則については一般には使われていないものだが、私が既に知っているものと同じだ。およそ5分ほどあればすべてのデータが取り出せる」
「じゃあ5分頑張ってみますけど、ダメかもしれないんで早めに逃げてください。魔法少女たちの救出もあるので」
「わかっている。無理はするなよ」
頷いたものの、無理をしないほうが無理だというのはドクターシノブもわかっているようだ。
プリンセスキューティの能力として特徴的なのは、減退期が非常に緩やかだということだ。能力は全盛期から比べればやはり劣る部分もあるようだけれど、もともとエネルギーのキャパシティが大きいだけに今でも他の魔法少女とは一線を画している。
比べて彼女は卓越した近接格闘術を有している。小柄で反射神経の良い彼女とは、特に徒手での組手では負けることも多かった。
加えてプリンセスキューティからの攻撃を防ぐために、ドクターシノブと研究員の男性、そして魔法少女たちのいる研究室を守るように力を使っておく必要がある。制御チップが反応している状態で戦闘に集中できるかどうかも怪しい。
ドクターシノブが部下にも退避を命じれば魔法少女たちを保護してさっさと帰りたかったけれど、プリンセスキューティはここで逃げても諦めるような人間ではない。必ず追いついて戦闘になるだろう。彼女は執念深さでもトップレベルなのである。
ドアの前に立ち、パスワードや掌紋を入力するパネルを触る。適当に数字を入力すると、赤いランプが付いて認証されなかった。しばらく待っていると、そのパネルがバチバチと壊れ、ドアが手動で開くようになる。
『も〜電子ロックくらい自分で解除してよね〜ほんと面倒くさがりさんなんだからぁ』
「いや……別に開かないならそれでいいかなって」
『扉1枚であたしの攻撃防げちゃうと思った〜? ヒカリンも耄碌したね〜』
ドアを手動で閉めてから、部屋の内部へと向き直る。
この部屋はなにかの実験用のものなのか、魔法少女たちのいた研究室よりもかなり大きかった。この部屋本来の床は私が今立っている場所よりも低い場所にあり、天井も高く作られている。広々とした空間なのに冷たい雰囲気なのは、すべての面が金属のパネルで覆われているからだろう。
私が今出てきた、コンピューターがあった部屋に沿って細いスペースと手すりが備え付けられ、途切れた部分からこの部屋の床へと降りる階段が繋がっている。広い空間を挟んで同じような階段があり、その先にもドアがあった。ただしそのドアの向こうにある部屋については、ここからも様子が見える。
大きなガラス窓が嵌め込まれた部屋の向こうには管制室のようなものがあり、そこからプリンセスキューティがこちらに手を振っていた。
ピンクの濃淡が効いたフリルとレースとリボンが満載の衣装に、ピンクの髪。衣装デバイスで変身した彼女の顔を見るのは久しぶりだ。
声がやたらと響くと思ったら、その部屋からマイクを通して語りかけていたようだ。巨大な部屋の中にはスピーカーがいくつか設置されている。
「……“少女”は耄碌とか使わないんじゃない?」
『相変わらずうるさいわね』
「ここに降りてきたら? あとその人誰」
カンカンと音が鳴る階段を降りて部屋の床へと降り立ちながら、プリンセスキューティとその隣りにいる中年の男性を見上げる。恰幅のいい体を高そうかつ変に紫がかった黒いスーツで包み、申し訳程度の変装なのかサングラスを掛けて葉巻を咥えている。ねっとりと笑っている様が悪の組織のトップと紹介されても納得しそうな風貌だ。ドクターシノブよりも余程悪そうに見える。
『も〜! プリンセスウィッチったら忘れちゃったのぉ〜? ニュース見なきゃダメだよっ!』
「あぁ……特殊防衛省の」
メッと言いながら指を立てたプリンセスキューティから目を逸らしながら思い出すと、なるほどニュースなどで見たことがある。何度か大臣も務めている特殊防衛省のお偉い政治家様だった。
もっとも、そのときにはもっと趣味の良いスーツだったし、雰囲気もクリーンそうな顔をしてはいた気がするけれど。
「なるほど……その人が黒幕ってことなんだ」
『ごめんね〜上から言われちゃったからさあ、あたしも仕方なくてね〜』
軽いノリで手を合わせるプリンセスキューティを見ながら思う。
危機管理の観点からすると、黒幕ってこんなに気軽に出てきたらダメなのでは。




