元魔法少女、突入する5
「くっ……」
床に伏せたミニキューウィッチが悔しそうに歯噛みする。
魔法少女同士の戦いは、基本的に消耗戦である。先にエネルギー切れを起こした方が負け。相手の攻撃をうまく誘い、最低限の力で防護壁を作る。
引退して久しいとはいえ、私もそれなりに実績は積んできた。スタミナもそこそこある。あと単純にドクターシノブとその部下が手榴弾投擲で加勢してくれたというのもある。
勝負はさほど時間をかけずに終わった。
「大丈夫かプリンセスウィッチ!!」
ここで悠々と相手に勝利を見せ付けられたら格好も付いただろうけれど、制御チップのせいで私もほぼほぼ死に体だった。エネルギー切れを起こしているミニキューウィッチの方がまだ顔色がマシだとドクターシノブが騒いでいる。
「撤退すべきではないか」
「ここまで来て何言ってんですか、死ぬほど気持ち悪いだけで大丈夫ですよ」
「貴様の大丈夫の定義は間違っているぞ」
首元に冷却ジェルをあてがいながらドクターシノブが唸った。それから私の腕を持ちながら背を向け、乗れと言ってくる。
「そのままでは三歩で倒れること必至だ。私が貴様の足になってやる」
「おんぶしてくれるんですか」
「貴様は貴重な戦力だからな、無駄に消耗させたくないだけだ。決して他意はないからな!!」
気分が悪いので大声を出さないでほしい気持ちでいっぱいだが、チップのせいで歩くのも億劫なのは事実だった。不快感は時間が経てば消えるけれど、まだ入り口にいる状態で割く時間もない。私は黙って背負われることにした。
「しっかり掴まっておけ。苦しくはないだろうな」
「大丈夫です」
「その大丈夫が一般的な定義のものであることを祈る」
黒いスーツの感触の向こうに防弾ベストの厚みを感じる。ドクターシノブは背が高いので視界がかなり上昇したけれど、意外と安定感があって不安はなかった。
近くで見ると、ドクターシノブの後頭部は綺麗な形をしていた。凭れ掛かった背中と足を抱える腕がほんのり温かく、少しホッとした。
「待ってください先輩。あの……もしかして能力の減退が?」
座ったままのミニキューウィッチが、ドクターシノブとその後ろにいる私を見上げて問うた。間髪入れずに否定したのはドクターシノブである。
「そんなわけないだろう。プリンセスウィッチの能力は衰えていないどころかやや上昇傾向にある。この症状は研究所の卑怯な手段によって引き起こされているものだ」
「いつデータ取ったんですか」
「卑怯な……それってどういうことですか」
「気になるならばここへ来るんだな。我々は政府の魔法少女独占状態について疑問を抱いている秘密組織だ。もちろん、待遇は応相談だぞ」
「無垢な魔法少女をスカウトするな」
私の質問を無視して名刺をピッと投げたドクターシノブの頭を掴むと黒髪がサラサラだった。妙に腹が立つ指通りである。
「心配ないのは事実ですが、この人の言ったことは大体忘れてください。あんまり詮索するとクビになったりするかもしれないし。あとこれ、エネルギー補給に」
チョコバーを投げると、何とも言えない顔でミニキューウィッチは受け取っていた。食べておけば歩けるレベルには回復するだろう。
「先輩……」
「とりあえず、お友達の様子も見てくるんでそこでバテてるか、回復したら外にでも避難しておいてください」
「私が弱かったから情けをかけるんですか」
「いや別にただ急いでるだけです。魔法少女としては中々強い方だと思います」
「……う、嬉しい……」
ミニキューウィッチは、ぽっと頬を染めて照れたように笑っていた。体調の方は大丈夫そうである。
「……ご存知かと思いますが、メインエリアはこの先を左に。ですが、右側のエリアは絶対に近付かないようにと厳命されました」
「いいのか、我々にそんなことを教えて」
「別に教えたわけじゃありません。先輩の前で独り言を言っただけです」
チョコバーとステッキを握りしめたミニキューウィッチが、よろめきながら立ち上がってぺこりと頭を下げた。
「仲間を、友達をよろしくお願いします、先輩」
「うん」
部下の後ろに付いて歩き始めたドクターシノブの背中で振り返ると、緑色のリボンを揺らしながらミニキューウィッチが大きく手を振っていた。
「先輩ー! 復帰おめでとうございます!! 私も先輩みたいになれるよう頑張ります!」
「いや、復帰してないから」
「ククク……ミニキューウィッチにより復帰の報が広まるのも時間の問題だな」
「……」
後輩だからと手を抜いてしまったけれど、もう少しぶちのめしておいた方がよかったかもしれない。とりあえず後で口止めしなければ。
ドクターシノブについては、指通りのいい髪を引っ張っておいた。ハゲればいいのに。
 




