元魔法少女、突入する3
「まあいい、これで貴様も晴れてプリンセスウィッチへと復帰したわけだな」
「いや、してないから」
「ここまでくればしたも同然だろう。大人しく認めたらどうだプリンセスウィッチ」
コンパクトを操作する。液晶画面の案内に従ってボタンを押すと、キュインと音が鳴って薄く光っている衣装がブレて手足が見えなくなった。
「ステルス機能を使うな!」
「ずっとこれにしておきますね」
「クク……そんな事態も想定済みだ。バッテリーの問題もありステルス機能は各10分しか持続しない。そのあとは約1時間のチャージを経ないと再度の利用はできないぞ」
「全然使えないじゃないですか」
「試作品なのだから仕方ないだろうッ! 予定日までにはもっと機能向上できるはずだったのだぞ!!」
こんな玩具に情熱を傾けている時間をハッキング端末や情報操作に当てていればもっと早くに準備が完了したのでは。そう腹立たしい気持ちを抑えて私はステルスモードを解除し、コンパクトを腰元のホルダーへ仕舞った。
ほんのりと青白く光る衣装は敵の注意を引きやすくて戦いやすそうだし、髪飾りから照射されるライトも便利ではある。魔法少女だった頃に着ていたデバイスとサイズしか違わないデザインとドクターシノブの反応だけが気に入らないが。
「もう面倒くさいんで行きますね」
「待て、このデバイスは衣装の触感まで再現しているが、物理的に素材を作成しているわけではないからな。接近戦の際は気を付けろ」
「なんでそんな無駄な機能つけようと思ったんですか」
「ロマンだ」
「心底どうでもいいですね」
グローブを嵌めてハーネスにロープを付け、懸垂下降を始める。昔やっただけだけれど、意外と体が覚えていた。排気管をしばらく降りていくと細かい網越しに明かりが見え、それに照らされながらドローンが金属を切断していた。丸く開けられた穴から顔を出すと、駆けつけた警備員2名と目が合う。
「しっ侵入者発見!」
ロープを外して明るい通路に降り、無線を使っている警備員を蹴り上げる。振り向きざまに警棒を振り上げたもう一人の攻撃を能力で防ぎ、そのまま拳を突きこんだ。
警備員が倒れるのと同時に、私も壁に凭れかかる。
「気持ち悪」
制御チップによる不快感は、何度訓練しても抑えきることは出来なかった。より強い力を使えばそれだけ強い嘔吐感に襲われるので可能な限り能力は使わない方向でいきたい。
相手が2人だけだったので練習がてら軽く能力を使ってみたけれど、これくらいの戦闘能力しかないのであれば能力なしでも対応はできそうだ。さほど経験のある警備員を使っているわけではないのかもしれない。
「プリンセスウィッチーッ!! 大丈夫か! 返事をしろー!! おい、大丈夫なのかーッ!!」
「降りてきて大丈……いやうるさいな」
暗い穴の上方から絶え間なく降ってくる叫び声のせいで返事が届かない。仕方なくライトの明かりを明滅させて合図すると、しばらくしてからドクターシノブが降りてきた。
「ケガはないか!!」
降りてくるなり私の両肩を掴んだドクターシノブに、無言で倒れた警備員を指し示す。もちろん無線も武器も装備解除済みである。
「この程度でケガすると思ったんですか、私が」
「……っ」
ドクターシノブはなぜか言葉を詰まらせ、それから肩にあった手を腕伝いに下へ移動させると、私の両手を無言でガッチリ握って上下した。そして体の向きを変え、眼鏡を外して袖で顔を拭っている。
「能力を使ったのだろう。顔色が悪いぞ。タブレットを口に含んでおけ」
やや鼻声になっていることに触れるべきか迷いながら清涼剤を服用していると、ドクターシノブの部下も次々と到着する。彼らは他の部隊に連絡したり、監視カメラを破壊したりとテキパキ行動していた。
「こちら側が研究施設に通じているドアだ。部下は2名だけ連れて、残りはこの通用口と正面玄関の突破を補佐させる」
「わかりました。じゃあ、お気を付けて」
軽く挨拶すると、黒ずくめの特殊部隊風な部下たちも頷いて親指を上げてくれた。ひらひらと手を振っている人もいる。ドクターシノブのことなので非常事態も想定して人員を配備していると思うけれど、無事に全員で帰れるように素早く任務を終わらせようと思う。
「この2名は某国の特殊部隊に所属していた過去があり、当然実戦経験もある。無理に戦闘を一人で請け負う必要はないぞ」
「どうやって洗脳したんですかその人たち」
「物騒なことを言うな。普通に説得した。彼らは魔法少女のファンだからな」
ゴーグルにマスクをしている黒ずくめの2人を見上げると、同時にこくこくと頷かれた。どことなくはしゃいだ雰囲気に見えてしまうのは気のせいだろうか。そわそわと右手を出そうかどうか迷っている素振りもしている。
「敵側としてしか戦うことがないと思っていた魔法少女、しかも伝説のプリンセスウィッチと共闘できるのだからな。彼らはその能力以上に働いてくれるだろう」
「人を勝手に伝説にしないで下さい」
とりあえず、頼りになる戦力のようで安心した。先導を彼らに任せてドアが開くのを待っていると、開いたドアから閃光が見えた。
とっさに腕で目を庇い、能力を使う。
この光は閃光手榴弾のものではない。
魔法少女だ。
警備員の能力がさほど高くないことから考えても、この事態は想定していた。
光が収まるのを待って正面を見る。そこに堂々と立つのは緑の服を着た魔法少女だった。
「不届き者たちめ!! ここは通さな……えっええっ!!」
キリッとした少女は、私と目があった途端に口元を手で覆う。
「嘘〜〜〜!! プリンセスウィッチー!!!」
周囲に黄色い声が響いた。
なんだかどうにも締まらない気配がする。
 




