元魔法少女、突入する2
必死に懇願してくるドクターシノブをシカトしているうちに、角の内にある大きなビルへと到着した。既に帰宅ラッシュのピークも過ぎているためか、人通りはあるもののそれほどではない。
「ここって元財閥のグループでは……ドクターシノブ、こんなとこまで乗っ取ってるんですか」
「流石にそこまで手を回してはいない。セキュリティ分野で業務提携している関係でな」
「一番ダメなやつですね」
ドクターシノブはこんな時でも黒スーツを着用しており、防弾ジャケットも中に着込んでいるため普段とさほど変わらない。私も私服の上にゴツメのジャケットを着ている程度と言えなくもないが、オフィスの中ではやや異質な存在だったが、それでも注目されるほどでもなかった。
ちなみに黒尽くめの部下は特殊部隊仕様の服装だけれど、いつの間にかヘルメットと上半身に「Sジェネセキュリティ」のマークが取り付けられている。かなり目立ってはいるものの立ち止まるほど見ている人もいなかった。銃器類はバッグにいれてあるので、何か高価なものや札束でも運搬していると思われているようだ。堂々としているので逆に疑いづらいのかもしれない。
受付をパスして内部へと入り、ドクターシノブの部下数人は別行動へと移る。地下へと進むたびに別行動をする人数は増え、電気ケーブルがひしめいている通路へ降りた頃には同行する部下は1チーム4人になっていた。
真っ暗で足場の悪い通路をそれぞれのライトで照らしながらしばらく進み、やがてドクターシノブが立ち止まって振り返った。
「ここだ。このパネルが排気口のひとつと繋がっており、研究所の正面ゲートへと出る」
足元に四角く切り取られたパネルの隙間からわずかに風が吹いている。部下たちが素早くそれを開け、人がギリギリ一人通れるくらいのスペースの中に何か機械を投げ込んだ。金属の高い音と小さな火花が見え、それからしばらくして落としたものがぶつかった音が聞こえる。さらに小型ドローンを飛ばすことによって停止した排気ファンを取り除き、カメラで安全を確かめる。
「まず私が降ります」
「待て」
「この中で私が一番強いでしょうし、突入も初めてじゃないですから」
垂らされたロープを握ると、ドクターシノブが止めてきた。
侵入を察知してAIや警備員が駆けつけていた場合、私が最も効率よく相手を無効化できる。ドクターシノブの部下には魔法少女の救出を担ってもらわなければいけない分、戦闘は私がやったほうがいい。
しかし、ドクターシノブはゆっくりと首を振った。
「そうではない。コンパクトを使って変身していけ」
「いい加減にしないと殴りますよ」
「それは殴ってから言う言葉ではない。いいかよく聞け、魔法少女の衣装はデフォルトで指向性ライトが付いている。何があるかわからん状態で片手をライトで塞ぐのは得策ではないだろう。次にこちらへ戦闘を仕掛けてくる人間が多数だった場合、相手を撹乱するために可視領域ステルスは必要不可欠だ。最後に最も重要なことだが、もしラブキュー・ミラクルが貴様の姿を見たら、そこから真実へ辿り着くことは容易いぞ」
勢いがすごい。ゴーグルを掛けていて表情の見えにくい部下も心なしか引いている。
さらにドクターシノブは衣装デバイスによる戦闘能力についても力説し始めたので、私は渋々頷くことにした。
確かに、みるるちゃんに正体がバレるのは避けたいことではある。絶対に家庭教師の授業に身が入らなくなることは確実だからだ。
「でも私、対応スーツ着てませんよ」
「心配するな。このコンパクト内部から出てくるこの細いバンドを首と手首、そして足首に付けるだけで自動読み取りが始まりホログラムが出現する」
「ホントにこういう技術他で活かせないんですか?」
コンパクトの中にある青いボタンを押すと、底面から音がしてシリコンゴムの細いバンドが出てきた。
この技術だけで何億稼げるのだろうか。どうにかして金に換えておこぼれを貰いたい気持ちが湧き上がってくる。しかしドクターシノブは気にすることなくあれこれと説明をしていた。
「よし、装着したな。次にこのボタンを押し、親指で指紋認証をすると変身が始まる。メロディに合わせて決め台詞を言い、最後に『プリンセスウィッチ、ここに推参!!』と叫べば変身完了だ」
「ボタンを押してから指紋認証ですね」
登録した覚えのない指紋を勝手に認証したコンパクトのボタンがそれぞれ光り始め、同時に5箇所に着用したバンドが光り始めた。同時にメロディが流れ出す。
手をかざすと、暗い通路の中で青白い光が体を包んでいることが分かる。
洋服を着た腕が光って、手首から羽のように生えた光がロンググローブへと変化した。ピッタリと腕に張り付きアクセントの宝石が光った瞬間に、ティン! 明るい効果音が鳴る。
これ音量下げられないのだろうか。
足はジーンズからピッタリしたヒールブーツへと変わり、胴体も光って青いスカートへと変化した。白い襟が首元を飾り、青いレースのフレアスリーブが腕を彩る。スカートは先にいくにつれて水色になるレースで、後ろにはリボンが揺れた感覚がした。目だけを上に向けると髪色も濃い青に変わっている。
徐々にクライマックスへと盛り上がったメロディが、変身完了と共に派手に終わる。
そこには固唾を飲んで私を凝視するドクターシノブと、ぼんやり立っているドクターシノブの部下と、ぼんやり青白く光っている私だけが残った。
「……何故台詞を言わないッッ!!!」
「うわうるさっ」
まさに魂の叫びのような突っ込みをしたドクターシノブは、今までにない声量だった。




