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魔法少女、消える3

「……いや、いやいや」


 ドクターシノブは高級車の後部座席に身を預け、眼鏡を外して目頭を揉んだ。


「私としたことが伝えそびれていたか、研究所へ潜入するのはまだ十日以上後のことだ」

「既に聞いてますよそれ」

「ならば何故……いや、十日以上後のことを言ったのだな? のちに行けば分かると言いたかったのだな三科ヒカリ」

「いえ、今から行きますのですぐわかります」

「話を聞いていないではないか貴様ァアア!!」


 ドクターシノブがいきなり切れるのは既に慣れたことなので、私は片耳を塞ぐことによって鼓膜を守った。頻繁に拡縮される血管が心配である。


「飾りと化しているその小さい耳にもう一度言ってやろう。研究所はその性質からしてかなり厳しい警備システムだと予測される。警備員はもちろんカメラやセンサーでのセキュリティも一流のものとなっているだろう。それらを突破するためのクラッキング用端末、また突破できなかった場合に備えての充分な爆薬をだな」

「そんなの、別にいりませんよ」

「何だと?」

「言ったじゃないですか、研究所は魔法少女を集めてるって」

「それは聞いたが……まさか三科ヒカリ、自分も捕まることによって研究所へと潜入するつもりではあるまいな」

「さすがにそんな不用意なことはしませんけど」


 不思議だと思いませんか、と訊くと、ドクターシノブは訝しげに眼鏡を掛け直した。


「研究所は所在地や規模を明らかにしないようにしている以上、それほど大きな施設とは思えません。なのに、数十人の魔法少女を収容している。ベッドやトイレを用意するだけでもかなりのスペースが必要だと思います」

「確かに。仮に大部屋に毛布1枚で放り込んでいたとしても、食事量については誤魔化せない。またリスク回避のためにも同室にしているのは半ダースほどだろう。仮に制御チップをすべての少女に埋め込んでいたとしても、数十人の魔法少女が結託すれば反撃なり脱出なり出来るだろうしな」

「おそらく研究所は、食料とスペースと安全性の問題を一度に解決する方法をとっていると思います」

「何……まさか」


 ドクターシノブがわずかに顔色を変え、隣に座る私に向き直った。

 研究所は、魔法少女の健康管理も請け負っている。検査入院をするスペースなどもあった。もちろん、医療機器も一通りは揃っている。


「魔法少女たちは今、自力で動ける状態ではないと?」

「輸液で栄養補給しておけば、食材を運ぶよりも手間がかかりません。意識がなければ反撃しようもないし、動き回らなければスペースも必要ない。意識がないほうが、研究はしやすいでしょうし」


 ベッドは確保されているのか床に寝かされているのかはわからないが、少女たちは小柄だ。寝転んでいるだけならば6畳でも10人は詰め込めるだろう。


「……下種の発想だな、概ね当たっていそうなところが更に腹が立つが。しかし、それと潜入については関係がないが」

「あるでしょ」

「は」

「みるるちゃんも、そうやって囚われているんですよ」

「あ、いや、それはそうだが……三科ヒカリ」


 やや困惑した様子でドクターシノブが私の顔を覗き込んでいる。一度閉じて喉を鳴らした彼は、声量を落としてそっと尋ねた。


「もしかして貴様、怒っているのか」


 逆に訊きたい。なんで怒ってない可能性があると思ったのかを。

 みるるちゃんはちょっと単純なところがあるけれど、憧れに向かって一直線に頑張れる純粋な力のある子だ。少し抜けてて、でもそれをわかっていて努力でカバーすることができる子だ。きらきらと眩しい感情を、ためらいもなく出せる。そういうところが人を元気にする。


「ま、待て。今ここで切れても仕方がない。車中だ、抑えろ」

「抑えてますよ」


 そういう純粋な人間を踏み躙る糞野郎は、一刻も早く痛い目を見た方がいいと思う。世の中のためにも、本人のためにも。

 ドクターシノブに言われなくても、私は必死に抑えている。でないと体の中でぐるぐると駆け巡る怒りが外に出てしまいそうだからだ。首の辺りがチリチリして、既に少し気持ち悪い。


「力を使えばどうなるか自分でもわかっているだろう。危険だ」

「制御チップは命に危険はないんで大丈夫です。まだ夕飯も食べてないし」

「魔法少女が吐くことを前提にするな!!」

「別にドクターシノブが反対したって止めたって行くので、説得しようとしても無駄です」

「貴様は……」


 苦虫を噛み潰した表情でドクターシノブが唸り、それから深い溜息を吐いた。車のドアに備え付けられているポケットからおしぼりを取り出し、「首を冷やしておけ」と私に渡す。ひんやりしたそれで少し不快感がマシになったけれど、その程度で気分が直ることはない。


「そういう奴だった、プリンセスウィッチは。普段はビジネスライクに任務をこなしているのに、仲間や市民が負傷するといきなり容赦がなくなる。貴様は身内と決めた相手をとことん守るような魔法少女だ」

「いえ、もう引退してますんで」

「復帰しろ。……わかった。私も一緒に行こう。貴様一人で行かせるとどうなるかわからん」

「別に爆発物だけくれたら一人で大丈夫ですけど」

「そんなに生意気な口を利いていいのか? ん? 私は貴様と札束を二度と会えないようにすることもできるのだぞ」

「なんて卑怯な……」


 ハッと上から目線で脅してきたドクターシノブに私は歯噛みした。まあ、足手まといにならなければ別にいいので、ドクターシノブが一緒にいても特に問題はないだろう。これでもドクターシノブは天才の分類に入る人である。一人で行くよりは効率がいい気がする。

 とりあえずアジトで装備くらい整えさせろと言われたので、私は渋々頷いた。


「それにしても貴様、ラブキューミラクルが唯川みるるだと知っていたのだな」

「まあ、はい。わかりやすいですし」

「本人は全く気付かれていないと思っていたようだが」

「話題を出すとあからさまに狼狽えるのが可愛くてついつい遊んじゃうんですよね」

「愛情表現が捻じ曲がっているぞ」

「ドクターシノブにだけは言われたくありません」






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