魔法少女、消える2
「あなた、魔法少女オタクの人ですよね」
「…………」
チェックのネルシャツを着た小太りの男性は、私の声に反応するか迷うように周囲を見回し、しきりに汗を拭いていた。それから聞こえるか聞こえないかの音量で喋り始める。
「べ、べ、別に、法に触れるようなことはしてないです……」
「警察に突き出すつもりはありません。あなた前にあった銀行強盗事件のときに、中にいましたよね。あと爆破事件があったときにテレビでも取材されてた」
「えっ?!」
いきなり大きな声で驚いたその男性は、じっと私を見る。それから顔を赤くして倍の速度で汗をかき始めた。
「おい何不埒な想像をした貴様捕縛して家宅捜索するぞ。三科……この女は職業柄人の顔を記憶しておく癖があり特徴的な貴様のことをたまたま! 覚えていただけだ! 特別に気にかけているわけではない!! 貴様のことなど! これっぽっちも!!」
「ひッ……」
「ちょっと黙ってて下さい」
いきなり詰め寄って威圧し始めたドクターシノブを押しやり、今度は顔を青くした男性に問いかける。
「よくこの周辺にいますよね。魔法少女第8部隊を張ってるんですか?」
「え、いや、いえ、まあ、」
「前に出動したのは何人? 誰をいつから見なくなったんですか?」
「えっえっ」
「ラブキューミラクルが出てこなくなったのはいつ?」
「みらくるんファン……?」
男性は怪訝な顔でこちらを見てから、胸ポケットから紙の手帳を取り出した。ハンカチで額の汗を拭きながらよれているページを捲っている。
「み、みらくるんは、3日前、6日前の出撃では見てない……ですね。でも見た感じ、多分、怪我なんじゃないかと……爆破事件が多いから」
「今魔法少女は何人休んでるの?」
「えっ、いや、正確な数は……卒メンもいるかもだから正確には……」
「ずっと見てきたんですよね? 第8部隊だけでも教えて下さい。最近見なくなった魔法少女で、卒業じゃなくて休んでるって思う人は何人?」
「な、なんでそんなこと訊くんですか」
「いいから教えて! あなた、『神オタ』なんですよね?」
魔法少女の熱烈な追っかけは、日頃彼女らが出没しそうな地域を予想しては張り込みを続けている。そういった「出待ちオタ」と呼ばれる人々のためのコミュニティもネット上に作られていた。その人々の書き込みの中には、実際に出現した場所を高確率で目撃できる「神オタ」と呼ばれる人々がいる。彼らは魔法少女が好き過ぎるが故にニュースや経済の動きから情勢を把握し、魔法少女を見たいという一心で動向すらも推測してしまうらしい。
さほど大きな街とはいえなくても、意図して短時間に何度も魔法少女を見るというのは難しい。おそらくこの人は「神オタ」の一人なのだろう。
「えっ、いやオレはまだまだ……えっ」
「いいから勘で答えて。お願い」
「勘……」
頭を下げると、男性は黙ってページを捲り始めた。しばらくペラペラと音をさせてから、それから動きを止める。難しい顔をして考えていた男性は、ハンカチで汗を拭いてから答えた。
「あ、あんま現実的じゃないけど……なんか最近休んでるメンはみんな、その、卒業とかする気配全然なかったっていうか……」
「みんなそうなの?」
「前に7担の人とも言ってたんですけど、何か変な勢いで減ってるってか……いや、陰謀論とかじゃないですけど……最近休むメンってみんな、休む前に何か思いつめてる感じした……っていうか……」
「そんな感じになってから復帰した人いる?」
「……いないですね。多分、他の部隊でもそうじゃないかと」
真剣な目は、魔法少女を心から心配しているようだった。ただ追っかけとして魔法少女という存在を求めているだけではなく、メンバーのことを本当に応援している人なのかもしれない。
「ありがとう」
「えっ……あ、いや、それよりあの」
「話が終わったのであれば行くぞ」
お礼を言うと、まだ話したがっている男性と私を引き離すようにドクターシノブが間に入った。手を掴まれ、いつの間にか停車していた車に乗せられる。
「……出動する魔法少女の減少に研究所が関わっていると?」
「ドクターシノブも言ってましたよね。全国的に爆破事件のせいで魔法少女が減っていて、それが政府内部の仕業じゃないかって」
「言ったが」
「プリンセスキューティも言ってたんです。最近検査入院する魔法少女が増えてるって」
魔法少女が怪我をしたり、能力の調子が悪くなったときにまず連れて行かれるのが研究所だ。通常の健康管理から能力の増減についてまで包括的に診られる施設はそこしかない。魔法少女の身体的データはすべて保存してあるし、定期的に能力についての研究材料としても呼ばれる。
「研究所が何らかの目的で魔法少女を集めているのだと思います」
「集めて何をする気なんだ。ろくでもないことだとは予想がつくが」
「さあ」
「おい急にどうでもよさそうな返事になったな」
アジトへと向かっているであろう車の中で、私はドクターシノブに向き合った。
「これから行くのですぐわかります」
ドクターシノブは、珍しくぽかんとした表情になった。
 




