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悪の組織、暗躍する12

「ヒカリ」


 お父さんが、私の手を取って両手で握り込んだ。


「父さんが借金を作ってしまったせいで、ヒカリには辛い思いを沢山させてしまった。でも、ヒカリのおかげで借金もなくなったし、お父さんの稼ぎできちんと生活できるようになったんだ。だからもう仕送りもしなくていいし、一人で頑張る必要はないんだよ」

「お父さん」


 今も毎月続けていた仕送りは、使わないでとってあるとお父さんが言った。

 だからもう無理をする必要はない。守られる立場に戻ってもいいんだよ。

 そうやって握られる手を見て思い出す。私が小さい頃も、こうやって手を握って優しく話し掛けてくれていた。私の手も大きくなってお父さんの手は少し老けたけど、私の手より少し温かいその感覚は前と同じだった。


 何年ぶりの感触だろうか。

 両親が忙しくなって時間が取れなくなり、その次は私が忙しくなってゆっくり話す機会もなくなった。寮からたまに顔を見せに帰っても、お互いろくに会話を交わすこともなかった。


「ありがとう、お父さん」


 ほっと肩の荷が下りたような感じがした。手を握り返すと、お父さんが微笑む。私がそれにうまく微笑み返せたかはよくわからなかった。


「今度はちゃんと、家のほうに顔を出してもいいかな」

「ヒカリ……」

「きちんと終わらせたい。お父さんたちのためじゃなくて、自分のためにも。だからあとちょっとだけ頑張るけど、危ないことはしないから」

「嘘つき」


 立ち上がったヨウがぽつりと呟いた。


「ヒカリは前も同じこと言ってた。一人で大丈夫だから、すぐ帰ってくるからって」

「ヨウくん」

「でも、そんなわけねえだろ」


 背も顔つきも声もあの頃とは変わってしまったのに、あの頃の小さな弟が脳裏に蘇る。宥めるように言った言葉が、ずっとヨウのことを傷つけていたのかもしれない。

 あのまま一緒に暮らしていたら家族にはきっと大きな亀裂が入っていた。けれど、それを避けようとしてヨウに辛い思いをさせたのも事実だろう。


「ごめんね、ヨウくん」


 抱きしめると、弟は大人しく頭を預けた。

 この健気な弟がもう少しで私の身長を抜かしそうに成長するまで抱きしめていなかった分を、今まとめて抱きしめてしまいたい。そう思いながら頭を撫でていると、後ろからハルとコウも抱きついてきた。まとめてしばらく抱きしめてから、両親へと向き直る。


「正直に言うね。今、特殊外務省の研究所から監視されてるの。だから家族の存在も知られてるし、この状況が終わらないと安全だとは言い切れない。どういう決着になるかわからないけど、私は力を制限されているから危険なこともあると思う」

「ヒカリ……!」

「でもこれは、家族のためを思ってやることじゃない。私がきちんと魔法少女と決別するために必要なことだと思う」


 チップが埋め込まれている状態では、大人しく暮らすことで何もされないまま過ごせたとしてもずっと監視は続く。研究所は私のことを忘れないだろうし、私も忘れることはないだろう。

 そんな人生は、想像するだけでも嫌だ。


「全部終わったら、また会いに来る。ここじゃなくて、ちゃんと家に行ってもいいかな」

「もちろん……もちろん!」

「いつでも帰っておいで、ヒカリの家でもあるのよ」

「ヨウくんも、今までの文句とかきちんと聞かせて謝らせて。そのために絶対帰ってくる。今度は本当だから」


 話をしている間ずっと土下座をしていたドクターシノブが顔を上げた。


「それは保証しよう。どのようなことがあっても、三科ヒカリは必ず家族と再会できるように私が責任を持つ」

「……今度嘘ついたら絶対許さねえからな」


 じっと睨んだ弟に、私は笑って頷いた。




「夕食も共に食べていけばよかっただろう」


 ヨウは最後まで怒っていた。ハルとコウも行かないでと泣いてくれた。両親も、私を気遣ってくれていることがわかった。


「いえ、平気です」

「何が平気なんだ。見当違いのことを言うな」


 仲が良い家族の様子を見ても、あの中に自分が入ってもいい存在なのかと少し疑問に思う心はまだあった。それが思い過ごしだったとしても、すぐに魔法少女になる前の距離感に戻れるわけではない。

 あるいはあの団欒は私が一緒に暮らしていなかったから成立したもので、あれほど打ち解けた関係になることはもうこの先にないのかもしれない。また共に過ごせば同じ道を辿ることもあるかもしれない。

 ただ、そう考えることについて疎外感はなくなっていた。両親は少なくとも今でも私を心配してくれていて、弟たちも私のことをちゃんと覚えていてくれた。それが嬉しくてホッとして、また会いに行こうという気持ちも私の中にあることがわかった。


 お父さんとは別の温かさを持つ手を、私は歩きながら握った。


「ありがとうございます、シノブさん」

「な、なんだ藪から棒に!」

「こんな状況にならなかったらもう家族とは会うつもりもありませんでした」


 ずっと考えないようにしていたからこそ、事実よりずっと大袈裟に思っていたのかもしれない。なんだか拍子抜けしたような感じもした。もう少し早く会いに行けばよかったとも思うけれど、今この状況で、ドクターシノブがいたからこそこうして会えたのだろう。


「ふん、精々恩に着ておけ。貴様の家族は念のためにマークしておいたが、やはり私の判断は間違っていなかったな」

「そもそもいつから知り合ってたんですか。普通に怖いんですけど」

「我々が保護しなければ危険な目に遭っていたかもしれないんだぞ。そこは目を瞑っておけ」


 目を合わさずにぐいぐいと進むドクターシノブを胡乱な目で見て、それから私の脳裏に何かがひらめいた。


「おい、何故止まる。別に邪な思いで接近したわけでは……三科ヒカリ?」


 振り向いたドクターシノブが、私の顔を覗き込んだ。

 眼鏡に顔色の悪い自分が映っている。


「……今すぐ行かなくちゃ」


 何故気付かなかったんだろう。

 研究所は、既に攻撃を始めていることに。






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