悪の組織、暗躍する10
カードを通し、パスワードを入力すると扉は開いた。ドクターシノブの手に引かれて入った部屋の先は、白一色だった廊下とはガラリと変わっている。茶色いフローリングに生成り色の壁。雑貨でごちゃごちゃした雰囲気の中、真ん中に置かれた大きなテーブルを挟んだ男女がこちらをぽかんと見ていた。
「ヒカリ……」
「……お久しぶりです」
「何を畏まっているんだ。お父さんお母さん、今時間よろしいですか」
「はっはい! もちろん! 今下の子たちも呼んできますから!」
お母さんが慌てて立ち上がり、名前を呼びながら木のドアの向こうへと小走りに消えていった。ドクターシノブは我が物顔で母が座っていた側のイス、3つ並んだうちの右側へと座る。手を繋がれたままの私は必然的に真ん中のイス、お父さんの正面に座ることになる。
「……あ、いや、ヒカリ、元気にしてたか」
「はい」
「そうか……」
手を空中で無意味に動かしたお父さんは、それだけ訊いて沈黙した。居心地悪そうにお母さんが行ったドアを見ている。
正直、私も少し気まずかった。勝手にポットにお茶を入れ、ケトルからお湯を注いでいるドクターシノブの神経を改めて疑うくらいには。
お茶をコップに注ぐ前に、慌ただしい足音が複数近付いてくる。
「おねーちゃん!!!」
見事にハモって私が立ち上がるのと同時に抱きついてきたのは、妹と下の弟である。まだ小学生の2人はギューギューと両側から押し潰そうとしているかのように私を挟んでいた。
「ハル、コウ、久しぶり」
「おねーちゃん〜なんで全然会いに来てくれないの? 会いたかったよ〜」
「ねぇおねーちゃん、大学生なんでしょ? 大学の話おしえて!」
私が一緒に住んでいた頃はまだハルが小学生になるかならないか、コウはまだ言葉もおぼつかなかった。寮に入ってからも何度か会いに行ったものの、ここ数年は顔を出していなかったのでこれほど歓迎されるとは予想外だった。
戸惑う私にひっつきながらハルもコウも隣の席へ座る。しかしコウはお盆をテーブルに置いたドクターシノブにより持ち上げられる。
「悪いな三科コウ、そこは私の指定席だ」
「シノブのケチ!! ねーおねーちゃんおひざ座っていい?」
「え、いいけど」
「おい貴様!! 年齢と血縁関係を盾にして卑怯な真似に出るなど、日本男児としてあるまじきことだぞ!!」
「えーコウ次代わって!」
嬉しそうによじ登られると無下にはできない。私を挟んでドクターシノブと姉弟がやいやい言い合いをするのを止めたのは、上の弟だった。
「お前らうるせーよ! つか何なんだよ、いきなり来るとか」
「ヨウくん……ごめん」
学ラン姿の弟は髪を立てていて、不機嫌そうに顔を歪めていた。子供の頃は仲が良かったけれど、流石にそのままの関係とはいかないようだ。謝るとヨウは舌打ちをしてからお父さんの隣のイスを引き、こちらに背を向けるように横向きに座って頬杖を付く。
「あらっ、シノブちゃん淹れてくれたの? いつもありがとう〜お菓子も出すわね!」
「軽いものにしてくれるとありがたい。これから夕食も控えていることだしな」
「いつも……?」
さっきから微妙に気になる寛ぎ具合を見せているドクターシノブに視線を向けると、お茶を啜りながらドクターシノブが得意げに笑った。
「中々顔を見せん親不孝者に代わって折々に挨拶しておいてやったぞ」
「は? いつから?」
「ゼリーあるわ! シノブちゃんゼリー大丈夫?」
「桃のやつを頼む」
頼む、じゃねーよ。
母親のかなり砕けた態度、下の姉弟たちの懐きっぷり。父までが「シノブくん、いつも忙しそうだけど今日は大丈夫なの?」と話し掛けている。確実に昨日今日の関係ではない。
私の家族に私以上に溶け込んでいるこの男は何なのか。
お母さんがそれぞれにフルーツの入った高そうなゼリーとスプーンを配って席に着く。ニコニコと微笑みながら見つめられて見つめ返すこともできず、私はとりあえずスプーンを手に取った。
「ねーおねーちゃん半分こしよ! 私のアンズあげる!」
「ハルずるいー! おねーちゃんこの青いのあげるからぼくと半分して!」
「貴様ら、とりあえずそのスプーンでゼリーを十字に切り分けろ。お母さん小皿出しますね」
「あらごめんねシノブちゃん。ハルもコウも勝手に決めないの。お姉ちゃんはミカンのゼリー好きなんだから」
だから、何故ドクターシノブが仕切るのか。ドクターシノブは妹たちに指示して私たちのゼリーを均等に分け、小皿に四種類のゼリーが平等に盛られている状態にした。ハルとコウの分はわかるけれど、ちゃっかり自分も色んな味を食べられるように混ぜているところが抜け目ない。
「つーかさぁ!」
さあ食べるかというタイミングで、上の弟がテーブルを叩いた。
「何でそんな馴染んでんだよ! ヒカリは何しに来たんだよ?!」
「……いえ、別に何も」
「怪我したとか何とか言ってたじゃねーか! おいシノブ!」
「三科ヨウ、テーブルを連打するのはやめろ。前にも話した通り貴様の姉は今のところ健康状態に異常はない。今回の訪問も特に悪い知らせを持ってきたわけではないから安心しておけ」
「は?! 別に心配とかしてねえよ!!」
バカじゃねーのとドクターシノブに食って掛かるヨウの隣で、お父さんとお母さんが「よかった」と小さく呟いてホッとした顔をした。お互いに顔を見合わせて、それから同時に私の方を見る。安心したような目線を受けて、心配してくれていたのだと実感した。
なんだか面映い。
ごまかすために口に入れたゼリーは、私が好きなミカンの果肉入りのものだった。




