悪の組織、暗躍する7
当然のように隣に座って講義を受けるドクターシノブをなるべくスルーしながら午後を過ごし、講義が終わると校舎近くにあるベンチへ移動してバイト前の休憩に札束の作ったブラウニーを齧る。
外はさっくり、中はしっとり濃厚なチョコレート味は牛乳と一緒に食べるととても美味しかった。隣りに座ってじっと見てくるドクターシノブに渋々あげた一切れが惜しいくらいである。
「……それで貴様、何事もないかのように午後を過ごしたわけだが」
「はい」
「画像でだけでも家族の無事を確認するか?」
「別にいいです」
断ると、ドクターシノブが器用に片眉を上げながら眼鏡を押し上げた。
「気にかけているのだから、見て安心するくらいすればいい」
「大丈夫です。監視してる人たちがそれで居場所を特定しても困るし」
「ヘマをするような真似を私がすると思うか」
どれだけの技術力を誇って家族の安全を確保しているかを演説し始めたドクターシノブを横目に、バイト用のテキストを見返す。前回の授業ではかなり範囲が進んだけれど、一度休みを挟んだので今回もみるるちゃんには頑張ってもらわねばならないようだ。もっとも、最近の彼女の努力を考えると授業の進捗はあまり心配はしていない。むしろ頑張ろうと意気込みすぎてのケアレスミスがあるように感じるので、落ち着いてゆっくり解くように練習したほうがいいのかもしれない。
「人の話は真面目に聞けェ!!」
「聞いてます。なんかあれなんですよね、すごいことしてたんですよね」
「それは聞いていないの範疇だ。……まぁいい。それにしても貴様は家族のことになると話題を避けようとするな。あからさま過ぎて逆に心配になる程だぞ」
「別に避けてはないです」
「何年も会っていないのだから、こんな機会に顔を見せても罰は当たらないと思うが」
顔を上げて、隣に座るドクターシノブを見る。少し高い位置にある目をじっと睨むと、ドクターシノブも真っ直ぐに見返していた。
「面倒見てもらっててありがたいですけど、正直余計なお世話です」
「そうやってわざわざ反抗する辺り、普段波風立たぬよう生きている貴様らしくない。家庭の事情に立ち入るのは無粋だが、貴様は家族を恐れているわけでも嫌っているわけでもない。家族も貴様を嫌っているわけではないのだから余計だろうが世話を焼くことにした」
「うざっ」
「何とでも言え。貴様も頑固だが、私は輪をかけて頑固だぞ。少しでいいのだから会いに行け。さもなくば貴様からいっときも離れてやらん」
やっぱりブラウニーをあげなければよかった。今からでも返させてやろうかと拳を握っていると、スマホに着信が入った。
「もしもし三科です」
『ヒカリちゃん? どうも唯川ですけれど、今日の授業もお休みにしてほしいのよー』
「みるるちゃん、何かあったんですか?」
『違うの違うの、ほら先週部活が長引くからってお休みしたでしょ? あのときに何だか有名なコーチに気に入られたみたいでね、県のなんとか合宿に参加することになったんですって!』
「すごいですね」
『ほらあの子最近すっごい頑張ってたじゃない? あれから勉強も手伝いももっとやるようになってね。頑張ってるしいい勢いになりそうだから、ちょっと遠いところみたいだけど昨日送っていったの』
「そうなんですか。じゃあ宿題で出してた部分だけ見たいので、後で撮って送ってもらえますか?」
申し訳なさそうにするみるるちゃんのお母さんと今後の授業の調節をして、通話を終了する。
「どうやら丁度良く予定が空いたようだな」
なぜかドヤ顔をするドクターシノブに、思わず舌打ちをしてしまって後悔した。
罪悪感からの後悔ではない。なぜかドクターシノブがちょっと嬉しそうな目をしたからである。




