悪の組織、暗躍する5
私たちがテーブルへと戻るまでずーっと親の仇か何かのようにこちらを睨みつけていたドクターシノブは、手渡した水を一気飲みして立ち上がった。その気迫で、同じテーブルに座りたそうにしている女子3人組が尻込みしている。
「場所を移動したほうがよさそうだな」
空になったコップと親子丼セットが載ったトレーを持ち上げ、ドクターシノブはさっさと歩き出してしまう。それを見送っていると、振り向いたドクターシノブが「早くしろ」と凄んだ。空いたテーブルに座ろうとしていた女子3人組がビクッと怖がっていた。
「……どうします?」
「行こ行こ」
軽い調子で促され、私も日替わりランチのトレーを持って後へ続いた。そのままエレベーターへ乗る。こちらを見ている視線を感じながらドアが閉まるのを待ち、私たちはさらに上へと昇った。この上には院生が使う講義室があった気がする。
「ここなら邪魔をするやつはいない」
小さな会議室のような部屋に電気をつけながら入ったドクターシノブが、大きなスーパーボールのようなものを床へと転がす。それから机に親子丼を置いて、窓に吸盤のようなものを取り付けていた。監視の目を逃れるための装置のようだ。
戻ってきたドクターシノブは椅子に座って何事もなかったかのように食事を再開したので、とりあえず向かいに座ってそれに倣っておく。手ぶらでついてきた派手な人はキャスター付きの椅子を引っ張ってきて背もたれを抱えるようにして座った。
「ホントに仲良くしてるんだなー。つか、僕の正体とかは訊かないわけ?」
「フン、貴様のような人間の知性というものを増やした穴で垂れ流しているような男など、推測するまでもない」
つるっとうどんを啜って上品にもハンカチで口を抑えたドクターシノブが、一拍置いて偉そうな態度で威圧した。
「のこのこやってきた理由をさっさと話したらどうだ、ノジマ情報管理官」
ドクターシノブが呼びかけた名前は、私が想像していたのと同じだった。パンクな格好をしている彼を見ると、知ってたのかと肩を竦める。
魔法少女として出動していた私たちに指示を出す司令部、その中で直接連絡を取る担当だったのがノジマ情報管理官だった。直接顔を合わせたことこそなかったけれど、現役の頃毎日のようにお世話になっていた人だ。まさかこんなド派手な人だとは思っていなかったけれど。
「ドクターシノブは何でこの人がノジマさんだって気付いたんですか?」
「今接触してくるのであれば、敵であれ味方であれプリンセスウィッチと繋がりのあった人間だろうと踏んでいた。他の魔法少女が来るかと思っていたが」
「美少女じゃなくてゴメンねー」
「やかましい。その軽薄な話し方をやめろ」
「こわっ。やっぱ悪の組織って怖いわ」
大袈裟に怖がったノジマ情報管理官をドクターシノブが睨んでいる。トレーの横にさり気なく置かれているスマホは、開発部の人たちがあれこれ言いながら作っていたスマホ型閃光手榴弾である。やはり政府側の人間として警戒しているのかもしれない。
そんなドクターシノブとは対象的に、ノジマ情報管理官は実にくつろいだ態度だった。背もたれに体重をかけギシッと音を立てながら頭の後ろで腕を組み、やたらとんがった靴を上げるように足も組んでいる。
「まー、ホントは来る予定じゃなかったんだけど。正式に情報が回ってきたわけでもないからさ。ただちょっとやりすぎかなって思ったんで」
「ノジマさん、私が監視されることになったって知ってるんですね」
「ナイショだけど、ちょっとその辺りの仕事も引き受けてるから」
研究所との繋がりがあったらしい。その状況でこうして私に会いに来て大丈夫なのだろうか。それこそバレたらノジマ情報管理官も私と同じような目に遭いそうな気がする。
「一応言っとくけど、こっち側に付くとか向こう側の味方とかそういうの、とりあえず今日はナシのつもりだから。ヒカリンには悪いけど」
「いえ」
Sジェネラル側について助けてくれるというわけではないようだ。期待はしていなかったけれど、それでもわざわざ明言するということは敵としての目的があって来たわけでもないようである。かなりリスクのある行動に間違いはないので、こうして会いに来ている時点でややこちらの味方をしているようなものだとも考えられる。
「やっぱこういう仕事してるからさ、卑怯な手はちょっと見逃したくないなって思ったわけよ」
「何か研究所の人たちが企んでるって教えに来てくれたんですか?」
「企んでるってか、今日あたり行動に移すんじゃないかって感じだったから」
そこで言葉を切ったノジマ情報管理官が、まっすぐに私を見た。
そして真面目な口調で問いかける。
「ヒカリン、家族の安全ってちゃんと確保してる?」




