悪の組織、暗躍する4
視線を感じる。
「三科さん、悪いけどノートコピーさせてくれない?」
「いいよ」
手前のコンビニではなくコピー室へとさり気なく移動しながら息を吐いた。大学にも街にもあちこち監視カメラが付いている。監視をする人間の目を逃れても、それらで姿を追われているのだろうと思うとちょっと出歩くのがめんどくさく感じた。
こうしてあからさまに監視をつけられたのは、魔法少女を辞めた後の2年間くらいである。
基本的に魔法少女は自ら辞めることができない。能力が衰え、任務の遂行が困難になれば政府の方から引退を提案されるのだ。放置しても危険はないほどの能力でなければ手放したくないのかもしれない。
無理を言って辞めた私は、普通よりも厳しく素行を監視されていたようだ。あの2年間の息苦しさを思えば、まだ始まったばかりの今はそれほど辛くはないはずだけれど。
「ありがと。これ去年のテストね。今日もみんなで勉強会するけど来る?」
「ごめん、今日バイトだから」
「そっか。じゃまた明日ねー」
さほど深い付き合いがある友達がいるわけではないけれど、こうして会話をしていることも監視されているのだと思うと誰かと長くいようと思う気持ちも起きなかった。それぞれエリートの道を歩もうというのに、下手にマークされたら可哀想過ぎる。そもそも私の就活は大丈夫なのだろうか。
一番近い食堂で日替わりランチを頼み、端の方で空いている席を探す。さり気なく監視以外で周囲の目がないか確認してから、リストウォッチを起動させた。お皿の上にかざすとレーザーの読み取りが開始され、しばらくすると緑の丸が画面に表示される。
流石に毒物混入はないだろうと言った私の意見は、ドクターシノブの説教によってねじ伏せられた。この高機能リストウォッチは他に位置情報だけでなく脈拍や血圧も測っているらしいので、実質的に私は研究所の人間だけでなく秘密結社からも監視されていることになる。
「よし、きちんと成分解析をしてから食べているようだな」
「なんでいるんですか」
親子丼セット(ミニきつねうどん付き)を持ってきたドクターシノブが自然な動作で向かいの席に座った。今日のスーツは濃いグレーである。就活生にしてはスーツを着慣れ過ぎているけれど、身分証の付いた名札ストラップを胸ポケットに入れている姿は院生や営業に来た企業関係者に見えなくもないかもしれない。
「何でもなにも、私はここの聴講生になった。貴様とも偶然講義が被ることもあるだろうが気にするな」
「暇なんですか?」
「連日開発研究の連続なのだから休息を求めて何が悪い」
疲れているなら普通に休めばいいのでは。
生姜焼きを食べながら心の中で突っ込んでいると、ドクターシノブは「そんな目で見てもうどんはやらんぞ」と眉を顰めた。そうではない。
「そんなに堂々と顔見せていいんですか。正体バレますよ」
「私のことについては研究所は既に把握している筈だ。どうせバレているなら堂々と歩いて相手に圧力を掛けたほうが面白いだろう。現に今、監視機器のジャミングをしてやれば……ほら、奴らのひとりが慌てて出ていったぞ」
「楽しそうですね」
ドクターシノブが自分のリストウォッチを簡単に触ってから示した先では、足早に食堂を去る人間とやけに真剣に端末をいじっている人間がいた。ついでに食堂の隅に設置してある、首振りタイプの監視カメラが二台とも物凄い速さでヘドバンしている。ネットに上げればバズりそうな光景だ。
「奴らの監視など我々からすれば児戯のようなものだ。恐れる必要はない」
「別に恐れてはないです」
恐れていたわけではないが、何となく監視を憂鬱に思う心はなくなっていた。ドクターシノブは素知らぬ顔で親子丼を食べている。
「ドクターシノブ、ここのプリン美味しいですよ」
「おい、学内でその呼び方はやめろ。不自然にならんようシノブさんとでも呼んでおけ」
「シノブさん」
確かに、外国人でもない相手にドクターと呼びかけている姿を知り合いに見られたくない。素直に最もだと思って指示に従うと、ドクターシノブは盛大に噎せた。自分で言ったくせに動揺しないでほしい。
素早く取り出したハンカチで口を覆い、苦しそうに俯いているところを見ると、どうやら米粒が気管の方へいってしまったらしい。
「お水いりますか?」
頷いたドクターシノブを見て、私は席を立った。プラスチック製のコップを一つ取って給水器で水を入れる。戻ろうとすると、不意に進路に現れた人の腕がコップにぶつかった。
「あ、ゴメンゴメン」
「大丈夫です」
軽い調子で謝った声に顔を上げると、めちゃくちゃ派手な格好の人間がいた。
髪の毛はマーブルに染められていて、大きなサングラスを掛けている。口元にも耳にも攻撃力の高そうなピアスが並び、服装もやぶれかぶれでパンクっぽかった。変な人間もそう珍しくはない大学でもここまで派手な人は少ない。
「服濡れちゃったかー。悪い。弁償するわ」
「いえ、水なので別に」
「そう固いこと言わないで、ちょっと話付き合ってよ、ヒカリン」
笑い混じりに軽く喋っていた声が、最後だけ真剣な声になった。それでピンとくる。
「あなたは」
「気付いた? じゃあアッチの睨んでる人も一緒にお喋りでもするか」
軽く笑ったその人は、まだ噎せながらもこちらを睨んでいるドクターシノブを黒いマニキュアが塗られた親指で指した。




