悪の組織、暗躍する3
空室だった私の隣の部屋はいつの間にか秘密結社のアジトとなり、1階を突き抜けて地下へと通じているらしい。緊急避難ができる仕組みなのだそうだ。
「いや、下に住んでた素図来さんは?」
「まるごと引っ越しパックに当選したと言ったら引っ越してくれたぞ」
家賃お値段そのままで防音壁のお部屋へ! という謳い文句で喜んで引っ越してしまったらしい。隣から聞こえてくるテレビの音がかなりストレスだったようだが、少しは疑ったほうがいい。私は思わずそばを啜りながら素図来さんがこれ以上騙されないよう祈ってしまった。
「貴様の行動はこれから監視され続けるだろう。この部屋を使えば複数の地点から出ることが可能だ。脱出に使うもよし、撹乱に使うもよし。この程度の手間で奴らを出し抜けると思えば楽なものだ」
蕎麦湯を入れながらドクターシノブが得意げな顔をした。私の部屋の盗聴や盗撮対策についても、私物には一切触れていないと断言したので気にしないことにする。人目を気にしながら生活するよりはずっといいだろう。
「とりあえず、人通りの少ない時間帯の単独行動は避けるべきだ。駅前のいくつかの拠点からここへと直接帰ったほうが安全だろう」
「あんまり不審な行動をすると警告来そうな感じがしますけど」
「警告くらいは聞き流しておけ。打って出るにしてもこちらにも準備がある。その前に貴様の身柄を拘束されると我々も困るのだということを覚えておくがいい」
研究所について、何か対策を考えてはいるようだ。訊いてみると、研究所へと侵入するためのハッキング端末や、手軽に持ち運べてよく壁を壊す爆発物、大勢の襲撃を問答無用で無効化する粘着物などを開発中らしい。流石悪の組織である。
「解析の結果、貴様に埋め込まれたチップは遠隔操作できる可能性がある。不快感によって行動を無効化するのはまだしも、爆発でもされたら危険だ。準備が出来次第研究所を襲撃する必要があると判断した」
「爆発できる仕組みなら、襲撃した瞬間にやられそうですけどね」
「その懸念をなくすために、研究所の人間についての調査も進めなければならない。誰でも泣きどころというのはあるはずだからな」
こちらに危害を加えたら、貴様らの大事なものもなくなるぞ、という交渉方法らしい。魔法少女として仕事をしていた頃には考えられなかった手段である。法や予算の壁を軽々とぶち壊して行動する悪の組織の方が対応が柔軟というか、手っ取り早いというのも皮肉なものだ。
ドクターシノブは技術開発と情報収集について、およそ2週間ほどの準備期間を想定しているらしい。かなり急いでこの予想なので、何か不測の事態があれば遅れる可能性もある。なので2週間ほどはとりあえず研究所から狙われないように、大人しくいつも通りかつ狙う隙を見せないで生活しろということだった。
「難しいこと言いますね」
「簡単なことだろうが。夜遅くなるときはメイクミー・カステラで夕食を摂れ。そのまま厨房の入り口から通路を通ってここへと戻って来れる」
「タダで食べられるんですか。毎日行っても良いんですか」
「貴様は本当に金と食事に目がないな!」
開けっ放しだったドアの向こうから、札束が悲しそうに「ヒカリサン……札束モ美味シイゴハンヲ作レマス……」と喋っているのが聞こえる。確かに札束の料理も食べたいので、メイクミー・カステラからここへと移動するのは週3くらいにしておくことにした。みるるちゃんの家庭教師をする日と授業で遅くなる日を考えると、遅くなるのは大体それくらいの頻度だろう。
「じゃあそういうことで、お蕎麦ご馳走さまでした」
「三科ヒカリ、もし心配なのであればこの下にある休息室で眠っても構わんぞ」
「いえ、今日は札束と寝るって約束したので」
「何だと……」
固まっているドクターシノブを置いて部屋に戻り、もう一度スイッチを押して扉を閉める。
移動で疲れたので、今日はゆっくり眠りたい。
「ヒカリサン、物語音読機能モ習得シマシタ」
「札束すごいね」
身支度を整えて早速ベッドに入る。
札束の平家物語はちょっと平坦な発音だったけれど、不思議とよく眠ることが出来た。




