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悪の組織、暗躍する2

 よく知っている街並みを黒塗りの高級車から眺める。

 たった数日のことだし変わりはないなと思ったけれど、よく見るとそうでもなかった。見慣れない車が明らかに増えている。ご近所で示し合わせて車の買い替えをしたのでなければ、監視のための車なのだろう。あと立ち話をしている主婦の視線がプロのものである。この周辺の主婦はこの曜日の今の時間帯には最寄りのスーパーの特売に行っているのだけれど、そういう情報は特に活用していないようだ。


「一応、爆発物等危険なものは持ち込まれていないようだ」

「持ち込まれていないって?」

「貴様の生活圏周囲5キロ圏内に」

「厳重ですね」

「監視員の乗っている車両の約半数には追跡痕を残すことに成功しているが、車両の入れ替わりが激しい。研究所は潤沢な予算を持っているようだ」


 監視のプロを監視できるほどの人員と技術を持っているSジェネラルも中々予算があると思う。よほど魔法少女を囲い込みたいのだろう。こちらとしても今回の件は助かったので文句はないけれど、こんなに局所的に予算を注ぎ込んで役員から怒られたりしないのだろうか。


「色々ありがとうございました」


 小さなアパートの近くへ停まった車内で、私は改めてドクターシノブにお礼を言った。襲撃から救出してくれたことはもちろん、経過観察や体調管理、それにバッグや靴まで含めた新しい服装まで用意してくれた。薄いパステルのサマーニットに白のスカートという辺りさり気なく趣味が伺えるけれど、ここまで親切にしてもらっているので文句はない。

 小さな肩掛けバッグの中には、開発部と医薬部が合同で作ってくれた特製の清涼剤も入っていた。


「フン、やけに殊勝なことだ」

「皆さんにもお礼を言っておいて下さい。今度何かお礼の品でも贈ります」

「おい、貴様を救うと決めたのは私だぞ。総責任者はこのドクターシノブだぞ」


 やたらとアピールしてくるドクターシノブにハイハイと頷くと、また怒られた。説教が長引く前に、ドアを開けて外へ逃げる。


「じゃあ、また」

「……ああ。またな、三科ヒカリ」


 いつもなら何やかんやと部屋まで来ていた気がするのに、今日はやけに素直に見送っている。やや拍子抜けしながらもアパートの敷地へ入り、階段を上って外廊下を歩いた。

 近所の家から聞こえるインコの鳴き声、ドアを開閉する音、夕刊を配達するバイク。研究所から狙われる存在になったということを忘れそうなほどいつも通りである。


 鍵を開けて中へ入る。すると、何か強烈な違和感を感じた。


「……札束ー?」

「ヒカリサン、オカエリナサーイ! サミシカッタデス!」


 呼びかけると、もはやおなじみの返事が返ってきた。カバンを置いて、スマホを取り出して音楽をかける。音量を多めに調節して、持ち歩きながら部屋を点検した。


「私がいない間、誰か入った?」

「ドクターシノブヲハジメ、何人カガ入リマシタヨ。防犯ト衛生ヲ目的トシタ侵入ノヨウデス」

「何かそんなこと言ってたなそういえば」


 シンクの中を覗き、風呂とトイレを念入りにチェックする。監視カメラの類は付いていなかったが、壁をノックするとやや鈍い音に変わっていた。防音のためのもののようだ。


「室内ノ作業ハ短時間デ終了シマシタガ、センサーデ監視シテイマスヨ。確認シマスカ?」


 とても調理器具とは思えない程の有能さである。


「見せていいの? 札束はドクターシノブと繋がってるんじゃないの?」

「マスターハヒカリサンデスカラ。ワタシノスベテハヒカリサンノモノデス」

「じゃあ後で見ようかな」


 奥の部屋にある窓が二重窓になっていた。開けて外側のガラスを触ってみると、ごく薄いフィルムが張ってある。ガラスに挟まれた空間の中に、小さな機械のようなものも見えた。

 外部から盗聴するのであれば、マイクを窓に向けるのが基本だ。フィルムと機械によって音を遮断する仕組みなのかもしれない。

 窓に鍵をかけて振り向く。


「うわ、何この壁」


 見慣れた質感と色なのに、かなりの違和感を感じる。近寄ってよくよく観察してみると、触れて分かる程の微妙な段差が縦に長い長方形を形作っていた。高さ2メートルほど、幅は1メートルほどである。その周囲を探っていると、スイッチのようなものもあった。押すと、かすかな機械音と共に壁がスライドし、隣の空間と繋がった。

 思わず声を出してしまう。


「……オイ」

「オイとはなんだ、三科ヒカリ。入ってくるときはノックしろ」

「その前に、人の部屋を大改造するときは許可を取るべきでは」

「緊急事態だ、そのへんは目を瞑っておけ。退去時の費用は払ってやる」


 そういう問題ではない。

 いつの間にか隣に入居し、しかも壁にドアを取り付けて通行可能にしていたドクターシノブは、研究所のような無機質で白い部屋の中央で悠々とコーヒーを飲みながら「まあ入れ」と私に命じた。


 そのテーブルの上にはお蕎麦が用意されている。

 一応、このはた迷惑な引っ越しの挨拶をするつもりはあるようである。






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