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悪の組織、暗躍する1

 こんなに空間を勝手に作られている日本の地盤は大丈夫なんだろうか。

 だだっ広く真っ白な空間は、ドクターシノブ率いる秘密結社Sジェネラルの地下基地、その一部である。

 耐衝撃ナントカカントカという素材で作られた壁に、吸収性なんちゃらかんちゃらガラスで覆われた照明。防音にも気を遣っているようで、中に立つと広いのにしんと籠もった感じがする。


 スリッパで立った真っ白な床に、少し上げた手をかざす。意識を集中させると、揺れているかのような目眩が来た。それを堪えながら、虫眼鏡で太陽光を集めるように集約していき、凝縮した力を放った。

 大きな音がすると同時に、こみ上げる嘔吐感に思わずしゃがみ込んだ。


「きもち悪」

「貴様ァ!! 無理をするなと何度言えばわかるんだ!」


 壁の一部がスライドして、ドクターシノブが吠えながら近付いてきた。その後ろには黒ずくめの男たちが続いている。


「担架急げ!!」

「いや、いいです。そんなに力使ってないんで」

「良いか悪いかは貴様が決めることではない!」


 それこそドクターシノブが決めることでもないと思うけれど、ここで断ると説教時間が長くなるので大人しく担架に横たわっておいた。特殊シリコンが貼られた担架は寝心地にも配慮されている。


「あーこれまた結構深く割れましたねー」

「今日もよろしくお願いします」

「ハイハイ、お大事に〜」


 黒ずくめの服の上から白衣を来た集団が、私と入れ違いに訓練場へと入っていった。

 Sジェネラルの開発部のみなさんである。私が力を使ってこの訓練場を破壊するたびに対魔法少女部門の人たちが対応してくれるので、ちょっと仲良くなってしまっていた。

 最初はお金掛けてそうな壁や床で能力の具合を確かめることに申し訳無さを覚えたりしたけれど、開発部の人はむしろ喜んでいた。魔法少女の攻撃データを集め、新素材を試すいい機会らしい。どんなに破壊しても次の日には綺麗に直しているところに職人魂を感じた。


「あ、自分で移れます」


 担架で救護室に運ばれ、手を貸してくれるドクターシノブや黒ずくめの男たちを断ってベッドへと寝転ぶ。部下はそのまま退出し、ドクターシノブは冷却ジェルを冷蔵庫から取り出してタオルで巻いたあと私に手渡した。首の後ろに当てるとひんやりとして少し気分がマシになる。


「匂いはキツくないか」

「大丈夫です」


 ディフューザーにアロマを滴下したドクターシノブの手付きも慣れたものだった。

 様々な対処法を試した結果、制御チップによって不快感が起こったときには首元を冷やす、ペパーミントをベースとしたアロマを嗅ぐと回復が早いことがわかったのである。とはいえ、瞬間的に催す気持ち悪さは避けられないので、能力を試すのは食後6時間以上経過してからというのが必要不可欠な条件だったけれど。


「今日は血圧も脈拍も落ち着いているな」

「だんだんコツが掴めてきました」

「掴むな、そんなもの。その唾棄すべきチップを装備した状態で慣れようとするな!」


 ドクターシノブは私の首に埋められたチップを取り出せないことにプライドが刺激されたらしく、あれこれと研究に忙しいらしい。本人はそう言っているのだけれど、一日に何度か様子を見に来るので実は暇なのではないかと私は疑っていた。


 しばらくしてから、ワゴンが運ばれてくる。その上にはメイクミー・カステラの看板メニューがたっぷりと載っていた。ひと訓練したあとのハイカロリー食は最高である。エネルギーを使う能力訓練のあとは濃い味でボリューム満点の洋食だけれど、夕食はあっさり和風のことも多い。これも驚くほど美味で、訊いてみると西綿布にある有名和食店も経営しているのだそうだ。さすが悪の組織、あちこちに根を張ることを忘れない。


 ドクターシノブに保護されてから5日。これ以上至れり尽くせりの食生活を送っていると流石に戻れなくなりそうだった。


「というわけでそろそろ帰りたいんですけど」

「何だと?」


 なぜか私と一緒にブランチを食べているドクターシノブは、上品にパンケーキを切りながら思いっきり眉を顰めた。


「何が、というわけで、なんだ。貴様は研究所に狙われていると忘れたのではないだろうな。隠蔽が完璧なここならともかく、地上に出れば一瞬で捕捉されるぞ」

「どっちみち出ないとどうしようもないですよ」


 家庭教師のバイトについてはたまたま休みの連絡が入っていたので今のところは支障が出ていないが、大学は既に何日か休んでいる。アパートもそのままだし、一人で留守番してくれている札束が心配だ。いや、機械だから大丈夫だとは思うけど。


「いつまでも逃げ隠れし続けられるわけでもないし、これ(チップ)ついてる限りどこにいても同じです。研究所の人たちも流石に街中で堂々攻撃してくることはないでしょうし」

「根拠のないことを言うな。色々あるだろう、例えば本屋のトイレに行った隙に捕獲するだとか、スーパーの惣菜に薬品を混ぜておいて眠らせるとか、満員電車に乗じて昏倒させる薬品を吹きかけるとか」


 例えばの手口がやけに具体的である。それがSジェネラルのリクルート方法でないことを祈るしかない。


「もし何かする気なのであれば、そもそも私はあの施設から出られなかったと思いますよ。チップ埋め込んだってことは、泳がせて様子を見るつもりかと」

「だからといってこれから危害を加えられないとは限らないだろう。私は反対する。……が、どうせ貴様のことだ、聞く耳は持っていないのだろう」

「まぁ、はい」


 せっかく良い成績を保ってきたというのに、チップを埋められたくらいで台無しにされたくない。あとそろそろあの狭い部屋が恋しくなってきたのである。


「私からしてみれば貴様のことなどお見通し、その発言さえも予測の範囲内だ」

「何でドヤ顔なんですか」

「良いだろう、貴様を地上へと送り返してやろうではないか!! あの極めて狭い住居にな!」


 ドクターシノブがやけに自信満々で高笑いした理由は、その日の夕方に判明した。






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