監視員、配置される5
診察にやってきた医者は、医者なのに黒ずくめだった。ドクターシノブの部下らしい。人材豊富である。
一通り診て問題なしと判断され、入院着を直すと入れ替わりにドクターシノブが戻ってくる。
「どうやら体調は戻ったようだな……何故立ち上がっている」
「おかげさまで」
「寝ろ。また意識不明になりたいのか」
小腹を空かせた私が「メイクミー・カステラ」の紙袋を覗こうと歩いているところを見たドクターシノブは、ピクピクと左まぶたを痙攣させながらビシッとベッドを指差した。そして代わりに紙袋をとってくれる。ついでにぬいぐるみも枕元に置かれた。全長50センチほど、薄水色でふわふわのウサギはくたっと座った足の裏にそれぞれ「GET」「WELL」と書かれている。
触ると異様にふわふわしていた。ついつい撫でたくなる引力が尋常ではない。
「決して私が買ってきたわけではない。これは部下が勝手に用意したもので、素材開発の副産物として作られた試作品で」
「ありがとうございます、ドクターシノブ」
「は……いや、私は」
「とても助かりました」
なんだか気恥ずかしいのでウサギを片腕に抱き、紙袋を漁りながら私はお礼を言った。紙袋の中にはパイのようなクッキーやサブレ、白っぽいお菓子などが入っている。覗き込みながら息を吸うと、ホイップカステラの甘い匂いがした気がした。
「さすがに油断しました」
「そ……ンンッ、さすがのプリンセスウィッチも勘が鈍っていたようだな」
「あんなに早く手を打たれるとは思ってなかったので」
砂糖がキラキラ光るハート型のパイ生地に齧り付くと、ドクターシノブは「油分でまた気分が悪くなるぞ」と私に烏龍茶を差し出した。何層にも重ねられたサクサクの生地は香ばしく、まぶした砂糖が甘い。いい音がするのに乾き過ぎていることもなく、美味しいバターの風味が広がった。
「その……言いづらいことだが、貴様の首にある傷は」
「制御チップを新しく埋め込まれたんですよね」
「すまない。場所が場所だけにすぐに除去手術は出来なかった」
極小チップは神経に食い込むように注入される。衝撃によっては神経を傷つける恐れがあるため、外科手術で取り除くためには緻密な計算と高度な技術を必要とするのだ。だから基本的に、この制御チップは取り外すことを前提としていない。
おまけに新しいこれは、かなりきつい設定にされているようだ。首に触れただけでも具合が悪くなるようでは能力を使うどころか、日常生活すらままならなさそうな気がする。
「どのみち、手術しても取り除けなかったと思います。魔法少女の能力を感じるので」
「何だと」
「爆発物と同じですよ。力が覆っているので触れることもできないでしょうね」
「なぜ、そんなことを」
誰が、ではない。
そうやって力を使っている魔法少女に、ドクターシノブは心当たりがあるようだ。
「プリンセスキューティですね?」
「……わかるのか」
「なんとなくですけど」
プリンセスキューティは一番仲が良かったメンバーだ。共に苦しみ、共に戦い、共に喜んだパートナー。
彼女の能力の気配は大体わかるし、どういう考えをしたのかも大体わかる。
「貴様が反撃して倒した運転手を捕縛し、尋問ののちに得た情報だ。その運転手はプリンセスキューティ直属の部下であり、研究所と彼女の命令の元に実行したと」
「反撃したんですか」
「覚えてないのか、かなり痛手を与えていたぞ」
ガスが車内に噴出されてから、とっさに車のドアを開けて外に出たのは覚えている。けれども手足が麻痺していて、抵抗虚しくうなじに注射器を当てられたことしか覚えていなかった。朦朧とした意識の中で私は結構攻撃を加えていたらしい。横たわる私の隣で運転手をしていた男も伸びていたようだ。
特殊防衛省の職員は全員健康状態や居場所を監視されている。運転手の異変を察知して他の職員が駆け付ける前に運良くドクターシノブが私たちを回収したらしい。かなりラッキーだったようだ。
「その制御チップには発信機としての機能も十二分に備わっているそうだ」
「じゃあ居場所バレてると思いますけど」
「舐めるな。適当にジャミングしてある。といっても半径5キロ圏内から詳細には絞れない程度にしか誤魔化せてはいないだろうが」
病院の敷地は広く、人的機械的セキュリティによって出入りを厳しく管理しているらしい。院内に潜入はできてもここを見つけ出すことはできないとドクターシノブは胸を張った。
「いずれにせよ、ひとところに留まるのは悪手だろう。既に周辺に不審な人物の影も見かけている。間もなく場所を移す……が、三科ヒカリ」
ひとつ食べたらお腹が空いて、他のクッキーも食べている私と視線を合わせるようにドクターシノブが椅子に座った。眼鏡の向こうから鋭い漆黒の視線が投げかけられる。
「貴様はこれからどうする。肉体を制御される屈辱に加え、かつての友を敵に回す覚悟はあるのか」
「ある」
「……言い切るな」
頷いた私の代わりに、ドクターシノブの方が苦渋に満ちた顔をしていた。部下を大事にするらしい彼は、自分の身に置き換えて考えているのかもしれない。あるいは、仲間に引き込んだせいで私がこうなったと心を痛めているのだろうか。
「研究所とプリンセスキューティが繋がってるなら、どちらにしても避けられないと思います」
「手を引くという策もあるぞ」
「もう監視員がついてるので、今やめたところで同じですよ。一度始めてしまったら、終わるしかないんです」
「そうだな、一度始めたことは止められない。あとは終わるしかない」
「だから、ちゃんと終わらせます」
私が生きている限り、魔法少女をやったという過去は消えない。研究所を暴かない限り、この制御チップに支配される生活は続いていく。ならば、やるしかない。
「終わらせる、か。貴様の思い切りの良いところは変わらないな」
「別に思い切りなんて良くないですよ」
目を細めて見られると、少しいたたまれない。
私もプリンセスウィッチも、ドクターシノブが期待するような人物ではないのだ。追い詰められて選択しただけ。いつも何かから逃れようとしてもがいていただけ。
ただ、だからこそ、もがく技術には自信がある。
2019年1月10日の書籍化発売を記念して、
明日12月21日からは「行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ」の番外編を更新します。
それに伴いまして、「魔法少女は高待遇」はしばらくお休みします。
流石に並列毎日更新は無理じゃったよ……
申し訳ありませんが来月頃までもう少しお待ち頂けると幸いです。




