監視員、配置される4
「起きたか」
目を開いた瞬間、ドクターシノブがぬっと視界に影を作った。
「あまり動くな。仰向けになると吐き気が出るぞ」
左を向いて寝転がっているベッドはフレームが付いていて見慣れない。手首にはバーコードの付いたリストバンドが付けられていて、名前と病院名が書かれていた。
右腕を持ち上げてうなじに触れると、固い何かが当てられている。テープで貼り付けられたそれはどうやら亀の甲羅のような湾曲した形をしていて、傷口が合った部分に触れないようにしているようだった。
「ここは呂城県の病院だ。Sジェネラルの息がかかっているから安心しろ」
むしろ安心できない気がする。悪の秘密結社が作った病院って、普通に改造人間とか作ってそう。
「体調が安定しているようなら都心の病院へ移すつもりだ。何か飲むか?」
全体的に薄い色使いで構成された病室で、ドクターシノブのスーツだけが真っ黒だった。小型の冷蔵庫から何かを取り出し、ドクターシノブ手ずからコップに注いでいる。私の方へ持ってきたコップがプラスチック製、しかもピーさんの描かれたファンシーなものだったので、冷徹眼鏡顔のドクターシノブが持っていると違和感がすごかった。
「こ、これは売店にこういうものしか置いてなかったからであって……! 青い恐竜のものもあったが、男向けをわざわざ買うのもどうかと」
男向けというより、男の子向けである。同じく売店で買ったらしいストローを挿して口元にあてがわれたので、遠慮なく喉を潤した。薄めたスポーツドリンクらしきものはよく冷えていて、乾いていた喉に気持ちがいい。かなり気が利いているけれど、飲む姿を凝視されているので飲みにくかった。
「……も、もう一杯いるか、三科ヒカリ」
頷くと、同じように頷いたドクターシノブがまた冷蔵庫を開ける。冷蔵庫の扉部分にはペットボトルの水やスーパーで買える高めのジュースが色々と並んでいた。
見回すと、壁にはテレビが埋め込まれていた。他に机や椅子、洗面台まで付いている。天井は照明パネルが全面に取り付けられていて、ふんわりとした光で部屋を明るくしていた。棚には何故かぬいぐるみが置かれている。「メイクミー・カステラ」の紙袋も置かれていた。お見舞い品だろうか。
なんか高そうな病室である。保険が効かなそう。
「医師に連絡した。間もなく診察に来るだろう。吐き気はないか?」
またストローを持ちながら近付いてきたドクターシノブの顔を改めて見ると、鼻のあたりに小さな傷があった。おそらく、私が抵抗した際に付けられたものだ。
視線に気がついたのか、ドクターシノブがフンと視線を逸らした。
「別に気にするほどの傷でもない。我が社の医療開発部門で作った新しい再生促進剤も塗っている」
「すみません」
「き、気にするなと言っているだろうが! ほら飲め!」
ぐいぐいとストローの飲み口を押し付けられたので黙って咥えると、ドクターシノブが咳払いをして眼鏡を中指で押し上げた。
「どうやら貴様は他人を信用するということが絶望的に下手らしいな。まあ私は反政府秘密結社Sジェネラルをまとめるドクターシノブだ、元魔法少女プリンセスウィッチである貴様が信用しかねるのも無理はない。弱っているところを捕獲されて様々な妄想をしたのだろう。悪の手に堕ちて色んなことをされてしまうだとか、嫌だ嫌だと思っていたのに触れ合ううちに次第に心を開いてしまうだとか」
「思ってません」
妄想しているのはドクターシノブの方だと思う。この人、頭の回転が速いだけに無駄なことばかり考えているんじゃないだろうか。いや、医療部門とかある辺り無駄なことばかりではないんだろうけれど。
「貴様は今我が手にある。私の部下は有能でな、他の悪党にみすみす取られるような馬鹿な真似はしない。誰にも居場所を知られず、捕まえられたということすら気付かれず、こうして監禁状態にあるのだ」
「……」
「捕まえられた状態なのだから、別に無理に信用する必要もない。せいぜい警戒しながら身を守って回復するがいい。家族になど連絡してやらんからな」
フハハハと高らかに笑ったドクターシノブの声はちょっとうるさかったけれど、言っていることを読み解くとどうやら「余計な心配せずに養生しろ」ということらしい。
監禁しているだとか、捕まえただとかは、ドクターシノブの手付きを見ていれば不適当な表現だということは寝起きでもわかった。
「貴様のような貧乏人はわからないかもしれないが、ここは病院内でも最高ランクの病室だぞ。設備もセキュリティも一流だ。二度とない経験だろうからしっかりと堪能して富の恩恵を啜るがいい」
「うん」
「……。やけに素直に返事をするな、三科ヒカリ。まあいい。私も暇ではないのでこれで失礼する。心配するな、また貴様の屈辱的な姿を見に来てやるからな!」
ガタガタと音を立ててドクターシノブが病室から出ていった。閉まるドアの隙間から「医者はまだか!」と怒る声が聞こえる。
見えなくなった黒スーツの行き先を見つめて、私はありがとうを言いそびれた事に気がついた。
あと、「メイクミー・カステラ」の袋を取ってほしいというのも忘れたことに気がついた。
 




