ファン、活動する5
「あれは私が10歳の誕生日を迎えた翌日だった」
いきなり始まる自分語りに、私は思わず時間を確認しそうになった。午後も講義がある。
幸いドクターシノブの背後、壁際に控えている黒ずくめの部下がサッと時計を全面に映したタブレットを掲げ、さらにデザートがサーブされたので余裕を持って聞くことにする。
「偶然発見したファイルの中に、技能育成開発研究所に務める研究員が記した暗号が入っていたのだ。研究所は非人道的な研究を秘密裏に計画している。魔法少女が危険に晒される。命に代えても止めなくてはいけないのだ、と」
小学生なのに暗号などを解き明かしている限り、ドクターシノブは昔から変わっていたようだ。いわゆる神童というやつだったのかもしれない。
「それで研究所について調べようとしたら足がつき、むしろ政府から狙われるようになった」
「だから海外留学してたんですか」
「父方の祖父を頼ってな。それなりに苦労もあり、家族には大いに迷惑をかけた。だからこそ、余計にその事実を突き止め、阻止しようと誓ったのだ」
正義感を感じる。
ただ暗号を読み解いただけで人生の目標とする辺り、根気があるというか執念深いというか。
「普通にいい話じゃないですか。なんで悪の秘密結社なんかやってるんですか」
「政府の体制に異議があるからに決まっているだろう」
「いや、真っ当な方法があるでしょ、政治家になるとかそれこそ研究員になるとか」
「政治家なぞただの傀儡だぞ。そもそもまともではない組織にまともな方法が通じると思うのか」
確かに。思わず頷いてしまった。ドクターシノブの声には無駄に説得力がある。
「だからって銀行強盗はどうかと思いますけど」
「貴様、知らんのか。あの銀行は政府と癒着していて多くの議員が口座を開いている。それに異様に保険がかけられているからな。銀行としては金庫がすっからかんになろうが少しも懐が痛まないのだ。保険会社もまた調べれば調べるほど悪徳で、社員は過労死させるわ顧客へは払い渋るわ」
会社名と倫理的に反する行為をドクターシノブが沢山暴露したので、私はちょっと保険会社不信になった。やはり現金が一番である。壁際に立つ部下が激しく頷いているあたり、ブラックな保険会社からサルベージしてきた人員なのかもしれない。
「ともかく、私はどんな手を使ってでも奴らの悪行を暴く。貴様にはその手伝いをしてもらおう」
「え、嫌です」
「まあそう言うな。既に手を組んだ仲だろう。そうそう、これは前回の爆破事件を阻止した報酬だ」
片付けられたテーブルの上をドクターシノブの手が滑る。差し出された紙に書かれた報酬は、桁がやたら多かった。抗う暇もなく無意識に脳が計算を始めてしまう。学費、生活費、書籍代、遊興費……
「くっ、こんな姑息な手に引っかかると思ったら大間違いですよ」
「その割にはしっかりと掴んでいるではないか。安心しろ、怪しまれないよう分割で複数の口座に振り込んでやる」
ダミー会社が多いだけに、その辺の誤魔化し方も考えてあるらしい。ご丁寧にそれぞれの会社名と金額、名目まで並べられていた。分野は多岐に渡り、しかも有名企業が多くて日本の未来に不安を覚える。
下の方に、『買い物代行サービス Sジェニー』という会社があった。もしかしてあの買い物代行の件から新しく事業を始めたのでは。転んでもただでは起きない感がすごい。
「これは私の野望のためだけではない。全国で助けを待つ一般市民、そして魔法少女を心待ちにするファンのためにもなるのだ。貴様にも同じ魔法少女の仲間もいることだろう。その全てを救うことに繋がるのだ」
「そういう大義名分、嫌いです」
「これは完全に私の野望を達成することが目的だ。市民がどうなろうが政府が爆破されようがどうでもいい。私は私の野望を叶えるためにすべてを犠牲にしてみせる」
魔法少女をやっていたせいか、なんだか作られた正義には違和感を覚える。つい呟くと、ドクターシノブはころっと言い分を変えてきた。眼鏡を押し上げている顔はしれーっとしている。後ろで部下がガクッと崩れそうになっていた。
「まあ、あちこちで爆破事件を起こされると困るのはわかります。大学があるから引っ越しもできないし」
「そうだろうそうだろう」
「でも、魔法少女には絶対になりません」
「なん……いや、まあ、今のところはそれでもいい。協力してくれるのであれば、その件はまた追々」
「追々もクソもなく今も未来も絶対なりません」
「まあそのへんは置いておいて、とりあえず手を貸すということだな」
「置きません」
研究所を探るなら、特殊防衛省に近い存在が必要だったのだろう。
今更思うところはないけれど、平穏な生活を守るためだと思えばちょっとくらいは動いていいかもしれないと思った。元同僚に話をしておくだけでも何か変わるかもしれない。魔法少女は結構大変なので、これ以上面倒事が起きるのは阻止してあげたいという気持ちもほんの少しはあった。
私の中にも、そういう正義めいたことがまだ残っていたのだろう。
決して報酬に釣られたからではない。決して。




