ファン、活動する4
このお店のパンは、中がふかふかなのにしっとりして美味しい。多分これは冷めても美味しいタイプのパンだ。隣に置かれているのはマーガリンではなくバター。塩の風味がついた乳脂肪が美味しい。
「三科ヒカリ。貴様、少しは真面目に考えろ」
「魔法少女が行方不明になってるんじゃないですか」
「やれば出来るではないか。パンをもう一つやってもいいぞ」
特に何も考えず言っただけなのに、答えとしては合格点だったらしい。人をサルか犬のように扱う態度はどうかと思うけれど、パンは美味しいので貰っておいた。これほど美味しい料理を前にして人に分け与える余裕があるとは、やはり秘密結社の代表などをしていると舌が肥えるのだろう。
ちなみにちょっとしたコース料理だけれど、私もドクターシノブも飲んでいるのは水である。未成年の私は置いといて、そういえば成人済みのドクターシノブが食前酒すら飲んだとこを見た覚えがない。もしかしたら下戸なのかもしれない。悪の秘密結社としてはちょっと格好が付かない気がするが健康的だ。
「登校していない女子生徒たちは表向き、県の合宿や研修旅行などを名目として学校を休んでいる。勿論それは特殊防衛省が用意したでっち上げの理由だ。ただ、そうやって理由を用意されていることを考えると行方のわからない魔法少女は省内のどこかに集められているのだろう。おそらく技能育成開発研究所あたりに」
「……ん?」
「魔法少女の親は何も知らず、我が子が望んで合宿やら旅行やらに行っていると思っている。そもそも自分の娘が魔法少女だと知りもしないのだからな。だがこの状態が続けばどうなる? 不審に思った親が探し始め、中には真実に辿り着く者もいるかもしれない。魔法少女について調べるのは違法だ。家族には前科が付き、監視が置かれる。そして我が子にはたどり着けないままに終わるだろう。それを哀れだとは思わないのか」
「……ドクターシノブ、なんで研究所のことを知ってるんですか?」
魔法少女云々より、そこが気にかかった。
顔を上げて見つめると、演説じみた喋りを続けていたドクターシノブが口を閉じた。
「技育研って、魔法少女ですら詳しく教えてもらえないんですよ。どうやって知ったんですか?」
魔法少女が所属しているのは、特殊防衛省の外局である。メンバーの移り変わりが激しいことや能力の特殊さから、特殊能力部隊という独立した部署におかれていた。その匿名性もあって、普通の職員とは顔を合わせないようにされていたのである。
魔法少女が知っているのは同僚である魔法少女、養成機関の教師、出動時のサポートをする情報官、そして研究所の研究員くらいだった。魔法少女の能力には未だ解明されていないことも多く、そのため研究に協力する機会も多い。けれど研究所に呼ばれることはあまりなく、献血や動作実験なども大体が基地に来た研究員によって行われていた。
全体が機密じみた場所ではあったけれど、下手をすると魔法少女よりも謎に包まれていたのがこの研究所だ。魔法少女が研究所に行くときには目隠しをされ、スモークガラスの車に乗せられて連れられる。だから魔法少女は研究所の場所も外観も、そして研究内容についてもよくしらないのだ。
ただ命じられたから血や皮膚組織などを提供して、能力を使った実験をこなすだけ。特に重要な機密事項として厳しく教育されるので、その正式名称すら口にしないのだ。
「一般人だけではなく、他の職員に対しても口外するなと言われてましたよ。特殊防衛省に勤めていてもその存在を知らない人も多かったとか。なのにどうしてドクターシノブは知ってるんですか?」
政府内部にスパイがいるとしても、中々掴めない情報ではないだろうか。そんな情報が手に入るなら、いなくなったらしい魔法少女の行方とやらも掴めそうだ。秘密結社という立場から考えると、魔法少女の行方をくらましている犯人そのものであってもおかしくない。
「なんだ。まさかこの私を疑っているのか」
「いえ、そんなには……仮にそうだとして、わざわざ情報を私に漏らす意味がないので。あ、でも組織に引き入れようとしてるから、そのためにわざと騒動を起こすっていうのもありか」
「ありなわけあるか。勝手に理由を見つけて納得するのはやめろ!」
食事中に怒るのはやめてほしい。しかし普段の様子から見ても、ドクターシノブはそういう無意味な悪事を働きそうにないのも確かだ。ひねくれてはいるけれど理屈があるようだし、部下を大事にしているところやビルでの反応からしても人情が厚いように思える。
ただ黙って見つめながら食事を続けていると、ドクターシノブが眼鏡を押し上げて咳払いをした。
「そこまで気になるというのであれば、教えてやろう」
いや、別にそんなに気になってるわけじゃないです。
その言葉は、美味しいフォアグラが喉の奥へと押し込んでしまった。




