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ファン、活動する3

 大きな講堂での授業は、席が埋まるのが早いのでいつも急いで前の方を確保していた。

 まだ教授が来ていないのでざわついている。

 ノートを取り出して軽く復習をしていると、どっかりと隣の席に誰かが座った。まだ他にも空きがあるのにすぐ隣に座る相手をふと見上げると、眼鏡をキラリと光らせたドクターシノブが座っている。


 一般人に紛れ込んでいるつもりなのか、今日は真っ黒なスーツではなく薄いグレーのスーツである。

 全然紛れ込めていない。就活している上級生でスーツ姿のまま講義を受ける姿は見ることがあるけれど、こんなに堂々と着こなしている人はそういない。


 そこで教授がやってきたので、私は気付かなかったことにしてそのまま講義を受けた。しかしドクターシノブはその存在を主張するように積極的に授業に参加している。手を挙げ、堂々とした人を引きつける声で質問や意見をどんどん発言している。その前のめりで講義に参加する姿勢に、気難しいことで有名な教授も心なしか楽しそうだ。鋭い質問に色々と答えてくれるので、他の学生も忙しくペンを動かしている。

 秘密結社の代表なのに、こんなに目立っていいのだろうか。


「いや、いや。海外の特殊防衛法についてこれほどまで熱心に調べている生徒がいるとは。またわからないことがあったらいつでも訊きに来なさい」

「ありがとうございます」


 チャイムが鳴ると、教授は惜しむようにドクターシノブと握手していた。人心掌握術がすごい。


「いい講義だった。さあ三科ヒカリ、昼食を取りに行くぞ」


 何故当然のような顔をして誘っているのだろうか。

 辞退したいけれど、講義の中心となったドクターシノブに他の学生が注目している。このままここで会話して下手に情報が漏れても嫌なので、黙ってついていくことにした。背が高く、スーツ姿が妙に似合うので道行く女子がチラチラと見ている。ドクターシノブはそんな視線を気にすることなく歩いて、例の真っ黒な車へ乗り込んだ。


「何でいるんですか?」

「いては悪いか。私はここの聴講生なのでな」


 フンと鼻で笑ったドクターシノブが、カードをこちらへ投げてよこした。写真付きのそれは、私とは色が違う学生証だった。聴講のみなので色が違うらしい。

 学籍番号などの上に笹賀谷ササガヤ 志信シノブと書いてあるけれど、本名なのでは。アホなのかこの人。


 車は学校から少し離れたオフィス街のビルへと入った。高そうなレストランの中にある個室へと案内される。私はこっそりと財布の残高を思った。


「安心しろ。貴様のような貧乏人に期待はしていない。ここは我が秘密結社が持つ飲食店のひとつ」


 ダミー会社で多角経営し過ぎである。だがドクターシノブは無駄に有能なので、料理は期待できそうだ。


「でも私今日はお弁当持ってきてるんですけど」

「何だと?! ……ンンッ、いや、ここの料理は絶品だぞ。貴様が好きな国産和牛もたんまりと使っている。どうだ、その弁当は私に預けて欲望に従ってみろ」


 ランチバッグを取り出すと、ドクターシノブが衛生検査だ情報ナントカだと言いながらサッと奪った。札束が作ったランチなのでちょっと惜しいけれど、狙ったように美味しそうな前菜がサーブされたのでとりあえず食べることにする。

 アボカドと魚介の載った名前のよくわからない料理は、思ったとおり美味しい。


「なんでいきなり大学に来たんですか?」

「たまたまだ、たまたま。貴様によると、私と貴様はたまたま講義で知り合う程度の仲らしいからな」


 どうやらみるるちゃんとの会話を盗聴していたらしい。変態である。蔑みの目で見ていると盗聴器は仕掛けていないと意味のない弁明をしていた。


「そんなことより、例の爆破事件について新たな情報が掴めた」

「どうでもいいです」

「まあそう急かすな。ゆっくり話してやる」


 ドクターシノブが見当違いな返事をしていたけれど、美味しそうな霜降り肉のステーキをチラつかせていたので私は黙って聞くことにした。とろけるように柔らかく、絶妙な焼き加減で美味しい。


「あのビルで記録した情報をもとに少し探ってみたんだが、犯人はどうやら内部の人間のようだ」

「ドクターシノブ、部下くらいちゃんと管理して下さい」

「Sジェネラルの内部ではないッ! 政府内部だ!!」


 うちの社員はそんな勝手なことしないとドクターシノブが怒り、出口近くで待機している黒ずくめの部下が小刻みに頷いていた。団結力のある秘密結社のようだ。今時優良会社でもこんな団結力は珍しいだろう。


「政府に飼われているくせに、政府の人間から狙われるとはな。魔法少女もやりきれないな」

「まだ反対する人も多いですからね。魔法少女の出動自体を減らすべきという声もあるんじゃないですか」


 反対派が挙げる大きな理由は年端もいかない少女を危険な目に遭わせることを厭うものだが、実際にはそうではないのだろう。女性のみ、しかも主に十代でしか発揮できない能力、なのにそれが最新の兵器にも匹敵するほどの威力があるのだ。今のアイドルのようなアイコンとしての地位を確立するまでは、畏怖や差別、妬みの対象として見られることも多かった。


 特に権威や力を持つ男性ほど、魔法少女を嫌う傾向にある。過激派から殺害予告を受けた議員の護衛などもしたことがあったけれど、護衛対象であるはずの議員本人から不快な態度を取られることも珍しくはなかったのだ。女のくせに、子供のくせにという視線と、圧倒的な力に対する恐怖や嫌悪。それらは根強い。


「内部犯であれば特殊防衛省そのものを攻撃することができそうなものだが、おそらくこの犯人の狙いは魔法少女そのものらしい」

「ドクターシノブ、お仲間じゃないですか」

「怒るぞ」


 悪の秘密結社のくせに、何かポリシーがあるらしいドクターシノブが一緒にするなと顔を顰めた。それから個室の壁に資料を照射する。


「まだ裏は取れていないが、この犯人はおそらく他の地区でも積極的に活動しているらしい。爆破事件ではないが、複数の箇所で大規模な事件が起こった後、おそらく怪我の治療などを理由に魔法少女の活動が減少している」


 地図のあちこちで赤丸が点滅している。目撃情報などから、しばらく姿を見せていない魔法少女の一覧を作り出したようだ。顔写真は盗み撮りのようだ。全国のファンが撮ったものだろう。

 ただ、引退する魔法少女もいるとしても、短時間に数十人が活動を止めているのは確かにおかしい。


「それと同時に、家にも帰らず学校にも登校しない女子生徒の数が増えている。これがどういうことかわかるか」


 ドクターシノブがまっすぐに私を見た。私はトマトを齧って答える。


「わかりません」

「貴様、一瞬くらい考えろ」






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