爆破事件、連続する8
ドクターシノブのお説教が終了したのは、私が心底反省の姿勢を見せたからではなく、またドクターシノブのマシンガンのような文句が弾切れになったからでもない。現場に魔法少女たちが近付いてきたからである。
私のスマホに入れられたメッセージと、ドクターシノブのリストウォッチに入った情報からさすがのドクターシノブもゆっくりしている場合ではないと判断した。まだ小言を漏らしながらも私と一緒に残りの爆弾を見つけてちゃっちゃと片付け、それから待機していた車両に乗り込んであっさりと撤収した。車が発進し始めたときに、走ってくる魔法少女たちを車窓越しに見つける。
それから振動のほとんどない車で揺られている内に疲れのせいか私は眠くなり、気付いたらドクターシノブに膝枕をされていた。
「……き、貴様が勝手に凭れかかってきただけだ!! 決して私が引き寄せたわけではないからな!!」
寝起きの頭に大きな声を出されるとつらい。それはすみませんと起き上がろうとしたら、ドクターシノブの手が私の肩を押さえた。
「まだそのままでいろ。このまま船を漕がれて車に頭をぶつけられても困る」
「もう目は覚めましたけど。ここどこですか」
「『メイクミー・カステラ』の契約駐車場だ。運転手が長時間業務に就いていたため休憩を取らせていた。ちょうど休憩も終わったことだし、ついでに貴様を家まで乗せていってやる」
えらく静かだと思っていたら停車していたらしい。僅かな揺れと共に車が再び動き始める。ドクターシノブの太ももは固く枕としてはかなりランクの低いものだったけれど、厚意に甘えてそのまま頭を載せておくことにした。ドクターシノブの顔は下から見上げても造形が崩れることはないようで、私はあちこちに目をやってはチラチラとこちらの様子を窺っている挙動不審さを観察した。
「も……もう具合は良いのか」
「大丈夫です」
「それは何よりだ。私の指図で貴様の体に何かあっては寝覚めが悪過ぎるからな」
「別に自分でやると決めたんで気にしなくていいですよ。自分の能力の管理くらい自分で出来ないとダメですし」
「そういうわけにはいかないだろう。リスクを冒させておいて自己責任というのはいかにも政府のやりそうなことだが、私はそういう考えなしとは違う。Sジェネラルの医療機関では匿名性を保ったまま最先端の治療や検査が可能だ」
明らかに爆弾が埋まっている現場に誘導したのはドクターシノブその人だけれど、一応アフターケアについても考えてはいたらしい。ただ秘密結社の医療機関とか怪しさ抜群で行きたくないので断った。そもそも病院にいくレベルでもない。
「負担が少なく高性能な健康診断も受けられるというのに……。ベッドのマットレスにも拘っているし、清潔で過ごしやすいぞ」
「健康診断は学校でやるし、別にそんなこと求めてないので」
ドクターシノブが若干ガッカリした顔になった。自分の持つ技術を誰かに自慢したかったのかもしれない。
「そもそも、あと数ヶ月とは言え貴様はまだ未成年。他人を頼ることに何の躊躇いを覚える必要もない。病院が嫌なのであれば、親族にでも連絡するか?」
「いいです」
「一人のときに容態が悪化しても困るだろう」
「いりません。やめてください」
きっぱり断ると、ドクターシノブがじっと私を見てきた。仰向けになって逆さまのドクターシノブの目を見ながら首を振ると、仕方なさそうに溜息を吐かれる。
「そうか。では何かあればオートクッカーを使え。あれは外部との通信も可能だ。通話や伝言機能もあるし、病院へ行くならタクシーを呼ぶことも出来るぞ」
「もはや料理器具の域を超えているような」
「複数の機能を併せ持つのは今時の家電の流行りだ」
「そうですか」
「そうだ」
やがて車が静かに停車したので、私は体を起こした。カバンを持って外に出ると、ドクターシノブもついて出てくる。そして車のトランクから四角いカゴを取り出して階段を登る私の後ろをついてきた。
「これが今日代行させた特売の買い物だ」
「意外に買えたみたいで助かりました」
鍵を開けて、カゴを受け取る。保温効果のある袋にいくつか分けられているのは、野菜やお肉類らしい。ドクターシノブの部下はスーパー特売タイムで善戦したようだ。
「その、今日の貴様はよく働いた」
そのまま家に入ろうとしたら、ドクターシノブが言葉を探すように口を開いた。
「市民の危機を未然に防ぎ、社会的損失を食い止めた」
「別にそんなつもりでやったわけじゃありません」
「どんな目的であっても、結果的に誰かのためになることもある。今回助けた命は、貴様が救ったものだ。三科ヒカリ」
別に他人の命なんてどうでもいいとはいわないけれど、使命感を持ってまで救いたいとも思わない。ただ今回の犯人にはややムカついたし、スーパー特売タイムを代わってもらったのでやっただけだ。誰に感謝されるいわれもない。
「貴様がどう思おうと、貴様には人を救う力がある」
「そうですか、それはどうも」
だから秘密結社に入れと言われそうなので、適当に切り上げて私は玄関の扉を閉めた。鍵をかけてじっとしていると、しばらくしてから足音が遠ざかっていく。
かごを置いて息を吐くと、オートクッカーが『オカエリナサーイ』と反応した。
 




