爆破事件、連続する7
ふわっと円形に落ちた灰の匂いがかすかに漂う。その灰を挟んだ向こう側にドクターシノブが片膝を立ててしゃがんだ。
「終わったのか」
「終わりました」
「爆発物処理を、こんな短時間で……衝撃波による空気の歪みを外部からの圧力によって相殺させ、爆発を押し込め……それほどのエネルギーを持っている魔法少女は、そう多くはない。本当に減退期が来ていないのだな」
「そうみたいですね」
「それどころか、現役の頃よりも……おい三科ヒカリ、顔色が悪いぞ」
男のくせに目ざとい。ドクターシノブはメイクを変えただの前髪を切っただのという変化に気付くタイプのようだ。2キロ太ったとかそんな感じの変化も指摘して女性の怒りを買ってそうな感じもする。
かなり失礼な想像をしているにもかかわらず、ドクターシノブは顔を顰めてこちらの様子を気遣っていた。さすがホワイト秘密結社の責任者だけある。
「別に平気です」
「平気な人間はそんなに顔を青白くしていない。まさか力を使い過ぎたのか?!」
胸焼けしたようにムカムカする鎖骨の辺りに手を当てながら首を振る。項をさすると、じんわりと汗が浮かんでいた。
「今すぐ救急車を」
「いりません。制御機能が働いただけなんで、しばらくほっとけば治まります」
「制御機能だと」
「……力を使い過ぎて死なないために、ある程度使うとストッパーがかかるようになってるんです。埋め込んだチップが擬似的に体調不良を引き起こし、力の解放を抑制する仕組みです」
「チップだと……」
魔法少女は、自分の能力以上に力を使い続けると死ぬ。とはいっても疲労を伴うのでそこまで力を使うのも難しいが、休息を取らずに走り続ければ死ぬように、倒れて回復できなくなってしまう。そうならないために、全ての魔法少女は監視チップを埋め込んで体調や力の放出具合をモニタリングされているのだ。短時間に何度も力を使ったり、大きなエネルギーを使うような状況になると、抑制のために胸焼けがしたり悪寒がしたり、体調不良のように感じさせて力を使わせない仕組みになっていた。
同期しているコンパクトでも体調をみることが出来るけれど、慣れると制御機能からくる体調不良っぽい気配で大体能力の使い具合がわかってくるようになるのでちょっと便利である。
「人間の動作を妨げるような生体用チップは禁止されている筈だ。政府はそんな物も使っているのか?!」
「危ないものじゃないですよ。埋め込みも注射式だし」
「現にこうして苦しみながらもそう言えるというのか。よほど信用していると見えるが……」
ドクターシノブはしゃがんだままこちらへとにじり寄り、革のグローブを取って私の手首に触れた。嫌な汗をかいて少し冷えた皮膚に体温が伝わってくる。脈を測るようにリストウォッチを私の手首にあて、そして手の甲で私の額をそっと横に拭った。
「……私ならば、私の組織ならばそのチップを取り除くことが出来る」
「遠慮しておきます」
「なぜだ!!」
その怒声は、提案を一蹴したせいではないと真っ直ぐな瞳から伝わってきた。こうしてその黒々とした瞳を見ていると、悪の秘密結社というよりかは正義の味方のほうが似合いそうな気がする。ドクターシノブがもし少女であれば、優秀な魔法少女になっていたかもしれない。
「これを付けていることを条件に、普段の行動の監視が免除されてるんです。なければ四六時中後をつけられて見張られますし、下手すると軟禁状態になりかねません」
「だからといって、チップを埋め込むなどおかしい。能力の制御であれば、それこそ付け外し可能なデバイスでコントロール出来るはずだ。それをどんな理由があって……。そうやって犬のように首輪を付けてまで、政府は魔法少女を繋いでおきたいのか」
「まあ、そうなんでしょうね」
国外逃亡などを防ぐためにおそらくは居場所も調べられているし、街なかの監視カメラに写った画像も解析されているだろう。万が一魔法少女の能力が暴走したり、反抗の意思を見せたときのために意識を奪う機能もあるはずだ。
「まあ、暴走して一般人を危険な目に遭わせないためにも必要なんでしょう」
「何故納得しているんだ。引退したくせに」
「普段は全く気にすることもないことですし。それに、力を使うのが久しぶりすぎてちょっとやりすぎた感じもするんで、制御機能が反応するのも妥当だったんだと思います」
「確かに、こんな爆発物を一人で処理したのだからな……しかも、2つ連続で、だ」
「2つじゃないですよ。全部です」
「は?」
「全部。見つけたやつにはマークしておいたんで、ついでにここ以外のやつも全部処理しました。残ってるのはこの持ってきたやつだけですね」
あっちこっち離れた場所にある爆発物を捕捉しながら、ビルには影響を与えないようにするのは流石に大変だった。どうせ全部処理しなければいけないなら一気にやったほうが簡単だと思ったのでやってしまったけれど、3回くらいに分けてやったほうが楽で疲れにくかったかもしれない。
一瞬ぽかんとしたドクターシノブが、ワナワナと震え出す。こめかみに青筋が立ってピクピクしていた。私の手首を掴んでいる握力も強くなっている。ちょっと痛い。
そしてドクターシノブがすうと息を吸い込んだ。
「そんな能力の使い方をすれば、死ぬこともあるんだぞッこの馬鹿!!」
今回ばかりはドクターシノブが正論を言っている。
それから音量大きめで繰り広げられたお説教を、私は3分くらい慎重に聞いておくことにした。
こうやってお説教されるなど、いつぶりだろう。ちょっと懐かしく思いながら聞いていると、ドクターシノブは「真面目に聞け」とさらに怒った。察しのいい男である。




