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元同僚魔法少女、ほくそ笑む4

「見ろ! これが我が社の最新兵器だ!!」


 まだお腹の中にはすき焼きが残っているものの、ドクターシノブが肉じゃがを作らないと帰りそうにないので渋々支度を始めようとしたところ、いきなりドクターシノブが通販番組を始めた。


「今までの低温調理や圧力鍋や炊飯器調理といった、一元的な料理方法を名前で誤魔化しているような雑魚とは違う、これこそが真の調理機器なのだ!」


 どこからともなく、ではなく普通に玄関の扉から部下がドクターシノブへ手渡してきたのは、炊飯器ほどのサイズをした鉄の固まりだった。形は立方体に近く、角をまろやかにしてアッシュグレイのつや消しにしているところにデザインのこだわりを感じる。


 ドクターシノブはその辺に置いてあったエプロンをサッと身につけ、手を洗う。意外に庶民的仕草が似合う男である。包丁とまな板を使ってササッとじゃがいもの皮を向いた。芽もしっかりと取り除くその仕草からすると、かなり自炊に慣れているようだ。私より手が速い。


「このオートクッカーには内部にセンサーとレーザーが仕込まれていて、こうして入れるだけで自動的に材料を識別することが出来る。入力した料理モードに沿って最適な形に切り分け、火を通し、味付けもこなすのだ!」


 オートクッカーと呼ばれたその立方体のフタを開けると、中はいくつかの仕切りで分けられていた。左端の細長い場所に人参とじゃがいもを入れ、黒毛和牛としらたき、調味料もそれぞれ別の仕切りに入れていく。

 蓋をすると『オ料理ヲ始メマショウ! メニューヲ選ンデネ』とやたら明るい電子音声が聞こえてきた。どうやらスピーカーも内蔵されているらしい。


「オートクッカープロト1、肉じゃがを調理しろ」

『肉じゃがデスネ! スピードモード、ほくほくモードガアリマスヨ!』

「ほくほくモードだ。お前の実力を見せてやれ!」

『ほくほくモード、リョーカイシマシタ! 出来上ガリマデ、32分待ッテテネ!』


 テロテロリン、と特に意味のなさそうな陽気な音と同時に、蓋にロックがかかったような僅かな機械音が聞こえてきた。僅かにモーター音が聞こえる。


「どうだ、その静音性は! おはようタイマーモードで夜中の調理でも全く気にならない設計だ!」

「親切ですね。人参皮剥かなかったけどいいんですか」

「スーパーの人参はほぼ皮が剥かれている。少し残っていたとしても、皮に栄養があるから問題はない。このオートクッカーは出来るだけ素材の栄養を損なわないように特殊加熱技法が使われていて……」


 スラスラと商品説明をしながら、ドクターシノブはお米を量りちゃちゃっと洗って炊飯ボタンを押していた。それから白菜の四分の一を取って細かく刻んでいる。ブツブツ文句を言いながら、ドレッシングも手作りしていた。サラダは手作りするらしい。

 残りの白菜もきちんと小分けにして冷蔵庫に仕舞うことも忘れない。かなりテキパキしていて、ドクターシノブの私生活が窺えた。


「じゃがいもの皮は自動で剥けないんですね」

「皮むき機能はまだ開発中だ。全方向から皮むき箇所を判断し皮を剥くというのは、転がすスペースを取る必要がある。皮をどうするかも問題だからな……だが我々の技術に限界はない。将来的には内部の仕切りも取って、全てを一度に入れて放っておけば出来上がる製品を開発する予定だ」


 それは欲しい。

 売り出したらSジェネラルの利益が凄いことになりそうだ。ノーベノレ賞とか貰えそう。


 それは置いておいて、先程から私は座っているだけである。勝手に戸棚を開けてほうじ茶も発見し、やかんを水に掛けているのもドクターシノブだ。もてなし分の商品券2万円相当が危うい気がする。それにしてもドクターシノブの台所での立ち回りには隙がなく、私が何かをしようとする必要性も感じなかった。


「ドクターシノブ、一人暮らしなんですか?」

「フ……貴様もこの私について興味が湧いてきたようだな」

「なんか段取りが板についてるので部下とかにやらせてないのかなって」

「私生活の世話など業務外にも程があるだろう。部下はそんなどうでもいいことをさせるために雇ってはいない。大人しく我がSジェネラルを発展させておけばいいのだ」


 秘密結社なのに真っ当な上司である。

 ちなみに朝の電子ドラッグ中毒者は無事再洗脳が完了し意識を取り戻しており、今は医務室で休養させているらしい。しばらく様子を見て医者の許可が降りたら働かせるそうだ。違法なのにホワイトである。


 使った包丁の研ぎ具合が気に食わないとか言いながら砥石に水を掛け、急須にお湯を入れるのと同時にまな板を熱湯消毒し始めたので、私はダイニングキッチンから部屋の方へ行って扉を閉めて着替えることにした。最近包丁研ぎをサボっていたので助かる。

 鞄をかごに入れ、部屋着へと着替える。紙袋を折って畳もうとすると、重ねてあった紙袋の隙間からヒラヒラと何かが落ちてきた。


 魔法少女プリンセスキューティのブロマイドである。キャビネ判だ。地味に大きい。


「…………」


 何枚か入っていたが、全てポーズの違うショットである。

 裏返すと、そのうちの1枚にピンクのペンでメッセージが書かれていた。


 『ヒカリンへ

 久しぶりに会えて嬉しかったよ

 またあそぼーね


 追伸 彼氏出来たら教えてね』


 ね、の後ろにハートマークが入っており、最後にはキスマークが添えられていた。


「…………」


 その辺にあったファイルに入れる。そのうち処分しよう。


「うわっ!!」

「何ですか」


 謎のブロマイドのことを記憶から追い出して扉を開けると、こちらを振り向いたドクターシノブが大声を上げた。屋間田宅のテレビ音量が上がるので静かにしてほしい。


「き、き、貴様!! 何故服装が変化している!!」

「着替えたからですけど」

「お、男がいるくせにそのような動作をするな!!」


 人のキッチンで好き勝手料理している人がワガママを言っている。

 自分の家でくつろぐぐらい好きにさせてほしい。


「大丈夫です。私はドクターシノブよりも強いので、悪心を起こしたら首を折ったり玉を潰したり出来ますから」

「怖いことを言うな。それに私は女性に不埒な行為を無理強いすることなど良しとしない」


 肉じゃがをご馳走することは無理強いしているくせに、意外に純情派らしい。

 私が椅子に座ると、湯呑みにほうじ茶を入れて出してくれた。ドクターシノブもマグカップでちゃっかり自分の分を注いでいる。いつも使っているのはマグなのでどちらかといえばそっちのほうが良かったけれど、文句は言うまい。

 貰い物のテーブルには、イスが2脚付いてきた。今初めてそれが役に立っている。


「私よりも強い、か……確かに、私は貴様に勝つことが出来なかった」


 自分で入れるよりちょっと美味しく感じるほうじ茶を飲んでいると、いきなり向かいの男がしんみりした空気を出し始めた。






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