1話
俺には幼稚園の頃からの幼馴染がいる。小さい頃から比較的、内気だった俺に反して圧倒的に人と関わることが得意だった彼女。二人で公園にでも遊びに行けばたちまち彼女の周りには見たこともない子まで笑顔で一緒にいたものだ。
彼女には産まれながらにしてどこか人を焚きつける魅力があるのかもしれない。
子供のころの俺にとって彼女はこうなりたいと思えるほどにあこがれだったのかもしれない。
テレビや本で見る正義のヒーローとはまた違う。
そんな彼女のあとを俺はただ追っかけるだけだった。
その頃から彼女は、ほんのり日に焼け、女の子なのに雑にまとめただけの髪の毛で、生まれつき視力が悪いやらで似合いもしないぶかっとしたメガネをかけていた。
少なくとも側から見れば可愛いとは言いがたいだろう。
けど俺にとっては幼い頃からそれが当たり前になっていたため、彼女の容姿を気にすることはなかった。
月日が経つのは早いものでそんな俺たちも高校生になり、今は人並みの青春を送っていると言っていいだろう。
義務教育といった縛りから解放され、少し大人に近づいたような気分になる大きな境目である。
「陽太、一緒に帰ろう」
放課後の教室、まだ帰宅前や部活に向かう前の準備をしているもの達であふれる中、ガラガラと教室のドアを開け、子供のようにパタパタと走って俺のもとに来る影が一つ。
声と気配のした方を振り向くとそこには一人の女子生徒。いまどきの女子高生とはちょっとずれた、長めの髪の毛を乱雑にポニーテールにまとめた髪の毛、顔の大きさにあまりあってるとは言えないデカ目のメガネはどこかのお笑い芸人のようだ。
こいつが例の幼馴染である。彼女は御手洗 咲綾。俺たちは小学校、中学校と同じ学校に通い続けた。
そして今現在、高校でも俺たちの関係は変わることなく同じ道を歩み続けている。ここまで長い付き合いともなるとお互い遠慮することなく、なんでも話せる関係になっている。まあ少なくとも俺はそう思っている。
ちなみに陽太というのは俺のこと。神崎 陽太。俺の名前だ。
今年から高校生になった俺たちは、昔同様俺は内気のまま、咲綾にいたっては人と関わることが得意だったのがさらに増している気がする。社交的で活発な彼女は友達も多く、いつも人の輪の中にいる。
それに比べて俺は咲綾を含め、片手で数えられるほどしか話せる人がいない。勘違いしないで欲しいが友達じゃない、話せる人がそれしかいないのだ。
別に友達がたくさんほしいとは言わない。むしろ人から見れば仲のいい異性の幼馴染がいるだけで羨ましいと感じる人はいるかもしれない。
しかし、人というのはないものをねだってしまうものだ。ましてや幼馴染の存在が当たり前となっている俺にとって咲綾は、、、、いやとてもありがたい存在だ。
まあ結局なにが言いたいのかというとできることなら友達が欲しいということだ。
咲綾はそんな俺を気にしてなのかわからないが高校生になっても必要以上に関わってくる。それはそれは親のように、見る人が見れば、そう恋人のように。
高校に入った頃はクラスが別だと言うのに一緒に弁当を食べようと誘ってきた。その頃はクラスで友達が作れると思っていたから咲綾の誘いを断ってしまった。
おかげで俺は今でもぼっち飯だ。今からでも遅くないから咲綾と食べればいいじゃないかと思うかもしれないがそれは俺の中の小さなプライドが許さなかった。
お昼が一緒じゃないならと咲綾は帰りは一緒に帰ろうと誘ってきた。お互い文化部のため週に1、2回しか活動がないし、家も近いのでそっちは了承した。まあ迷う間も無く強引に決められたというのが本当のところだ。
俺たちは決して付き合っているわけではない。お互いに気持ちを伝えたら今の関係が壊れてしまうのを恐れているのかもしれない。いや、それは俺だけか。
正直俺は咲綾が好きだ。この気持ちがいつからあるものかはわからないが気付いた時にはそうだった。一緒にいて楽しいし、いやだと思ったことはない。
しかし、彼女は俺のことをどう思っているのかわからない。長い付き合いだとしても俺はあくまでただの人間である、すべてがわかりあえるわけではないのだ。
「どうかしたか?」
「別に〜、早く帰ろう」
鞄に今日の教科書をつめて帰る準備をしている俺の横で、彼女はどこか楽しそうにこちらを見ている。その表情が何を意図しているのか俺にはわからない。
クラスの連中は俺と咲綾が一緒に帰ることはいつものことなので、特に気にも留めない。言ってしまえばいくら社交的で、クラスでは人気があるとはいえ、幼少期から変わらない髪型にぶかぶかメガネ、変わったといえば体つきは女の子らしくなったことぐらいか。
そんな咲綾に、身長も170センチ顔もいたって普通、絶賛ぼっち飯中の俺の2人だ。わざわざ噂になるほどの価値がないのだろう。結局世の中顔なのか。これが美男美女カップルだったら何かが違ったのかもしれない。
「今日はね、ちょうど寝ているときに上原先生に当てられちゃって大変だったんだ」
「怒られたのか?」
「ううん、隣の未来ちゃんがこっそり答えを教えてくれたから事なきを得ました!」
いつもの道を帰りながら、そう言って咲綾は話しながらビシッと敬礼のポーズをとる。話している最中、身振り手振りが激しいところが彼女のかわいらしいところでもある。
まあ彼女のことを嫌いな人や女子からしたらうざいだのと考えるひともいるかもしれないがな。
「あっそういえばお姉ちゃんがついに美容師になったから、明日ちょうど土曜日ってことで切ってもらいに行くんだ」
「へえ、咲良さんもついに美容師になったのか」
咲良さんというのは咲綾の年の離れた姉であり、幼いころから俺もお世話になっていた人の一人だ。さらっさらの髪の毛に整った顔立ちをしており、学生時代は学校1のマドンナと言われていたらしい。
実際に俺も何度かドキッとさせられた経験はある。本人にも咲綾にもそれを伝えたことはないが。
「そうなんだよ。それでさ一回どんな美容院か見に行ったことあるんだけど、すっごくおしゃれでなんだか場違いなような気がしたんだ。私いっつもおばあちゃんのやってる古い美容院だったから、なんかおしゃれな美容院って緊張するんだよね」
「あ~わかる気がする。俺も初めて床屋から美容院に変えた時緊張したな」
「えっ陽太美容院行ってるの!?私てっきりまだ床屋かと思ってた」
嘘でしょと言わんばかりに目を少し見開いている彼女はおそらく本気で驚いてるのだろう。
彼女の中で俺という存在がそう見えていたことは、顔には出さないものの正直ショックだ。
「なんだよ、俺が中学生みたいな髪型だって言うのか?俺はお前とは違ってちゃんとした美容院に行ってるんだぞ」
冗談半分で軽く怒気を混ぜた言い方に、彼女は眉の端を垂らして苦笑している。
「違うよ〜。全くすぐ被害妄想するんだから。ネガティブな人は嫌んなっちゃうね」
「悪かったな、ネガティブで」
少しずつ日が沈む中、俺たちと同じように楽しそうに話しながら帰る学生が通りすぎていく。
この時は俺も思ってもみなかった。あんなことになるなんて。