第九玩 新作と豆まきとおばあさん店員
雪紀は常連さん。気になるゲームがあると、すぐさま山を二、三個登った先にあるゲーム屋に駆け込むのだった・・・
ある朝の出来事。新作が出る度に行くゲーム屋さんの袋を持った【雫白雪紀】が、心躍らせながら自宅に帰宅した時のお話。
「ほい」
顔には出ませんが、雪紀はわくわくした感情を内に隠して、新作ゲームをエロオタに渡しました。そして雪紀は寒そうに手を擦りながら外行きの服を脱ぐと、いつもの白ワンピース姿に戻って炬燵の中に潜り込みました。エロオタは透明なカバーの入った新作ゲームを見ると、子供用の鬼のお面がゲームの後ろから零れ落ちました。
「・・・ん、雪紀ちゃん?新作ゲーム・・・と鬼?」
「お面」
「どこで?」
「それは・・・」
~ここから回想
雪紀は二時間前、朝六時に新作ゲームを買いに行きました。今日も白い綿のような、触れば溶ける雪の胞子が、空からゆっくりと落ちていました。その雪もまた、地面に彩られる白化粧の一つとなって、更に大きく積もっていくのです。そんな中雪紀はいつものようにアメンボ柄の雨合羽を着て、さっき作っておいた自分用の傘帽子を被って、ゲーム屋に行くことにしました。今回の傘帽子は前より上手に作ることが出来て、とても嬉しく思う雪紀なのでありました。こんな楽しい気分で新作を買えるのはとてもいい気分です。
そう思いながら山を二、三個通り過ぎた十キロ先のゲーム屋に着くと、すぐさまレジの方を見ました。レジに立っていた店員さんは、いつも買いに来る時にいる店員さんで、雪紀の強張っていた緊張がするりと抜けました。他のお客さんはまだ来ていません。雪紀が一番乗りのようです。早速店員さんに「『激動少女ヤンデレ☆バスターズ~時を超えた一途な愛~』を予約したものだ」と少し浮き足立って言うと、五十代くらいのおばあさん店員は沈んだ表情のまま、店の奥の方をぼぉーっと眺めていました。膝を付いて上の空状態のおばあさんを見た雪紀は、緊張が解けたことで腹の底から大きな声で言いました。
「・・・おーい」
「・・・!あらごめんなさい。で・・」
おばあさんはハッと我に返ると、目の前にはいつも買いに来る常連さんが、心配そうに見つめくるではありませんか。おばあさんは一気に仕事モードに戻ると、雪紀は安心したように言いました。
「予約」
「ああ、そうだったわね・・・それで名前は?」
「『激動少女ヤンデレ☆バスターズ~時を超えた一途な愛~』」
「・・・ああ、そうだったわね。ちょっと待っててね・・・」
仕事モードに戻ったはずのおばあさん、今も未だ心ここに在らずなご様子。そんなおばさんを見て、ついつい訊いてみたくなった雪紀は話を切り出してみました。
「おい、何かあった?今の幸子は見てて辛い」
「・・・雪紀ちゃん・・・うわあああん!・・・」
「!」
雪紀が驚くのも無理はありません。おばあさんは雪紀の言葉を聞いた途端、その場でわんわんと泣き出したのですから。雪紀は驚いてポケットから赤ずきん柄のハンカチを取り出すと、小さな体を必死に伸ばして、カウンター越しのおばさんに精いっぱいの力を込めて手渡ししました。おばあさんはそんな雪紀を見て「ありがとね」と礼を言うと、ハンカチを受け取って涙を拭きました。雪紀は心配そうにおばあさんを見つめています。こんな可愛い子に悲しい顔をさせていると気づいたおばあさんは、しっかりと涙を拭き取って、ハンカチを雪紀に渡すと言いました。
「ごめんね。気にかけてくれて」
「別に・・・ただお前には、ニコニコ顔が似合ってる・・・と思うから」
雪紀は久しぶりに他人と話すことを、とても気恥ずかしくなって頬が赤くなりました。雪紀は目をおばあさんの顔を見ないようにしました。おばあさんは雪紀がこんなにいい子だと知り、とても嬉しくなってまた涙腺が緩くなりました。
「・・・いい子だねえ・・・もうちょっとハンカチ貸してもらえる?」
「うん」
また雪紀の感動する一言をもらったおばあさんは、またも流れる涙を濡れたハンカチで拭いました。雪紀はそんなおばあさんにこう訊いてみました。
「何か悲しいことあるのか?」
「・・・うん」
おばあさんは孫と同じような年の小さな娘に言っていいのかと躊躇ったのですが、つい雪紀が自分より年上に見えてしまい、真相を語りはじめました。
「今日何の日か知ってる?」
「?・・・あ、」
雪紀はおばあさんの後ろに掛けてあるカレンダーを見ました。今日は二月三日。
「そう、節分の日よ。毎年その日に孫娘が私の家で豆まきをしてくれるんだけど・・・」
「来なかったのか?」
「・・・うん、名前は淳ちゃんって言うんだけど足を怪我しちゃってね・・・いけなくなっちゃったの」
「そう・・・」
雪紀には家族の記憶などありません。生まれた時から一人だった雪紀には、どうその気持ちに同情すればいいか分かりませんでした。おばあさんは雪紀をしばらく見つめると、突然ハッと思いつき、雪紀にこう提案したのです。
「そうね・・・あなた今お家に誰かいる?」
「え・・・うん」
不意に聞かれた質問に、少し驚いた雪紀だったのですが、その時浮かんだエロオタを思い出して頷いたのです。それを聞いたおばあさんは、パァッと一気に表情が明るくなると、「ちょっと待っててね」と言って、店員専用のルームに小走りで向かって行きました。
「・・・何なんだ?」
突然別室に向かうおばあさんに、圧倒されながら見ていた雪紀でしたが、店員の居なくなったこの店は、シーンと途端に静かになったので仕方なく待つことにしました。
すると一分経って、ようやくドアの開く音が聞こえました。雪紀はおばあさんの方へ振り向くと、泣いていたおばあさんはどこへやら。既にニコニコ顔に戻っており、元の定位置に着くと、何かをカウンターの上に置いてこう言いました。
「はい、もう孫娘が来ないからこれはもう使えないわ。だからあげる」
「え・・・でも」
断ろうとする雪紀に、おばあさんは遠慮なく話し続けました。
「いいから。・・・あなたきっといいお嫁さんになるわ」
「え!」
突拍子もないことを言われ、恥ずかしさのあまり頬を赤らめる雪紀にさらに話します。
「悩みを聞いてくれる人がいてとても嬉しかったの。だからそのお礼と思って貰ってちょうだい」
「・・・うん」
結局その物を受け取ることにした雪紀に、ハッと雪紀がさっき注文した商品の名前を思い出しました。おばあさんは雪紀がその名を言う前に、奥の棚から確保しておいた新作ゲームを取り出しました。
「はい、新作ゲームだったわね」
「・・・ありがとう」
雪紀は踵を上げて財布から一万円札を出すと、おばあさんはそれを快く受け取ってレジを器用に操作しながら言いました。
「会計するから、ゲーム持ってていいわよ」
「うん」
雪紀はおばあさんがくれた何かと新作ゲームを背伸びして受け取ると、同じタイミングでおばあさんはレジを打ち終わり、雪紀にお釣りを渡しました。
「はい、これ。レシートは」
「もらう」
「そう。それじゃあ、はい」
「じゃあ」
雪紀はお釣りとレシートを財布に入れ、入口の前に移動すると、おばあさんに手を振ってお別れを言いました。
「またね」
「うん」
二人の仲は、どこか友達とは違う仲まで仲良くなったようです。雪紀はまた帰り道の雪を踏みしめながら、おばあさんのニコニコ顔を思い出すと、それに釣られて思わず「ぷっ」と吹き出すのでした。
回想終わり~
「へえ・・・そういえば節分か」
「コクリ(頷く雪紀)」
ビニール袋の中には、その新作ゲーム『激動少女ヤンデレ☆バスターズ~時を超えた一途な愛~』という、タイムスリップ・騙し合い・変顔系恋愛RPGの裏に、鬼のお面と豆二袋入っていました。雪紀は袋から中身を鬼、豆、ゲームの順に炬燵の上に乗せると、炬燵に入って暫く新作ゲームを眺めはじめました。雪紀は新作ゲームを買うと、三分ほどそのゲームのパッケージをじっくり眺めるという少し特殊な習慣があり、エロオタもそれを察してじっと待ってくれました。タイムスリップ・騙し合い・変顔・・・変顔って何だろうと思ったエロオタでしたが、とりあえずゲームをやってみようと決心しました。
―三分後・・
「・・・よし、開けよ」
そして雪紀はゲームを丁寧に開け始めました。エロオタはその理由を聞くと、「今度売る時に値段がいいから」と言っていました。ですが今まで雪紀が買って、プレイした百個以上のゲームを売ったことはないようです。雪紀は鬼や豆に目もくれず、新作ゲームをプレイしようとテレビの電源を入れようと手を伸ばした、その時。
―ガシ
エロオタは雪紀の伸ばした手を寸でのところで止めて、こう言いました。
「ねえ、豆まきしよう。雪紀ちゃん」
「え・・・」
結構強い握力だったので、雪紀はエロオタに鬼のような目で睨み付けて言いました。
「いや。やるなら一人でやって」
しかしエロオタも譲りません。
「断る!」
答えた瞬間に拒否されました。
「え」
呆気にとられた雪紀を見て、チャンスと見たエロオタは手を緩めて立ち上がりました。雪紀もエロオタの勢いにされるがまま立ち上がると、エロオタは意外な言葉を上げました。
「よし!行こう!」
「ちょっと!?」
断ったはずなのに・・・と雪紀の言葉を無視し、エロオタは雪紀の手を掴んだまま、豆と鬼のお面を取って外に出ました。雪紀の抵抗も空しく、二人は鎌倉を後にしました。
外は今も雪景色。楽しみにしていたゲームを半ば無理やり中断され、外に連れ出された雪紀は頬を膨らまし、ぶすくれて(福島弁、会津弁でふてくされる・すねるの意)しまいました。そんな雪紀を見てエロオタは早速鬼のお面を被ると、一袋の豆を開けて雪紀に渡し、こう切り出しました。
「はい、これでその鬱憤を解消してみたら?」
「・・・(この態度の原因はお前だ!)」
と、雪紀はキィッと鬼の目で再度エロオタを睨み返すと、乱暴にもう一つの袋を奪い取って、エロオタから十メートルくらい離れて向き直りました。
ですが雪紀は豆を開けることなく、しゃがんで何かを作っている様子。それを見たエロオタは「何作ってんだろう?」と考え始めましたが、ここは雪一面。・・・つまり・・・
「おい」
ようやくエロオタの方を向いた雪紀は不敵な笑みを見せると、野球の投げる真似をして片足を天まで振り翳し、両手を胸に当てました。雪紀に恥じらいはありません。エロオタはスカートが開けたことにより、全開になった雪紀のパンツをまじまじと見ながら言いました。因みに雪紀は、不動産の建物が入ったパンツを履いていました。
「何をして」
「受けて見よ。野球ゲームのクソゲー『レジャー~伝説の魔球・不発の迷宮~』から、魔球『ドラゴン旋風ヒグマ落とし・荒削りバージョン』!」
雪紀は久々に溜まった鬱憤を発散するため、こそこそと作っておいた野球ボールくらいの大きさの雪玉百個を、両手で扇風機のようにグルグル回しながら、エロオタめがけて連続発射しました。これは雪紀思いつきの、今発散出来得る限りの必殺技。ただの小さな豆を持ったエロオタとは、天と地ほどの力の差がありました。
「ふっ・・・その球じゃ・・・て、イタッ!」
無事エロオタの顔面にクリーンヒットした雪玉数発。ですが妙です。雪玉ってこんなに痛かったっけ?と思ったエロオタは、一先ず雪紀の必殺技から逃れるため、すぐ近くにあった木の後ろに回ることにしました。その上で雪玉を確かめて見ると、驚くべき真実が判明しました。雪玉に豆が混じっていたのです。しかも豆の痛い部分をあからさまに上に向けて・・・
「なんじゃこりゃー!」
「まだまだあー!!!」
雪紀の雪玉はエロオタを守っていた木を難なく吹き飛ばし、剥き出しになったエロオタは全ての雪玉をその身一つで受けることになりました。
「ちょっと痛いって!」
「うおおおおおー!」
「いやあーー!!!」
エロオタは最後の一発まで、雪紀の鬱憤を受けることになった訳です。そして投げ終わった後、辺り一面に散らばった豆を、二人仲良く拾って食べることになったのであります。
そして炬燵に戻ると、残りの豆も食べながら仲良く一緒に新作ゲームを始めるのでありました。そして新作ゲームをやった結果、変顔九割、タイムスリップ・騙し合い一割、恋愛要素はどこ・・?となりました。
・・・雪紀はその夜、新作ゲームをクソゲーの棚にしまい、今後一切遊ぶことはないと決心したのでした。
「あの子楽しんでくれたかしら・・・」
その頃、おばあさんは雪紀のことを思い出していました。
大丈夫。雪紀にとって今日という日は、今までにない楽しい日になりましたのであります。
おばあさんのお店は結構繁盛しています。町の中の唯一のゲーム屋であり、雪紀にとって一番近い位置にあるのが、おばあさんのゲーム屋なのです。エロオタと雪紀の二人は今日も何かのゲームをやっています。私は何のゲームをしているでしょうか?今の所買いたいゲームはありません。