第五玩 地蔵と雪女の初玩(はつプレイ)
地蔵の恩返し。それは雪女と遊ぶこと。初ゲームに挑む地蔵に、雪女はどう動く?
「聞いていい?」
「?」
ダッシュ二号は疑問に思いました。どうして雪紀がこうして生きていられるか。ゲームを買って、ゲームソフトを買って、テレビを買って、電気を買って・・雪紀は一体お金をどうしているのか。
「お金どうしたの?」
「・・・ん」
ダッシュ・・・長いので略して【エロオタ(ダッシュはエロオタクの称号があるため)】の質問に、雪紀は部屋の一番奥を指差しました。そこには立方体の木箱が不気味に固定されていました。エロオタが箱の上部の蓋を開けると、大きな黒い玉がぎゅうぎゅう詰めに入っていました。玉の下部分から水色の管が箱を突き抜け、色んな電化製品のコンセントにくっついていました。黒い玉に手書きで『雪崩誘導発電機』と書いていました。
「『雪崩誘導発電機』?」
「ん。雪崩が起きた時に、この発電機で雪紀の家まで誘導。雪紀が開発した黒い玉に、雪崩れ込んできた雪を全部吸い込む。その時に発生したエネルギーを発電し、電子エネルギーに変換して、自分の家の電気を賄っている。雪崩のエネルギーは家のエネルギーを優に超えているから、余ったエネルギーをここから一番近い、発電所の人間に買い取ってもらっている」
「雪崩を誘導・・・」
エロオタは、雪を操ってエネルギーに換える・・まさしく雪女の成せる技―と感心しました。ですが雪紀は眉を顰め、エロオタにこう言いました。
「悪い事は一切していないから、変なこと考えるな」
「ん、確かに。凄い事考えるんだなって思った。エネルギーに変換して、金を得るなんて、自分じゃ絶対に思いつかないや」
エロオタの顔を見て、嘘はついていないと思った雪紀は、何だか気恥ずかしくなって俯いてしまいました。自分が凄いことを考えていたなんて・・・いや、
「雪紀レベルなら、誰でも出来る」
自分は凄くないと、卑屈な面を見せる雪紀に、エロオタは少し驚きました。正直に言ったつもりが、相手を変に卑屈にさせてしまったことを後悔しました。気持ちが沈んだ雪紀をどうやったら元気づけられるのかと、辺りを見渡して目いっぱい考えたエロオタは、ふとあるゲームを見つけました。
「『抱腹絶倒!昆虫無双』?」
『抱腹絶倒!昆虫無双』とは・・・昆虫が周りの敵をばったばったと豪快に攻撃するゲームである。ストレスが溜まった時にやると、心がスッキリするらしい(雪紀の感想)。
エロオタはそのゲームソフトを取って、雪紀に見せました。雪紀は無言でゲームソフトを受け取ると、「やる?」と目で合図しました。エロオタはこの場を変える為なら、その手が一番いいだろうと思い、強く首を縦に頷きました。
早速ゲームソフトをゲーム本体であるPXに取り付けた雪紀は、テレビと接続していたPXを起動、「ウィーン」と電源が入った音が聞こえ、テレビ画面に昆虫達が犇めき合うように並んでいました。雪紀はコントローラーを取ると、もう一つのコントローラーをエロオタに渡して、十分にテレビから離れてから、炬燵の中に足を入れて座りました。エロオタも雪紀の行動に真似るようにして、雪紀の隣に座りました。
―ドキドキ・・ドキドキ・・・
雪紀は今、胸の鼓動が高鳴る音を感じています。こんなに近くに異性と触れ合ったことがなかった雪紀は、「やる?」と言ったはいいが、こんなにくっついてやる必要はあるのだろうかと思いました。そんな気持ちを気取られまいと取り繕っていた雪紀は、もう限界でした。そして緊急策を取ったのです。
「ちょっと離れて?」
会って間もない間柄。それ相応の距離感は必要というもの。雪紀はエロオタに目を合わせないように言いましたが、エロオタの返答はこうでした。
「いやあ。ゲームって初めてだから・・とりあえず雪紀ちゃんを見ないといけないと思って・・」
(・・・それじゃあ、しょうがない。・・・けど・・・やっぱり近い)
雪紀はあまりの密着ぶりに動揺を隠せません。ですがもうゲームは始まったばかり。ここで止めてはゲーマーの名折れというもの。雪紀は覚悟を決め、呼吸を整えると、テレビ画面に集中しました。そしてエロオタと目を合わせて・・・
「やるよ」
「ラジャー!」
二人の戦いが始まりました。
朝九時から始まった戦いは、いつの間にか一時間が経っていました。雪紀は「ふぅ・・」と一呼吸置いて落ち着くと、エロオタはコントローラーを見ながら最終確認をしていました。雪紀は真剣にゲームを覚えようとするエロオタに、少しだけ心が傾きました。
(結構真面目な奴・・・でも本番はここから・・)
雪紀はエロオタが根負けしないか、ここからが本当の戦いになるだろうと予想した雪紀は、エロオタに目配せして言いました。
「次からボス戦。相手は巨大ノコギリクワガタ×(かける)3(さん)匹。いくよ」
「こい!」
エロオタは爽やかにウィンクして見せ、それからが死闘の始まりでした。『ノコギリクワガタ』とは、このゲームで言う中ボス的存在。少しでも隙を見せれば、瞬殺されてしまう程の強敵です。この敵はどんなに頑張っても、一人では倒せません。雪紀はそれを知らずに、何度もノコギリクワガタに挑んでは負けを繰り返し、何時しか一年が経っていました。もしかするとこの敵は一人では勝てないのか・・と諦めかけていた時に、彼はやって来たのです。今まで倒されてきた自分の昆虫『コーカサスオオカブト』の仇を取れる、絶好の機会となったわけです。エロオタが操作する昆虫は『タマムシ』、三本角の攻撃型のコーカサスオオカブトと違って、背中には様々(さまざま)な色の光沢が施されている綺麗な昆虫。決して物理攻撃が出来る程の、強い武器が備わっている昆虫ではありません(タマムシにも様々な種類があり、攻撃型のタマムシもいるかもしれません)。ですが雪紀は期待していました。タマムシの背中に光る七色の虹から発せられる、このゲームだけの『アブソリュート・ザ・レインボー』という一撃必殺を、初心者であるエロオタが何かの拍子で発動してくれるんじゃないかと・・・
―ゲームオーバー
「・・・ごめん。手も足も出なかった・・」
結局何もできずにゲームオーバーとなったエロオタは、酷く落ち込みました。雪紀はそんなエロオタを優しく頭を撫でて言いました。
「も一回、やろ?」
「・・うん」
雪紀はエロオタを責めることなく励ましました。エロオタはそんな雪紀を見て、今度こそ足手まといにはならないぞ!と決意しました。
エロオタは深呼吸をして次の戦いの準備をしました。その間、雪紀はふと思いました。そういえば自分が今まで使ったことがなかった昆虫があったことを。それは『蛾』です。毒鱗粉で遠距離攻撃をするのが得意ですが、一対一だと遠距離に持ち込む前に、ノコギリクワガタの圧倒的な遠距離攻撃の前に撃沈してしまいます。ですが今回は一対二。もしかしたら・・・と、雪紀は思ったのです。雪紀の提案を、エロオタは快く引き受けて、蛾をエロオタ、二番目に好きな『カマキリ』を雪紀が担当することにしました。
そして二戦目。
「そこだ」
「ラジャー!」
ノコギリクワガタの攻撃を上手く避け、鎌のような手で切り裂き攻撃するカマキリに、後衛で雪紀の命令とあらば、すかさず遠距離攻撃を繰り出す蛾。雪紀の絶妙なタイミングで、ノコギリクワガタの腹部に鎌攻撃を繰り出しながら、怯む敵に蛾の毒鱗粉で追い打ちをかけます。毒鱗粉を出し続けることで、敵の動きを止めることが出来、ボス級が三匹いたとしても、結構な時間を稼ぎが出来るのです。ですがノコギリクワガタも負けてはいません。鍬のような鋭く長い二枚刃で、着実にカマキリの体を傷つけていく。ですがカマキリも負けてはいません。ノコギリクワガタの強攻撃は必ず避け、カマキリのライフを大幅に削ることが出来ません。
「今!」
このゲームの昆虫達は、一定のダメージを与え続けると、必殺技ゲージが溜まって必殺技を、特定のコマンド入力で出すことが出来ます。カマキリの必殺技『ツイン・トルネード・ハリケーン』という、体を全回転させて広範囲の敵を切り裂く技を繰り出しました。
―ギャアアア!
その技は三匹のノコギリクワガタに見事ヒットし、蛾の毒鱗粉で足止め、更にはライフが毒で十分に減ったことで、ノコギリクワガタ三匹を一時間の激闘の末、ようやく撃破することが出来ました。
「勝った・・・」
「おお、カマキリってやっぱりかっこいいな」
「・・・うん」
―初めて勝った・・・
雪紀はとても嬉しかったのか、コントローラーを置くと、思いきりガッツポーズをして喜びました。エロオタも嬉しさのあまり、手を顔の所で広げると、雪紀はエロオタとハイタッチをしました。その後も手を振り振りさせて、無言のダンスを踊る雪紀に、エロオタはゲームに参加して本当に良かったと思いました。エロオタは、雪紀の勝利後のダンスを『カッターダンス』と名付けました。
「そんなに嬉しい?」
「・・・うん、もう諦めようかと思ってたから」
ハッと踊りを見られてたじろぐ雪紀でしたが、それよりも初勝利が嬉し過ぎて、恥ずかしさなんてどうでもよくなりました。
「ふーん、・・・恩返しになったかな?」
「まだ」
雪紀はすぐに真顔に戻って言いました。そう簡単には帰さない。自分が溜め込んでいた寂しさを埋めるには、もっともーっと一緒に遊ぶんだ!と、雪紀はそう決心したのでした・・・
実際雪エネルギーなんてものがあるのかどうかはわかりませんが、まあ雪崩は本当に回避ができないので、雪山を登る時は、十分に注意して挑みましょう。決して自衛隊に八つ当たりしないこと。ダッシュ二号は名前が長いので、エロオタにしましたが、雪紀は「ダッシュ」と呼びますのであしからず・・・