第二玩 スケベ地蔵の恩返し
雪女は寂しがり屋の女の子。地蔵様をずっと一緒にいたいという気持ちもありながら、やっぱりもとの地蔵道に戻していた方が、スケベ地蔵も幸せだろうと雪女は思ったのです・・・
「ん・・」
雪女は正午に起きました。「ふゃぁあ」と大きな欠伸をし、目を開けようとすると目脂で中々開けづらく、洗面台で顔を洗うと、すっきりと目が開きました。そして出入口の雪玉模様の暖簾を潜って、鎌倉の周りに人がいないか確認する作業に入りました。もし自分に会いに来たら・・・雪女はずっと一人ぼっちで過ごしてきて、何時しか寂しい気持ちが心のどこかで生まれていました。
お話を聞くだけでもいい
少し離れていても、横目で見えるくらいの距離でいいから隣にいて・・
見つめ合うだけでいい
でも辺りを見渡しても、そこにあるのは真っ白な雪景色に、灰色の空、そして今も尚降り続く大粒の雪、雪、雪。人の気配など、ましてや動物の気配などあるはずもありません。
「・・・」
――シュン。雪女の胸がまた締め付けられるように苦しくなりました。もう何百回、何千回も繰り返すその一連の行為に意味などない。雪女はそう思って、一人でいようと決めていた。ですが、雪女の本心はそうではありません。誰かと一緒に遊びたい。
「また・・・」
またゲームで一緒に遊びたい。雪女の深い記憶の中で、薄らと誰かと遊んでいる自分の姿を思い出しました。もうずっと昔の話で、今でははっきりと思い出せる記憶は少ないはずなのですが、あの時生まれて初めて誰かといっぱい遊んで、いっぱい話して、いっぱい笑った日を忘れることが出来ませんでした。ですが遊んだ相手の顔や声は、長く生きていたせいかどんどん記憶の奥へ行ってしまい、今すぐに思い出すことが出来なくなっていました。
「・・・」
ふとまた周りを見渡しました。景色は相変わらず白と灰色で染まっていました。雪女は少しだけ長い呼吸をしました。すると冷たい空気が口に入って、そしてゆっくりと口から白い粒々(つぶつぶ)となって、外の世界に広がっていきました。雪女はその粒々が見えなくなるまで眺めていると、ふと足元に何か気持ち悪い物を踏んだような感触がしました。
(まさかうん・・いやだ)
雪女は足元から漂う臭いを必死に捉えながら下を向くと、そこには潰れたおにぎりと大きな葉っぱがありました。
―あああ
「!」
今どこからか声が聴こえました。声が聞こえた方にすかさず振り向くと、そこには傘帽子を被ったお地蔵様がおりました。そう、その傘帽子は自分が作った粗末なもの。あのスケベ地蔵だったのです。
「なんでこんなところに・・・」
雪女はそう言うと、もしかしたらまた誰かがいたずらで置いたのかもしれないと思い、自分の寂しさを埋めるように、地蔵を自分の鎌倉へ招き入れることにしました。潰れたおにぎりはそのままです。雪女はうん・・・じゃなくて本当に良かったと思いました。
雪女は自分の特等席までお地蔵様を引きずると、そのまま三十五インチの液晶テレビの横に置いて、そのまま一年前に買ったゲームの攻略を始めました。
そして夜九時になり、巫女に貰った炬燵布団を敷き、その上で夜ご飯を済ませた後、また地蔵を元の地蔵道に戻してあげました。雪女は速く移動する時、『雪華道』という、地面をよく滑る華の結晶板を作ります。その板を等間隔に前方に転げ落ちないように作ることで、普通に走るよりもずっと早い速度での移動が出来るのです。早くゲームを買いたいと思った雪女の画期的な移動方法でした。地蔵を元に戻して帰る時間はたった五分。それから炬燵の電源を切って、炬燵に体を埋めるようにして、雪女は深い眠りに就いたのです。
その夜も、何者かがおにぎりを置いて立ち去っていきました。今回は何も言いませんでした。
翌日の朝、またもや足に何かを踏んだ感触に気が付きました。今度は前のおにぎりと違って硬い。下を見ると、カチンコチンに固まったおにぎりが二つありました。長い時間冬空の下に置かれたのでしょうか、もう食べることが出来ません。雪女は固くなったおにぎり拾うと、朝日に向かって力強くぶん投げました。おにぎりは綺麗な弧を描き、どこかの森の方へ落下しました。
その瞬間のことでした。
―ああああああ!
大きな絶叫が落下した方から聴こえました。雪女はびっくりして声の方に向くと、目の前にはあのスケベ地蔵が斜めに傾けられた状態で現れたのです。
「・・・」
今更説明しますが、雪女はまだ八歳くらいの子供です。
雪女は不機嫌な顔をより一層濃くしてスケベ地蔵に近づくと、低い声でこう言いました。
「・・・なんのつもり?」
「・・・」
何故無機物の石地蔵なんかに話しかけるのだろうか。と雪女は思ったのですが、目の前にあるスケベ地蔵は、他の地蔵とはどこか違った雰囲気を醸し出しているように見えたのもまた事実。雪女はただジッと、スケベ地蔵を睨みつけながら待つことにしました。
「説明するまで待つ・・・」
そしてスケベ地蔵の額から、汗のような水滴が次々と落ちていきました。やはりこの地蔵は他の地蔵とは何かが違う。雪女ははっきりとそう思いました。
そして一時間近く睨みつけていると、遂に地蔵が観念したようにこう言いました。
「・・・地蔵の恩返し・・・・・しに来ました」
無口といっても思わず言葉を零すこともある雪女。もし雪女の表情を見たいというのなら、目を見たらいい。潤んだ瞳、光を失った瞳、火照った瞳、輝く瞳、冷たい瞳、いろんな雪女の表情が見れますよ。次回、地蔵が・・・