第十玩 雪女の昔話
雪女の雪紀が雪山の麓で暮らすことになったわけ。雪女が雪山に暮らすことは、不思議とはいえないでしょう。ですが、少なくとも雪紀は違います。暖かい気候の元で暮らす雪女もいるのです。その名も『雪暖女』といいます。
雪紀の家は元々雪山の麓ではなく、百年前まで邪蟇塗山から少し離れた盆地に住んでいました。盆のように凹んだ土地には殆ど雪が降ることがなく、鬱蒼と生い茂る緑に包まれた穏やかな土地でした。雪紀にとってこれほどベストな住処はありませんでした。妖怪・『雪女』の中で雪紀は特異体質であり、温厚な土地で生きることを好む『雪暖女』と言われておりました。それが何故寒く冷たい雪山の麓で暮らすことになったのでしょう。それは・・
―この妖怪めが!
―死んでしまえ!雪女!
―こっの人殺しー!
現在午後一時頃。雪紀の鎌倉付近の木々に忍ばせて、雪女の住んでいた盆地に住んでいる六名の村人は、度々(たびたび)雪紀をからかいに二、三キロの距離を上り下りして、石を投げにやって来ました。村人にとっては最早風習になっているのでしょう。楽しそうに他人の家に石を投げては、罵声を浴びせへらへらと笑っていました。
「何なんだよあいつら・・ちょっと行ってくる」
エロオタにとっては初めての出来事だったので、怒りのあまり鎌倉を出ようとしました。エロオタと雪紀は、昨日買ってきた新感覚恋愛ゲームをしようと、早々に昼餉を済ませて休息を摂っている時のことでした。ゲームのパッケージを見て早くやりたくなっていたエロオタのテンションは、村人の罵声に大きな不快感を示していました。
ですが、雪紀はエロオタの手を強く掴むと、首を横に振ってエロオタにこう言いました。
「待って。止めて」
「どうして?」
エロオタは感極まって雪紀に詰め寄りました。雪紀の顔はとても悲しく、すぐにでも泣き出しそうなくらい瞳が潤んでいました。エロオタは今すぐにでも村人の所へ行きたかったのですが、雪紀の顔を見た後ではもし行ってしまえば、更に雪紀を悲しませてしまうかもしれない。エロオタは少し考えた後、溢れ出る怒りを無理やり抑え込むことで、一旦その場を踏みとどまったのでした。
―おい!来ないのか!チビ妖怪!
―そうよ!私のお父さんに大怪我を負わせておいて!ちゃんと謝罪しなさい!
ですが鳴り止まぬ村人の罵詈雑言に、エロオタの怒りは再度燃え上がろうとした時、雪紀は到頭事情を話すことにしました。エロオタは雪紀のこととなると、いても立ってもいられない性格だということを、雪紀は最近覚えました。
エロオタと雪紀は炬燵を隔て、机の上には温かいお茶を入れた椀を二つ、真ん中に蜜柑がたくさん積まれた笊を置いて、漸く雪紀は重い口を開きました。
「今から百年くらい前・・・雪紀はここじゃない盆地に住んでいた」
「盆地?・・」
「うん。ここからそんなに遠くない。けど雪も降らない温厚な土地だったから、とても住み心地がよかった」
雪紀は眉間を集中させることで、昔の記憶を少しずつ紐解くように話し始めました。雪紀の話から察するに、今の家は住みにくい土地となる。エロオタは雪紀の言葉からそう捉えると、確かめるように雪紀に尋ねました。
「ここは住みにくい?」
雪紀は少し俯いた後、ゆっくりと頷いて答えました。
「うん。寒いし、冷たいものが多すぎる。・・まあ、だからゲームをやるようになったんだけど・・」
「ゲームを始めるきっかけか・・ゲーム機が熱くなるから?」
「違う。ゲームをやると体中が熱くなる。寒さを忘れさせてくれる」
雪紀はゲームのこととなると、すっかり前の悲しげな顔から清々(すがすが)しい笑顔に変わっていました。やっぱり雪紀ちゃんの笑顔はいいな・・とエロオタは再度雪紀の顔を見て思いました。雪紀は一旦ゲームの話を置いて、続けて話を再開しました。
「あの盆地の生活はとても良かった。一年中暖かいし、作物がよく育つ。しかもとても美味しく育って、毎日が幸せだった」
―ギャー!ギャー!
「・・・」
今も続く村人達の罵声の中、雪紀は昔を思い出すために集中し、エロオタは雪紀の顔の変化や声色の変化に集中させることで、罵声を段々と忘れられるようにしました。
「住み始めてから百年くらい経ったある日、突然一人の人間が盆地にやってきた。大きな傷を負った老人で、雪紀はそいつを自分の家に泊めて治すことにした。家は勿論盆地の木で作ったやつ。そして老人が後何日かで完治しようとした矢先、若い人間二人がまた深い傷を負って私の家に押し掛けてきた」
「雪紀ちゃんはその人達も治そうとした・・・」
雪紀はエロオタの言葉に、コクリと頷いて続けました。
「それが何度か続いて、気づいた時には十人くらいの人間の傷を家で治すことになった。もうその頃には最初の老人は元気になっていて、雪紀の手伝いをするようになった。人間を治すようになって一か月が経った時だ。もう人間達の負った傷は殆ど治っていて、雪紀はこれ以上窮屈な家が嫌で、人間に「もう出て行ってくれ」と言った。
その時だ。老人の掛け声の元、若い人間達が雪紀の周りを取り囲んで襲い掛かってきた。痛くて悲しくて、どうしてこんなことをするんだろうって思った。けど気づいた時にはこの邪蟇塗山の麓で泣いていた。蹲って小さくなって泣いていた。悔しくて、苦しくて、何度も死んでしまおうかと思った。もしかしたら夢かもしれないと思った。もう一度家に戻れば誰もいない。自分だけの家に戻っているかもしれないと思って、家に帰った。・・・・・・でも、駄目だった。知らない家が何個かあって・・雪紀の家は老人が笑って住んでいた。畑も全部引っこ抜かれた後で、新しい種を植えていた。・・もうそこに雪紀の居場所はなかった・・」
後半の雪紀は、もう涙が何滴か流れていました。泣きながら話す雪紀に、エロオタは何度話を途中で止めようと思いましたが、全てを聞かなくてはいけないような気がして、必死に堪えながら雪紀の話を聞きました。そして雪紀はこう締め括りました。
「今の人間は助けた人間の子供の子供だ。時々盆地を見る。いつも人間同士の言い争いが五月蠅くて、特に縄張り争いや物の貸し借り、男女の争いが絶えなかった。もう雪紀の家は無くなっていた」
「・・・・・・解った」
エロオタは雪紀がこれ以上の言葉を紡ぐことができないと思い、すぐに雪紀の傍まで近づくと優しく抱き締めました。雪紀はエロオタの胸の中でいつまでも泣き続けました。
雪紀が泣き止む頃には、村人は既にいなくなっていました。そして時刻も夕方五時を過ぎていました。エロオタはすっかり落ち着いた雪紀に、気になったことを訊いてみました。
「どうしてあいつらのこと無視するの?石投げるなんて酷いじゃん」
泣き疲れてすっかり頬を赤く染めた雪紀は、天井の雪壁を見て言いました。
「怖いよ。なんでこんなに酷い事するんだろう。人間を一括りにするのは駄目だって解ってる・・・けど」
雪紀はゲームソフトが並べられた棚の方を見て続けて言いました。
「こんなにいいゲームを作っているのに、店員のおばさんもいい人なのに・・・・もう関わりたくない。あの人間は駄目。怖くて堪らない・・・・・・・」
雪紀は拳を握り締め、目力を強くしてエロオタの顔を見ました。エロオタは考えました。助けた相手に酷いことをされること。それが何より怖くて、悲しいか。百年経った今でも、雪紀の心に残る悲しみの記憶。忘れたくても忘れられないその思い出。エロオタはどうしたら雪紀をそんな記憶から解放してあげられるのか、到頭見つけることができませんでした。
(もう、これしかない・・)
エロオタはふと立ち上がると、新作棚に直しておいた新感覚恋愛ゲームを取りました。エロオタはそのゲームを雪紀に見せて言いました。
「遅れちゃったけど・・・やろっか?これ」
雪紀はエロオタの手元にあるゲームを見て、「はっ」と昼時の興奮を思い出して、強く頷いて言いました。
「うん!」
その後、エロオタ特製『チャーハン・カツカレー』を食べた二人は、早速夜のゲームを始めることにしました。
この恋愛ゲームは『真実の愛、嘘ダメ絶対!~アイドル編~』という嘘を見抜いていく恋愛乙女ゲーム。アイドル編という続編は、前作を更にレベルアップさせ、アイドルグループの間でも嘘を見抜かなくてはならず、人間不信になってしまうこともあるので、程よい時間でプレイしなくては鬱になってしまう。
その中で雪紀が攻略するのは一番難しいと言われる『御神谷王子』という男性攻略キャラクター。このキャラの何が難しいかというと、主人公のアイドルグループの中にいるスパイを見つけ出し、そのスパイの元居るアイドルグループに潜入し、そのアイドルグループのマネージャーの連絡先を手に入れるというミッション。このミッションは恋愛ゲームの癖に、スニーキング&(あんど)変装&嘘&乗っ取りをしなければならないという、他のミッションと明らかにかけ離れている作りになっている。結局はそのマネージャーの弟が『御神谷王子』なのだが、その後も立て続けに高難易度ミッションが張り巡らせており、達成感は段違いである。
その『御神谷王子』を雪紀は攻略を一切見ずにクリアするというのです。今まで攻略を見ずにクリア出来た人はいません。ですが攻略なしでクリアというモットーで、今までゲームをやってきた雪紀にとって、これ以上の挑戦的なゲームは中々お目にかかれません。今回エロオタは、雪紀が進めた進行状況を逐一ノートに記録する係となりました。
「・・・」
「雪紀ちゃん、スイカジュースいる?」
「うん」
「はい、バナナ」
「ハム・・あいがと」
「どういたしまして」
エロオタがこうやって逐一栄養を与えなければ、雪紀が何時疲れ果て眠り扱けてしまうか分かりません。雪紀はそれほどこのゲームに集中していました。そしてこの攻略は今までの恋愛ゲームの比ではありません。台詞スキップ不可のこのゲームをクリアするのは一日では到底無理なのです。数多くのゲーマーが匙を投げたゲームを、今回は雪紀がクリアするというカッコいい展開は雪紀もワクワクしていました。
・・・そして一心不乱のまま、一週間かけて何とかクリアし、達成感でつい二人で抱き合うまでに仲良くなったゲームとなりましたとさ。その後の二人はというと、どっぷり疲れ果て眠るように炬燵に潜り込んだのでした。
物語が長くなってしまいました。ですがゲームの話を書くのは好きです。だから長くなったわけですが・・・
今回はちょっとほんのり悲しい話になりました。こういう話もどうでしょうか。二人の仲も更に深まった回になりました。・・・ではまた次回。
絵も描けたらいいのですが、もしかしたら今日書けるかも・・(期待はしないこと)




