君に願いを
――――12月23日
七夕でもお祈りしたけど無理でした。
神社にも、教会にも行ったけど、全部ダメでした。
こういうのは継続的にお祈りを続けなくちゃいけないんだって分かってるけど、私にはもうそんな余裕はないのです。
神様も織姫さまも彦星さまもダメなら、もう、サンタさんしかいないでしょう。
「お願いしますっ!!あたしにっ・・・彼氏いない暦16年(=年齢)のこのあたしにっ・・・彼氏を下さいっ!!!サンタさん!!!」
「・・・・・・・・・ぷっ・・・」
後ろから、笑い声がした。私は咄嗟に後ろを向く。
何で?ここはあたしだけの秘密の場所のはず。
都会のド真ん中の、誰も入らない廃ビルの屋上。人気がなく、一人になるには絶好の場所。だからあたしは叫んだ。サンタさんに、願いを。
顔から火が出そうだ。いや、比喩じゃなくて、マジで。
振り返ると、そこにいたのは知らない男の子、赤いTシャツにGパン、黒い髪で長身の男の子だった。
「ななななな、何よあんた!!ここで何してんの!!っていうかここ廃ビルで、立入禁止のハズよ!入っちゃダメでしょ!!」
「・・・いや、それはアンタにも言えるんだけどな」
私が叫ぶと、男の子は静かに言った。私はまた叫んだ。
「ここはあたしの秘密の場所なの!!だから入ってきちゃダメ!!・・・・・・ていうか、今あんた、あたしが叫んでたの・・・聞いてた?」
男の子は静かに・・・笑った。
「もちろん、聞いてたぜ。『彼氏いない歴16年』だろ?」
「・・・・・・!!・・・・・・!!!・・・・・・!!!!」
・・・聞かれた!聞かれた!!聞かれた――っ!!!
もう無理だ。お嫁にいけない。
まずこの年でサンタさんを信じてるイタイ子だと思われた(いや、実際信じてるけどサ)。
んで、彼氏いない歴16年という事がバレた。さらに、誰でもいいから彼氏が欲しいと言う軽い女だと思われた――っ!!!
・・・いや、別にこの男の子に思われたからといって何も害はないんだけどさ。
けどもし、この子が明日からうちらの学校に編入してくる転校生で、友達作りのための話のネタを探しに来ている人だったりしたら・・・。
もし、この子が原宿イチのモテモテキングで、東京中の男の子たちに精通してて、今度は東京中の女の子たちをチェックしてて回ってる最中だったりしたら・・・。
もし、この子があたしの男友達(全員彼女持ち)に紹介されてあたしに会いにやって来たうちの一人で、とりあえずまずはあたしがどんな人なのかとかを見に来たチェック役の人とかだったりしたら・・・。
ダメだ。考え出したら止まらない。どんどん思考が悪いほうにいっちゃう。
一人悶えている(?)あたしの横で、男の子は静かに口を開いた。
「願い事は・・・『彼氏が欲しい』で、いいのか?・・・・・・原田 芽衣子」
「・・・・・・は、願い事?ってか、なんであたしの名前・・・?」
「俺は三太。サンタクロース見習いの、三太だ。
・・・お前の願いを、叶えに来た」
「・・・・・・はぁ?」
・・・・・・何この人、いきなり。三太?サンタクロース見習い?願い?私の願いを・・・
「・・・叶えにきたぁぁ!?」
「ああ」
「え、ちょっと待って、頭整理させて。サンタ見習いの三太?
サンタって本当にいるの?願いを叶えに来た?どーゆーこと?」
混乱している私に男の子・・・三太は淡々(たんたん)と言った。
「順をおって話そう。まず、サンタはいる。
俺は沢山いるサンタクロースのうちの一人の見習いだ。
サンタ志望の者は、まず、サンタクロースの養成学校へ行く。
そして、そこの学校を卒業したら、現役サンタクロースの弟子となり、実践での経験を積む。
そして、3年間の弟子生活を終えると、最後にサンタ就職試験があるんだ。
それは、担当の人間一人の願いを叶えるというものなんだ。
その一人と言うのはそれぞれクジで選ばれるんだが・・・」
「あたしが、あんたの担当する人間に選ばれたと?」
「ああ、そういうことだな」
・・・いや、信じらんないって。
だっておかしいでしょ。
いきなり来て、「サンタです」とか言われてもさ、普通信じらんないって。
何この人、ってなるでしょ。
コレは・・・関わらない方が身のためかも。
「そうですか、じゃあ私はコレで」
「お前、信じてねェだろ」
逃げるように屋上の出口へと向かう私に、男の子・・・三太はボソッと呟いた。
「いや・・・そりゃあ、信じないっしょ」
私が立ち止まって言うと、サンタはまた口を開いた。
「信じろよ。信じなきゃ願いは叶わねーぜ?
ていうかお前、さっきは大マジメにサンタに願い事叫んでたくせに、いざ現れたらサンタ見習いのことは信じねぇーってか?
それってムジュンしてねーか?」
「うっ・・・・・・!!」
痛い所を衝かれた。・・・けど、ここで負けてたまるか!
「確かに・・・ムジュンしてますねぇ。
けど、サンタさんは信じても、あんたみたいな若僧が出てきたらそりゃあ疑いたくなるでしょ!!
サンタさんって言ったら白いヒゲのおじいちゃんじゃん!!」
「それは偏見だぜ。今時のサンタは若いので30代くらいのもいるからな。
女もいるし」
「ウソだ!!信じないね!そんなウソに騙されるほど、アタシは安い女じゃないのよ!」
「現実を見ろって・・・。サンタ見習いの俺が言ってんだから間違いねーだろ」
「だからその“サンタ見習い”って言うこと自体がウソくさいの!」
「ウソじゃねーよ」
「じゃあ、証拠を見せてみなさいよ」
その瞬間、三太の動きがピタリと止まった。
いや、三太は固まったと言った方が正しいだろう。
勝ったな・・・と思った。
「ばっ・・・お前、そんなん見せれるワケねーだろ」
「へえ〜、ないんだ?」
「ちげーよ。そーゆーのは人間には見せちゃいけねーことになってんだよ」
「ないんだよね?」
「あるっつってんだろ」
「他人に見せられない証拠なんて、証拠とは認めないよ〜!」
三太はチッと舌打ちして、Gパンのポケットに手を突っ込んだ。
そして、何かを取り出した。
「罰則くらったら、てめーのせいだからな」
取り出したのは、サンタクロースの絵の描かれた、木の板だった。
三太はそのプレートの内側の方を、私の顔の前に突き出した。
「世界サンタ連盟 第192802号 森園三太?」
そのプレートにはそう彫られていて、その下に「サンタ見習い」と印刷されたシールが貼ってあった。
「ああ、192802号の三太だ」
「いや・・・こんなもん突き出されましてもですね・・・」
「世界サンタ連盟は政府公認の組織だ。公にはされていないため、上層部の人間しか知らないけどな」
「こんなん出されても知らないわよー。なんかもっと分かりやすい感じのないの?魔法とか使えないワケ?」
「お前は一体サンタにどんなイメージを持っているんだよ・・・。
サンタは魔法は使えねーよ。
ただ、俺には国家魔法使いのダチがいるから、1つだけなら魔法は使える」
「国家魔法使いって何よ!?・・・・・・いやいや、じゃあその魔法見せてよ!」
もはや私の中で、三太が本当にサンタクロースかどうかなんて、どうでもよくなっていた。
「これも罰則モノなんだが・・・信じてもらうためだ」
三太は少し考えてから静かに言った。
「芽衣子、お前は俺が魔法を使ったら、俺が本当のサンタ見習いだと言うことを信じるんだな!?」
「おっけ、信じるよ」
「なら良い。じゃあ目を瞑れ」
私は目を瞑った。
「3,2,1で目を開けろ。じゃあ行くぞ・・・3,2,・・・・・・」
「1」
「――うわっ・・・・・・!!」
目を開けると、今まではぼろっちいコンクリートだった屋上の床が、花で埋め尽くされていた。
つまり一面、花畑。
「・・・信じたか?」
「・・・信じた。こんなん、常人には無理」
「じゃあ、願い事、叶えさせてもらうぜ?何、『彼氏が欲しい』?」
「・・・・・・ちょっと待って、説明する」
* * *
事の起こりは、私が16才になった、6月。
パパが私を呼び出して言ったの。
「芽衣子ももう16才。結婚出来る年だよなぁ。
芽衣子はいずれこの原田財閥を継いで貰わなければならんだろう。
そのためには立派な旦那様が必要だよ。ってことで芽衣子、お見合いせんか?」
私のパパって、ホラ、銀行とかやってる原田グループの社長だから、私の家、すっごい金持ちなのね。
だからお見合い話とか、いずれは来るんじゃないかなーとは思ってたの。
まあ私も好きな人いなかったし、それでもいっかーって思ってたのよ。
けどね、パパから渡された見合い写真を見て、呆れた。
だって私の見合い相手、ありえないんだよ!?
ち○まるこちゃんの花輪君みたいな髪型してんの!
しかもなんか王子服着て、バラ持ってるし・・・アレ絶対ナルシストだよ!!
あんなのと結婚すんのは絶対イヤ!!だから私、パパに抗議したの。お見合いなんて絶対嫌です、って。
そしたらパパが言ったの。
「そんなに嫌と言うのには、何か理由があるのか」って。
流石に、「相手の人がイヤ」とかって、失礼でじょ?
だから、つい見栄張って、言っちゃったの。「私には好きな人がいるからお見合いなんて嫌だ」って。
好きな人、いないのに。で、パパが言ったの。
「じゃあ、今年中にそいつと恋人になってこい。そしたら婚約は破棄してやる」って。
でも本当は、私には好きな人はいないでしょ?つまり私にとってパパのメッセージは「今年中に誰でもいいから彼氏つくったら婚約破棄してやる」ってコトなのよ!
だから私は何としてでも今年中に彼氏をつくらなきゃいけないの!!
* * *
「・・・・・・いや、おかしいだろ」
「何が!!」
「最後の・・・父さんの言葉の解釈が・・・」
「いいの!とりあえずはその場しのぎで!!あとは自分で何とかするから!」
私は三太に掴みかかった。
「え・・・・・・」
「願いを叶えてくれるんでしょ?お願い!1日だけ、私の彼氏になって!!」
「・・・・・・」
三太は一瞬たじろいで、そのあと私を見つめて、一言「分かった」と言った。
「ほんと!?」
「俺は芽衣子の願いを叶えるために来たんだしな。1日で良いのか?」
「うん!!じゃあちょっと待って、パパに電話するから」
・・・
「電話してきたよ!!明日来いだってさ!!」
「・・・早いな」
私と三太は、まだライトアップされていない巨大ツリーを見る。
「もう年末だからね。もうクリスマス近いし・・・。あれ、明日って、クリスマスイヴ?」
「そうだな」
「明日は・・・よろしくね」
「・・・・・・ああ」
そして私たちはいったん別れた。
明日、待ち合わせは昼3時、私の家の前!!
――――12月24日
「・・・いい?あんたは今日は私の彼氏。それっぽく振舞ってよ?」
私たちは家の前で、最終確認を済ませた。
「じゃあ、行くよ」
ギィ・・・
私は大きな家の扉を開けた。玄関には、お手伝いさんが数名。
「芽衣子様、旦那様がお待ちでございます」
「わかってる。三太行くよ」
「ああ」
長い長い廊下を2人で歩く。
やがて、[ 父 ] というプレートのかかった部屋が見えてくる。
パパの部屋だ。部屋の前に立ち、一度大きく息を吐いてから、ノックをする。
「パパ、芽衣子だけど。連れてきたよ」
「入りなさい」
三太と一緒に部屋に入る。
パパの部屋は入り口に近いところは応接室のようになっていて、パパはそこの椅子に座っていた。
頬杖をついて、じっとこっちを見つめている。
「パパ、彼が私の彼氏、三太君」
「森園三太です」
私が紹介すると、三太はペコリとお辞儀をした。
すると、今までひたすらじっとこっちを見つめていたパパが口を開いた。
「芽衣子はどうだね?君は芽衣子と付き合っているんだろう。
芽衣子は君に迷惑をかけていないかね?」
「いえ、芽衣子さんは、とても面白くて、いつも僕を癒してくれます。
迷惑なんてとんでもない」
三太は答えた。
よくもまあこんなに嘘ばっか、スラスラいえるなあ・・・。ていうか普通こういうのって、私のこと「面白い」とかって言わなくない?普通「優しい」とか言うんじゃない?
パパがまた、口を開いた。
「君は・・・芽衣子が原田グループの社長令嬢と知って付き合い始めたのかね?」
パパのこの質問には、私も黙っていられなかった。
「ちょ、パパ!何?三太がお金目当てで私と付き合ったとでも言うの!?」
「そういう可能性は高い。
だいたいお前はお転婆だし我儘だし絶世の美女と言う訳でもないし、頭もそんなに良くないし・・・」
「・・・ちょっと何が言いたいのパパ?」
「お前に言い寄る男の半分は金目当てだ、と言う事だ」
「何ソレ!?それって父親の言うこと!?いくら何でも失礼だよ!私に謝ってよ!」
憤慨する私を無視して、パパは再び三太の方を向く。
「どうなんだね、三太くん」
三太は私の方をチラリと見て、静かに答えた。
「知りませんでした。芽衣子さんとは、偶然の出会いだったんです。
その後、彼女から熱烈なアプローチをうけ、いつの日か惹かれていったので・・・。
原田グループの令嬢と知ったのは、つい昨日のことです」
「・・・その言葉に嘘偽りがないか、確かめさせてもらってもかまわんかね?」
「ええ、もちろん」
三太が言い終わると同時に、パパがパチンと指をならす。
途端、私の体が宙に浮く。
いや、正確に言えば、何者かに持ち上げられた。私を持ち上げたのはパパのSPの一人・・・確か名前は橋本さんだ。
橋本さんは私を抱えて三太の横を通り、廊下に出た。
「うわわっ、ちょと何すんの!」
「すみません、お嬢様。旦那様の命令ですので。」
「どーゆーことよ、パパ!」
「三太くん、君の芽衣子への愛を試すよ。
私のSPたちにさらわれた芽衣子を一時間以内に奪還し、またこの部屋へ戻って来ること。
参加するSPは3人。SPたちの逃げる範囲はこの屋敷の一階だけ。どうだい?」
「おもしろいですね。
もし金目当てで芽衣子さんに愛がなければ途中で投げ出すはず・・・。
これで僕の愛が本物が見極めようってコトですか」
「まあそういう事だ。それにプラスして、夫というのは妻を守る役割があるだろう?
SPたちにやられるような男に、芽衣子を預けるわけにはいかないんでね。」
私を無視して、パパと三太はどんどん話を進めていく。
SPたちにやられるような・・・って何考えてんのパ!?
うちのSPは選りすぐりの強者たちを集めてるんじゃなかったの!?そんなの絶対無理じゃん!
「では始めようか。橋本くん、私の合図と同時に三太くんから逃げるんだよ」
「はっ、分かりました。旦那様」
話が終わるまで橋本さんと私を部屋の近くにおいておいたのは、パパなりの配慮だろう。
これで橋本さんは隠れられない。つまり純粋なおにごっことなる。
「じゃあいくよ」
―――パチン
その瞬間、橋本さんは走り出した。三太がどんどん遠ざかってく・・・ってあれ?
三太、いなくない?
「芽衣子っ、こっちだ」
声のした方・・・横を見ると三太がいた。
「えええええっ!?うそっ・・・速っ!!」
「これでも毎日ジョギングは欠かしてねーからな」
橋本さんはチッと舌打ちして、一番近い部屋に入った。
これはお手伝いさんたちの部屋だ。誰もいない。みんな二階へ避難しているらしい。
「お嬢様、ちょっと我慢してくだいね!」
「ぎゃっ!!」
橋本さんはいきなり私を右肩に担ぎ上げた。これはお腹が圧迫されてけっこう苦しい。
続いて三太も部屋に入ってくる。
橋本さんは三太を見て、お手伝いさんのベッドの足をつかみ持ち上げて・・・・・・・・・投げた。
「うそォォォ!?」
投げられたベッドは一直線に三太の方へ。
しかし三太はそれをサラリとかわす。そのスキをぬって橋本さんは私を担いだまま部屋の外へ出た。
また長い廊下をひたすら走った。三太も後に続いた。
いくら私の家が広くて、廊下が長かったとしても廊下というものには終わりがある。
橋本さんと私は廊下の端に着いた。そこは・・・私の部屋だ。
橋本さんは「失礼」と言って部屋に入る。
私の部屋はいわゆる少女趣味な部屋だ。見渡す限りのピンク。
天蓋つきのベッド。ハート型のドレッサー。
これらは皆、私が3才くらいの時からお小遣いを貯めて買ってきたものだ。
うちは金持ちのくせに小遣いとかだけ妙に少ないからすごく苦労した。
全部思い出の品々だ。
―――まさか、私のこの部屋でもさっきみたいに・・・?
嫌な予感がした。
そしてその予感は的中、橋本さんは三太が来るや否や私のベッドの足を掴んだ。
何だコイツはベッドを投げるしか能がないのか?
―――反射的にやってしまった。
「ぐあっ!!」
「私のベッドに触るな――っ!!」
私は相変わらず、橋本さんに担がれたままだったが、さっきとは違うところが一つ。
私の肘が、橋本さんの後頭部にクリティカルヒットしていた。
橋本さんは、そのままベッドにうつ伏せに倒れた。
原田芽衣子16才!初めて人を昏倒させました!!
私は倒れた橋本さんの下から何とか脱出し、三太の方に駆け寄った。
「お前・・・スゲーな」
「うっさい!!今のうちに行くよ!!」
長い廊下の反対側まで来てしまったので、私たちはまたパパの部屋まで廊下を走らなければならない。
そして更に、あと2人のSPが私たちの妨害をしに来るはずだ。
廊下の途中に飾ってある大きな花瓶を、三太は走っているのをわざわざ止まって取り、抱えて走っている。
SPに投げるつもりだろうか。・・・死ぬよ?
そして、2人目のSPが現れた。横の部屋からいきなり現れた。
1人ずつしか現れないのもパパの配慮だろうか。現れたのは・・・確か・・・そう、池本さんだ。
池本さんは現れるなり、三太に跳び蹴りを咬まそうとしてきた。
そして三太はそれを避け・・・花瓶を池本さんの頭に被せた。
中でゴン、と鈍い音がした。
「・・・・・・あ、それそうやって使うのか。投げるのかと思った」
「投げたら死ぬだろ」
そして2人目のSP、池本さんもガクッと膝を付き、倒れた。
花瓶は、池本さんの頭と一緒に地面に叩きつけられても割れなかった。凄いなぁと思った。
―――SPはあと1人。パパの部屋はもうすぐ。
これは・・・イケる!
そして3人目もスグに現れた。また横の部屋から出てきた。
この人は確か・・・松本さんだ。今度は三太は私を抱えて・・・・・・投げた。・・・投げた?
「うわあああああ!!?」
地面がどんどん遠くなっていく。人ってこんなに高く上がるモンなの!?
いや、そんなに高くないか。・・・あれ?松本さんが近い。
―――ゴッ
「いった――!!」
「ご苦労様、芽衣子」
「ご苦労様ってアンタ、フツー投げる!?なんか頭打ったし!! バカになったらどーしてくれんの!!・・・って、ん?」
立ち上がろうとしたが、上手く立ち上がれない。と言うか、地面がおかしい。コレは・・・
「松本さん・・・?」
「もっかい言うぜ。芽衣子、お疲れさん」
パパの部屋は目の前にあった。三太の顔は輝いていた。
「まさか、こんなに早く終わるとは思わなかったよ。30分で済んだな」
「俺、腕っ節には結構自信があるんで」
―――腕っ節、関係ないじゃん。3人の内、2人は私が倒したようなもんだし。
「それで、お父さん、芽衣子さんとのお付き合いは・・・」
三太がそう言うと、パパは少し唸って言った。
「わしも男だ。約束は守る。芽衣子との付き合いは、認める」
「えっホント?やった!!」
私は思わず声を上げた。これであの男と結婚しなくて済む!
「時に芽衣子」
パパが静かに口を開く。
「何?」
「お前、婚約が決まった時は、好きな人、いなかっただろう」
「・・・えっ」
ドキッとした。何でそれを・・・
「人間、恋をしているかどうかなんて、一目見ればすぐ分かる。
あの時のお前は、恋をしている目じゃなかった」
「・・・・・・」
いや、普通わかんないって、一目見ただけじゃ
「だが、今のお前は、ちゃんと恋をしているようだな・・・自分に正直に生きろよ。芽衣子」
「・・・・・・え?うん・・・」
そう言うとパパは立ち上がって、私たちに背を向けた。
「パパは、何か心が痛いから寝るよ。ホラ、早く部屋から出て行きなさい」
「え・・・うん」
どこから出てきたのか、お手伝いさんに背中を押され、私たちは部屋の外に出た。
出てから、私たちはお互いに顔を見合わせた。
「外・・・出よっか」
私たちは廃ビルの屋上へと向かった。もうすっかり夜で、街はネオンで彩られている。
昨日三太が咲かせた花は、跡形もなく消え去っていた。
魔法って凄いなぁ・・・と思った。
フェンスに寄りかかり、二人並んで座る。10分ほど、沈黙が続いた。
沈黙を破ったのは、私の方だった。
「三太・・・ありがとね」
「ああ・・・まぁ、願い事だったからな」
「これで、私の願い事叶えたから、サンタになれんの?」
「ああ。合格と認められたらな」
「よかったね」
「ああ」
再び流れる沈黙。今度は三太の方が破った。
「あのさ・・・芽衣子、俺、実は全部ウソだったんだよね」
「ふーん・・・って、ええええ!!?」
私は思わず立ち上がる。フェンスがガシャンと音を立てた。
「ごめん、芽衣子のこと、ずっと騙してたんだ」
「うっそおお!!?でも、魔法使ってくれたじゃん!!」
「あれは手品。タネさえ分かれば誰にも出来る、簡単なやつ」
三太は深く溜息をついた。
私は、再び三太の隣に座る。
「・・・何で、そんな嘘ついたの?」
「・・・芽衣子は、多分覚えてないだろうけど、オレら、前に一回会ってんだよね」
「えっウソ」
「マジ。・・・1年くらい前かな。
オレのばーちゃんが道端で転んで、荷物ぶちまけた時に、芽衣子、拾ってしばらく荷物運んでくれただろ」
「・・・・・・あ」
思い出した。
確か商店街でおばあさんが転んでて、困ってて、重そうな荷物持ってたから、少し運んだんだ。
で、確か途中でお孫さんが来て、荷物をバトンタッチして私は帰ったんだ。
「あのばーさんの孫が俺だよ」
「えっ、ウソォォォ!!?だってあの孫、身長すっごい低かったよ!!!?」
確か私よりも低かった筈だ。
「1年ですっげー背ェ伸びたんだよ」
「へぇ〜」
三太は続けた。
「お前・・・ばーちゃんに色んな事話してただろ。
ばーちゃん、それ俺に全部話すもんだから、もう覚えちまってよ。
だからお前の名前知ってたんだよ」
「あぁそれで・・・」
「因みに言っとくがな、この屋上のことは偶然だぜ?
オレも月イチくらいでここに来てたんだ。1人になれる絶好の場所だし」
「えーっウソ。私だけの場所だと思ってたのにーっ!
・・・え、てコトは何、あのサンタ証明書っていっつも持ち歩いてるワケ?」
「ち、ちげーよ。アレはたまたま。昨日は午前中に子供会の手伝いでサンタ役やってて・・・。
今時のガキはませてるから証拠作んねーとって、作ったんだよ。
それでポケットにいれっぱなしだったんだ。
この場所だって、俺だけの場所だって、俺だって思ってたよ。
昨日だって、たまたま来たんだ。何となく、足が向いて・・・」
三太は空を見上げる。私も一緒に空を見上げた。
「・・・ばあちゃんな、半年くらい前に死んだんだ。元々の病気が悪化してな。
最期まで、お前のこと、話してたんだよ」
「・・・へえ」
私にとっては、特に思い出深い出来事でも何でもなかったのに。
そこまで嬉しかったのかな。・・・何か嬉しい。
「でさ、俺、結構ばーちゃんっ子だったから、俺もお前に・・・芽衣子に何かしてやりたくなった。
お前のおかげでばーちゃん、最後に幸せな思い出が出来たから」
「・・・そっか」
「でも、それだけじゃねェんだよ」
三太が立ち上がる。
「昨日屋上上がってきて、あんなバカな事、大真面目に言えたのは、確かにばーちゃんの事もある。
けど・・・彼氏が欲しいって叫んでるお前の・・・その願いなら、俺にも叶えてやれるって思ったんだ」
「・・・は、それ、どーいう意味?」
「俺は、恋してたんだよ」
そう言うと三太は出口の方へ歩き出した。
言い逃げするつもりだ。
「三太っ・・・!!」
私は叫んでいた。
「三太は立派なサンタクロースだよ!
だってホラ、私の願い事、叶えてくれたじゃん!!だから、もう一つだけお願いさせてよ!
私も、恋しちゃったんだ!」
「・・・え・・・」
「私の恋人になって下さい!!」
言ったぞ!!多分私今、顔真っ赤だ。何か暑いもん。
いきなり、ふわっとした感触が体を包んだ。
「・・・そーゆーのは男の方から言わせろっつーの」
「三太・・・」
街の方から、クリスマスソングが流れてくる。そう言えば、今日はクリスマス・イブだ。
サンタさん、私、今年からプレゼントいりません。
だって今年から、私だけのサンタクロースが来てくれたから。
私は君に願いをかけるよ。
ねえ三太、私だけのサンタクロース。
作:春日遥