9話 お人形の望み
シュレーヴァ視点
後半、残酷描写ありありです。
シュレーヴァ…まともな子だと思ってたのに……
──退屈な人生だと、思っていた。
両親や周囲の期待を裏切らないように、また将来の王妃として恥じる事のないように常に完璧を求められる。
常に周囲の目を気にして命令に従う、まるでお人形のようだとシュレーヴァは思っていた。
そんな中、王族や貴族の腐敗から国が滅びに向かおうとしていた。
スタンガルト公爵家もまた、多くの貴族と同様に腐敗しきっていたがシュレーヴァに出来る事は少ない。
兄とは仲がよくシュレーヴァの意見も聞いてくれたが、父がまだ健在である以上大きな動きは出来ない。
緩やかに、それでも確実に滅びへと向かう中で、シュレーヴァはただ無感情で微笑むだけだった。
──世界は狂っていて、つまらなかった。
聖女召喚の儀式も、シュレーヴァにとって眉唾物であったし、期待などしてはいなかった。
──あの方に出会うまでは。
一目で、特別な存在だと分かった。
凛とした美貌に、全身真っ赤な衣装。
髪も瞳も燃えるように、血がたぎるような赤でそれが何処か浮世離れした雰囲気を醸し出していた。
同時に召喚された少女など目に入らず、シュレーヴァは一心に彼女を見詰めた。
そして彼女は、言動も常人とはかけ離れていた。
見ず知らずの場所でありながら、自身が頂点であると確信しており揺るぐことはない。
彼女はシュレーヴァが生まれて初めて見る、圧倒的強者であった。
──だから、シュレーヴァはどうしようもなく彼女に魅せられて、憧れたのだ。
◆◆◆◆◆◆◆
「馬鹿者っ!! 何故、聖女を放って紛い物を我が家に連れてきたのだっ!」
スタンガルト領の本家の屋敷で、シュレーヴァ達の実の父親の怒号が響く。
シュレーヴァ達は王都の屋敷で数日過ごした後、スタンガルト領の本家の屋敷へと移動していた。
「……ですが、父上。天音様のお力は」
「黙れっ! この、出来損ない供がっ!! お前達こんなにも使えない奴だとは、思いもしなかった!」
シュレインの言い分を聞くこともなく、一方的に怒鳴りつける父親。
その姿は、贅を貪り肥え太っていた。
「お父様、天音様は低能な聖女なんかとは違う、至高のお方なのですよ?」
シュレーヴァはそんな父親の姿を、貼り付けたような笑みで見詰めた。
「お前が私に意見などするでないっ!」
肥え太った豚が、シュレーヴァに手に持っていたグラスを投げ付けた。
シュレーヴァが口答えをしたことが、気に食わなかったのだ。
「……あら、あい変わらずですわね」
しかしシュレーヴァはそのグラスを受ける事なくヒラリとかわすと、前へと歩みを進めた。
その表情に怯えなどはなく、ひたすら笑顔のままだ。
「……シュレーヴァ?」
シュレインの訝しげに、妹の名を呼んだがシュレーヴァが振り返る事はない。
「何だ? お前、実の父親たる私に逆らうつもりか?」
「ふふっ、私あの方とお会いして、真実に気付きましたの」
シュレーヴァは父親や兄の声に答える事なく、一方的に喋りかける。
「何を……っ!? ぐあっ!!!??」
パシャリと、赤い血がシュレーヴァに降りかかった。
シュレーヴァは懐から出した短剣を、実の父親の首に突き刺した。
「あぁ、何て汚い……あの方の赤は、至高のお色だというのに」
シュレーヴァは頬についた血を拭うと、汚物でも見るように手を振った。
「シュレーヴァ……お前、私を……ぐうぅっ…」
首を刺され床に転がった肥え太った豚を、シュレーヴァはその高いヒールで踏みつけた。
「シュレーヴァ……」
「ふふ、見てくださいお兄様。こんなにも簡単な事だったのです。私達は、今まで何と無駄な時間を過ごしたというんでしょう」
死の間際の苦悶が部屋を満たす中、シュレーヴァはおかしそうに笑い、自分の下に這いつくばる豚を嘲った。
「こんな簡単な事であったのです……それなのに、私達は随分長いことその事に気が付かなかった……」
「シュレーヴァ……お前は決めたんだね?」
あの方のお力を聞いた時、シュレーヴァは確かに恐怖した。
世界を滅ぼしかねない力がすぐ傍に在るなんて、恐怖でしかない。
けれど、シュレーヴァはその力に焦がれた。
何者にも左右されないその生き方を、美しいと思ったのだ。
「はい、お兄様。天音様が至高である以上、無能な王家など不要……あのお方こそ、王で在るべきなのです」
「そう……なら、お前の望むようにすればいいよ。僕がお前を止める事はないのだから」
シュレインはシュレーヴァの意志が変わらない事を知ると、薄く微笑んでその背中を押した。
「えぇ、私は天音様を必ず王へ戴きますわ」
それは、シュレーヴァの初めての願いであり、選択であった。
父親は放置……シュレインも冷たい((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル