12章 かっこいいオカマときしょいオカマ
「真朱彌さぁん、あんた化粧ぐらいしなさいよ。きれいな顔が台無しじゃない。」
「何や。いきなり入ってきて、開口一番にそれか?」
「差し入れよ。研究三昧で戦闘糧食しか食べてないんでしょ。桜華堂の新作マカロン買ってきたから食べなさい。」
天医であり、神子と涼子から姉御と呼ばれる真朱彌の研究室に高校時代の同級生が顔を出した。
会話からは女性同士かと思えるが、この同級生下手な女性より女性的な所作に精通した男性なのである。
「これでもって、かなりモテモテなんやからわからんもんやなぁ。」
「そうねぇ。可愛い子ばかりだけどあの子には劣るわねぇ。」
「らっぶらぶやもんね。」
真朱彌の同窓生のこのオカマさん一言で言えば、「女より女らしく、時にとても男らしい。」そんなオカマさんである。
「ところで、このぼってぼてに醜く太った全身脂肪の塊とそれなりの好青年は誰なのかしら。」
「ああ。遥夢ちゃん達の、大学時代に同じ学科でとなり通しのゼミにいた子なんやけど、太秦智ってしっとる?」
「知ってるに決まってるじゃない。
繊細にして豪快爆笑必至のコメディーからお涙ちょうだいの感動物。
女子学生向けの檄甘恋愛小説から愛憎渦巻くビターなサスペンスに、
女性でも濡れるほどあでやかな官能物までどんなジャンルも見事に書き上げて、一度読み始めたら一気に読んでしまいたくなるほど面白い大ヒット作品ばっかりの超大人気作家よ。
私も大ファンなんだけど、メディアへの露出が少なくて数少ないインタビュー記事は、御堂牧野構文担当と挿絵の人物担当との対談ばかりなのよねえ。」
二人の座る机に置かれた写真に写るのはご存じシュレックこと山形虎雄。太秦智のPNで活躍する作家と名のつく物なら何でもこなす文才である。ただ。
「弩のつく変態なんや。」
「作家はみんな何かしら変態じゃない。」
「そうかもしれへんけどな。あ、御堂牧野の挿絵人物担当は私や。」
紅茶をすすりながら語る真朱彌。
「へえ。」
「それでなあ、例の太秦さんが、リバウンドしたってさっき神子ちゃんから連絡来て送られてきた写真がこれや。」
「え。じゃあ、この二枚は同一人物なの?」
「やせてるときはきざったらしいしゃべり方なんやけど、太るとお姉的な話し方なんよ。それでなあ、オネエとしての心構えせっかくやし教え込んであげてくれへんかなあ。」
あの素っ頓狂集団の最年長だけ合って言うことが多少まともだがどこか飛んでいる。
「私はそんな人に何か教えられるほど立派ではないわ。あなたに窮乏の縁から何度も助け上げて貰った卑しくてがめつい男よ。」
「それは君が、私のことを同じように何度も励まし助けてくれたからや。私は薄情やから良くて等価交換までしかせえへんのや。」
「その割りにはよく助けてくれるじゃない。」
遥夢から貰ったコーヒーを入れ、差し出す真朱彌。
「あー。返そうにも返そうとしたらそれを超える贈り物とか、何やらを平気でしてくる何故か私を姉御って呼んで慕ってくれる夫婦が居ってな。あの子らに返せん分は他の人に優しくすることでこれに変えよ思ってん。」
「そうなのね。あら、このコーヒー美味しいわね。」
遥夢達がいつも呑んでいるこのコーヒー元々ものすごく苦い。
「ん?何故僕が彼に会わなくてはならないんだい?今あふれ出る構想を急いで書き留めなくてはいけなくて忙しいんだけど。」
「本当にきさんの体どうなっとんのや。」
「そんなに褒めないでくれ。」
「ほめとらんわ。ったく燃そうが切り刻もうが、快感に震えてその場汚し腐ってからに。」
神子が呆れるときはよっぽどのことである。
「アン・ケンス・ラケンミヌ・エル・ネイン。(あんたの構想はろくな物じゃない。)」
「そうは言うがね。」
「ガイ・アン・エル・ケンナム・タンカ・ヤンザム・ケイン。(現に官能物とか言って幼女物書きやがって。)。」
神子の目が据わり出す。
「神子ちゃんヘルプ。」
「ん?」
「私だけでは手に負えないんよ。」
「ジ・サウラ~(じゃあ、さよなら~。)」
真朱彌に引きずられていく神子であった。
「相変わらず嵐のような子だ。しかし彼女が友人であることに感謝しなくてはな。
今回もリバウンドの影響でオネエ化したのをたたき直してくれた恩は大きい。
これは何にも変えて最優先で書かなくては。
しかしそれ以前に会いに行くとしようか。」
数分後 藍蒼大理数学区生物学群総合医療学部知生体医学科高度薬事学集団摂津先進研究室
「へえ、なかなかいい男じゃない。真朱彌さんと並ぶとさながら名カップルって感じね。」
「「いやあないない。」彼女の恋人を名乗ったらそれこそ涼子君に殺されてしまうからね。」
「あらそうなの。あ、初対面の方に失礼なことを。LSN服飾部門の統括を任せていただいております―と申します。(諸事情に付き現在は伏せ名で。)」
「おっとこれはご丁寧に。あ、申し訳ない私としたことが、名刺を忘れるという失礼を。」
これだけ見れば、ビジネスの初対面と言える。
「おい。アン・エル・ミス・ディア・リンクリス・ミリテカ・クント。タウ・ハンク・エル・サグト・イル・コルテクン。(あんたの名刺はリンが持ってきてくれたよ。当の本人は仕事中だから帰ったけどな)」
「あのなあ、そういう茶番を人の研究室でやらんでくれん?神子ちゃんはええねんけど。」
「なしてうちは除外なんですか。」
流石反応が微妙にずれている。
「神子ちゃん、ここに何度も来てるだけ合って、どこに何があるか分かってるし。いつも無い物があってもしっかりよけてくれたりするから結構助かってるんよ。で、お二人さん、そろそろお昼屋から食堂いかへんか?」
「「おっと失礼。」」
「そうだったのかあ。いやあ、こんな所に僕が込めた意味を理解してくれる読者が居たとは。そうだ、今ならあの計画が。」
「太秦印のスーツとTシャツ作るって計画な。」
「あらすてきじゃない。私も御堂印とか太秦印の服を計画したいんだけど。「「「御堂印は御堂牧野とLSN最上層部の許可が下りなくて断念した。」」」そうなのよ。」
御堂牧野は太秦智と並ぶ現代作家界の二大巨頭であるが太秦智と異なるのは絶対に官能には手を出さずライトノベルでもそういう描写は極力避けているという点である。
ライトノベルで、初めて、小学校の読書感想文指定教材に国際図書協会から認定されたのも彼女らの作品である。題名は蒼藍王国国歌と同じ『世界樹の本に集う者よ』である。