姿なき理解者Aさん
子供は時に大人よりザンコクだ。特に小学生は特にひどい。
なにが相手をきずつけるかがまだ分かっておらず、けれども気にくわないとかの感情は名前は分かってなくても着実に育っているのだから。
小学三年生のぼく、赤田一人はいじめられっ子である。クラス中からいじめにあっている。原因は分からない。
1回テストで100点取ったのが気にくわないのか、女の子をふったのがだれかの耳に入ったのか。それとも妹と仲が良い事がしっとされてるのか?
とまぁ、それっぽい理由を付けてみたが、実際ぼくがどうしていじめられるようになったのかは自分でも分かっていない。なんとなくそうだなと思って、適当に言ってみただけである。
しかも先の3つもぼくには当てはまらない。100点は取った事はあるがそれはひかくてき簡単なテストの時だし、ぼくは女の子をふったよりかはふられるほうが多いし、ぼくには妹なんてかわいいものはいない。
けっきょく、ぼくがなぜみんなからいじめられているのかは分からないが、ぼくは限界だった。なにせ、学校に行っても楽しくなく、ただいじめられるために行っているような人生だったから。
だけどなにか大きく主張するようなこともせず、ただそのうらみを忘れないようにと自分のノートにそのことを書いているだけのさびしい小学生。それがぼくだった。
ある時、いつものようにノートに書いて、ふと前に書いた内容をのぞいてみると、書いた覚えのない走り書きがしてあるのが見えた。
『分かるよ、きみの気持ち。自分はなにもわるくないのに、どうしていじめられるんだろうね、本当にいやな事だよね Aより』
ふざけたような走り書きだったけど、ぼくはびっくりした。なにせ、このノートはだれにも書けないようにランドセルの中にきちんとしまっているし、人と話すこともなく、いつも授業が始まるのをまっているような立場だった。
簡単に言うと、このノートにだれも書けるはずはないのだ。
でもかけてほしかった優しげな言葉と、人懐っこそうな丸い文字があいきょうをさそっていた。
ぺらぺらとめくって前のページを見ていると、同じAさんのコメントがたくさん書かれていた。
同級生になぐられたと書いた日の所には、『だいじょうぶですか? けがが悪化しないと良いですね』と私のけがの安否を気遣うような文章だったり。
荷物とかを隠されてしまったのに対しては『そういう時は3階の田崎さんの部屋の保管庫を見るといいよ。ずいぶん前からカギがかかってないので有名だから』と書かれていて、実際探してみると本当にそこに失くしていたくつがあったのであった。
慰めるだけで終わるなら普通だったけれども、まるでエスパーのようにとられた物の隠し場所とかもおいてあるから、すごいたくさんの情報を知っているだろうなとは思っていた。
Aさんがいるからこそ、ぼくは学校にも通い続けているといる感じであり、ぼくはAさんにコメントを書いて欲しいためだけに通い続けているような感じである。
それが他の人にとっては面白くなかったのであろう。こっちはへこんでほしくていじめているのに、当の本人がまったく答えていないおだから面白くはないだろう。
ぼくがAさんに慰められてから、彼らのいじめはエスカレートしていた。
今までは教師にばれないようにするために顔をねらわなかったり、物を隠すにしても隠すだけだったりしたんだけれども、今までのいじめがてぬるいと感じ始めていた彼らに教師に怒られるかもしれないから止めると言う発想は既になくなっていた。
やるからにはてっていてきに、痛がるならそこがどんな場所だろうが狙うようになったし、それに物を隠す際には教科書を泥水で汚したり、はさみでくつを切ったりと、物自体に対してもいじめなんかをやることが多くなった。
教師も保護者やPTAに怒られるのが怖かったり、いじめてない人達も居たけれども自分がその立場になることを恐れてなにもしなかったのである。
Aさんによってじょじょに上向きになりつつあったぼくの気持ちはだんだん落ち込んで行った。Aさんもはげましてくれているのだが、それでもダメだった。
そんなぼくを見かねてなのか、Aさんがこんな事を書くようになった。
『もし良かったら3回だけですが、お助けしましょうか? Aさんより』
その言葉に最初はウソだと思っていたぼくだが、今まで助けてくれたAさんの凄さもあったのでぼくはとりあえず1回、『いじめを失くして欲しいです』と書いた。
次の瞬間、ぼくの意識が消えたかと思うと、目の前には必死になって謝っているボコボコにされたいじめっこたちの姿があった。
話を聞くといじめを失くさないとこうなると言って、ぼくがやったらしい。
ぼくはまったく身に覚えがなかったが、Aさんがやってくれたんだと思うと嬉しかった。
"もしかしたら、Aさんはニンゲンじゃないのかもしれない。"
薄々感じていた違和感は確信に変わる。
書けないはずのノート、Aさんがいつ書いているのか分からないことと、今までだって疑わしい部分があったが、今回のぼくの身体を借りての行動で確信する。
ニンゲンじゃないにしても、人間以上に親身なAさんをぼくは嫌いになれなかった。
それからもノートのやり取りは続いていた。
いじめがなくなったことで学校での安定した地位は手に入った。
しかしそれとは別の問題も出て来た。
それは家の問題だった。父親が再婚して、わがままな義母と無愛想な義妹が出来たのだ。父はほとんど家におらず、2人の女帝はわがまま放題で、ぼくは学校での地位を手に入れるのと同時に、家での安息はなくなったのかと思うくらいだった。
『じゃあ、それも解決いたしましょうか? Aさんより』
Aさんに頼むと、すぐに問題は解決した。
義母は優しく穏やかになり、義妹もこちらを長年居た兄のように慕ってくれる。方法は分からないがそれでもAさんが凄いんだと感じた。
残りはあと1回。
最後の1回はきちんと考えて使おう。そう思っていた。
3回しか助けてくれないのだから、最後の1回はきちんとした時に使おう。そう決めていた。
好きな子に勇気を出して告白して振られた時も、お弁当を忘れた時も、テストでむずかしい問題が出ても。
どんなピンチが出てもぼくは最後の1回は絶対に使わないと決めていたのだ。
ノートに書く回数もずっと減った。
最後の1回はどうするか迷っていたが、また今度考えよう。ぼくはそう思った。
やられた。くやしい。泣きたい。
ぼくがなにもしなくなったと分かってから、がき大将は威張り散らすようになった。
いじめのふっかつ、そしてさらなるいじめ。クラス中でいじめて、もう反抗出来ないようにてっていてきにやっていた。
悔しい、悔しい、悔しい!
ぼくはその思いをノートに書きはいた。すると、Aさんはこう書き返す。
『つらいでしょうね。わたしも経験ありますが、そういう時はなにもしないほうが賢明だと思いますよ。下手にていこうしても、相手の気持ちをさらにゆさぶるだけです。 Aさんより』
でも、このままだといけないんだ!
お願い、最後のお願いだよ! もう1回、いじめを失くして! 今度こそてっていてきに!
『最後のお願いかぁ。分かったよ。
ちょっと身体を借りるけど……良いよね? まぁ、勿論、きみはすでに身体を借りている事を知っているだろうけど。 Aさんより』
分かったから、お願い! 助けて、Aさん!
そうしてAさんは彼の身体を使い、お願い通りいじめをなくしました。
簡単な事です、「はい、もう良いですよ」と言えば良いんですから。
それだけ言うと、今まで怒っていた彼らは一転、ぺこぺこと頭を下げて自分の席に戻って行きました。
『どう言う事なの、Aさん! ひとりより』
ページに書かれた彼の言葉に、Aさんは口で答えます。
「なにって、こう言う事だよ。ぼくも君と同じく、いじめられっ子だった。
ある日、書いていた日記帳にAさんという人から連絡があって、君と同じように話を聞いて貰い、3回お願いを叶えてもらった。そこからは今のありさま。
自らの身体を手に入れたAさんは彼の名前を借りて、人間社会で暮らすようになったのさ」
『そ、そんな! だましたの! ひとりより』
「騙してないよ。3回はお願いを聞いてあげるって書いたけど、3回お願いを聞いた後、身体を持ち主に返すとは言ってないからね。
きみもバカだね。ノートの文字になって良く分かるよ。死ぬくらいなら普通に生きている方がよっぽど楽で、楽しいってね。逃げるのは簡単でも、生きている方が世の中楽しいってさ」
『そ、そんなぁ…… ひとりより』
Aさんはノートを閉じると、そのままかばんの中にしまう。
「まぁ、君も頑張れ。そのうち、ぼく達と同じような人はきっと見つかるさ。
良く居るよ、どこにも居場所がないって死にたがっている学生はね」
結婚式に出席した赤田一人は、親戚から「ちょっと変わったね。雰囲気とか」と聞かれて、
「やだなぁ、子供なんだからそりゃあ変わりますよ」
と、笑いながら答えていた。