8.マルケン料理店繁盛記
この世界での魔法体系がおおよそ固まってきました。
「おい店主、こりゃ、自分で焼くのか?」
「はい、このぐらい炙って、こっちのタレにつけて食べてみて下さい」
「・・・おおっ、美味いじゃねぇか、コレ」
「こっちのスパイスを付けると、また違って美味しいですよ」
開店してすぐに店は埋まっていた。
新しい食文化に、ひっきりなしに質問が飛ぶ。
「おーい、このカルビってのはなんだ?」
聞いてきたのは、武器屋の若旦那だ。俺の事を敵視していたが、店前に流れる香ばしい匂いには、抗えなかったらしい。
「それは、森牛の肋骨周りの肉です。隣にあるハツは心臓です。ほかにも部位ごとに違う味が楽しめますよ」
「なんだ、小せぇ肉だな。・・・うん、だが、悪くねぇ。・・・こっちはハツか・・・ほう・・・、うん、全然違うな!」
なんか、さっきまでとは表情が違う。
「よし、あと、おすすめを2人前くれや!」
その間にも、かなり、というか、大盛況になっていた。
色々試して結果、メインを森牛を選んだのも正解だ。
個体差が少なく、肉質もいい。
部位ごとの味の違いもバラエティに富んでいる。
また、アポトールから仕入れた魚醤も、よく焼肉と合っていた。
ちょっとエスニックな醤油といったところか。
「なんて柔らかいお肉!。ホントに森牛かしら、これ!?」
はい、分解酵素たっぷりの果実に1日漬けこんでありますから。
「この酒も、さっぱりしてて飲みやすいぜ!!」
はいはい、余った果実と、その皮をしっかり絞り込んでますから。
「おーい、なんか網が焦げてきたぞ」
はいはいはい、今、看板娘がうかがいます。
「主様、網交換!!」
「ほい、こっちも網いくよー」
エプロン姿のレルが灼熱の網をつかみ、客の頭越しに、フリスビーのよう投げてよこす。
同時に俺も、余熱していた網をレルに投げる。
快音を立てて、焦げた網が俺の手に、新しい網がレルの手におさまった。
客から歓声が上がる。
・・・決まった。
俺もレルも熱耐性であるから、このぐらい朝飯前だし、格才のおかげで投擲も精密になっていた。
「おすすめセット5人前頼む!!」
「塩タン3人前お願いしまーす!」
「ロース2人前と酒を追加ぢゃ!」
「あたしも、果実酒おかわりー!」
酒はランテさんが担当だ。
厨房内の大甕に溜めた酒を、客の目の前にあるジョッキに、直接転移させていく。
見る間に、用意した酒と肉が無くなっていった。
3時間ほどで、名残惜しげな客を追い出し、初日は閉店した。
片づけは10分ほどで終わる。なにしろ、怪力持ちが2人と、一流の水魔法使いが居るのだ。
グランさんの、明日の仕込みが終わったところで、俺たちは一息ついた。
俺は、3人を店のテーブルに座らせると、労いの言葉をかけた。
「グランさん、ランテさん、レル。今日は、本当にお疲れ様」
「初日は大成功でしたわね!」
「レルお腹減ったー」
「確かになぁ。厨房も大忙しで、夕飯つまむ暇がなかったぜ。しかもあの匂い、たまんねえなぁ」
実は、まだみんなには、焼肉を食べさせたことが無かった。
客用の肉は無くなったが、実はとっておきの肉をたっぷりと残してあった。
「じゃーん」
俺は、机に火鉢と大皿に乗った肉、酒杯を並べた。
「さて、これを、周りはコンガリと、中には火が入り過ぎないように炙って・・・、はいどうぞ。食べ頃です」
と手早く3人前を焼いてみせた。
3人が、間髪入れずに、焼けた肉を口に運んだ。
「・・・」
「・・・・」
「・・・・・」
みんな、眉を八の字にして、苦しそうな顔を浮かべている。
もしや、この三人の口には合わなかったか?
不安がよぎった頃。
「うめえ」
「・・最高ですわ」
「ふああ・・・」
みんなの表情が緩んだ。
レルなど、ハッピーそうな顔をしながら涙を流している。
そうだ、そのハズだ。
その肉は、俺が最も美味いと思う、森牛の3歳の雌のものなのだ。
こいつは、果実なんかに漬けなくても十分柔らかいし、それでいて肉本来の・・・。
「次!。主様、次食べたい!」
はいはい。
「じゃあ、その前に乾杯しよう。みんな、本日はありがとうございました。乾杯!!」
と、並々と酒が注がれた杯を掲げる。そこへ、音を立てて3つの杯がぶつけられた。
「旦那、これからもよろしくな」
「明日も頑張りますわよ」
「サルーテ!」
・・・レル。面白い子。
俺たちは、夜遅くまで、飲み、食べ、笑って騒いだ。
手配魔獣狩りと魔法修練の日々は続いたが、多少そのスピードは落ちた。
食肉用の狩りもしなければならなかったし、夜は店の切り盛りで忙しくなったからだ。
店は大繁盛していた。
リピーターも多く、組合長のダルクさんに至っては、早くも無料券を使い切っていたが、それでも食べに来ていた。
俺は、狩りや魔法修練の合間を縫って、出来るだけグランさんの解体を見に行った。
可能なら、俺も解体が出来るようになりたかったというのが最初の動機だ。
ただ、ひと目グランさんの作業を見て、考えが変わった。
この人の、剣さばきは神業だ。
音もなく、影もなく、手が消えた次の瞬間には、肉に切れ目が入り、切り分けられていく。
あの短い刃で、しかも逆手で振るっているにも関わらず、なんであそこまで深く切れるのだろう。
しかも、まるで気負っていない。
おそらく、当人のレベルからすると、本当に初歩の動きなんだろう。
「俺も修行したら、そんな風に刀を使えますか?」
冒険者としての質問だった。
「旦那は格才持ちだろ?。そっちを伸ばした方がいいんじゃないか?」
でも、素手でガンガン殴るより、刀の方がカッコいいじゃん。
「俺も、冒険者の頃は、随分と格才持ちの手配者に苦戦したぜ。奴らは武器なんて持ってなかったけど、強かったよ」
「苦戦したってことは、負けなかったんでしょう?」
「・・・まあ確かに、結局全員ぶった斬っちまったがな・・・。斬らずに捕まえられる術を持ってなかったんだ」
あまりしたく無い話をさせてしまったかも知れない。
俺は話題を変えた。
「それにしても、よく刃を研ぎますね」
「ああ、こいつの脂は半端無いぜ。獣脂がひっついて、すぐに刃が鈍になっちまうんだよ」
なるほど、脂が問題なのか・・・、それならひょっとして・・・。
その日、一つのアイディアを思いついて、ランテさんに相談した。
3日後、その成果とも言うべきモノを2つ持って、グランさんのところへ向かった。
「これ、使ってみて下さい」
「・・・新品の短刀だな。旦那が居た世界の形らしいな。シンプルだが、使いやすい形をしている。素材も随分上等だな」
「ちょっと使ってみて下さい」
うなずくと、グランさんは無言でその短刀を振るった。
「うん、やはりしっくりくる。俺用に仕立ててくれたのか?」
「はい。でも、やっぱり切れ味は落ちたでしょう?」
「そりゃ、これだけ脂がついちまえばな」
「ちょっと貸してもらえますか?」
俺は、その二本の短刀を握ると、グランさんに聞こえるように言った。
「研ぎ(トギ)」
それを、また使ってもらう。
「・・・おいおい!、切れ味が元にもどってるぞ!。どうなってるんだこれ・・・」
俺は説明した。
この短刀の柄には、熱の召喚紋が刻まれていて、「研ぎ(トギ)」という簡単な詠唱で、刃に熱を帯びる仕掛けになっているのだ。
動物性の脂は、熱を加えると溶ける。
溶けた脂は、グランさんの超高速の手さばきで振り落される。
「なるほどなあ。料理用の魔法具か」
「はい。峰には砥石を埋め込んであるので、少し重くなりますが、いつでも刃を研ぐことができます。グランさんなら使いこなせるかと思います」
「いいね」
「差し上げますので使ってみて下さい」
「くれるのか・・・。何から何まですまねぇな。いや・・・、ありがとよ、旦那。また、頑張るぜ」
グランさんは、渋く笑うと、2つの短刀をクロスさせて見せた。
こちらの世界でいう、敬意を表する敬礼のポーズだ。
・・・どうも、俺はこの人が気に入ってしまっているようだった。
飄々としているが、頼もしくて真面目だからだ。
そして、少し不器用。
なるほど、元の世界の俺とは真逆だ。
馬鹿の癖に知ったかぶりをして、ちょっと器用だからといってすぐ手を抜く。その上、危なくなったら簡単に逃げる。
それが、俺だった。
この世界では、出来ればこの人みたいになりたい。そんな風に思った。
『脂斬り(あぶらきり)』、とグランさんが名付けた、その短刀の効果で、1日2頭の森牛が捌けるようになった。
食肉用の狩りは、仕事が無い冒険者へ下請けするルートも作った。
これで、営業時間内に用意した肉が尽きることも無くなった。
『マルケン』が軌道にのったことで、俺は初心に返り、当面の目標を、一級冒険者になることに決めた。
料理店を始めたのも、冒険の合間に美味いものを食べてリフレッシュしたい、というのが本来の目的だったのだから。
魔法に関しては、ここ最近で、水魔法と熱魔法を習得していた。
この世界には物質系、エネルギー系、心身系、時空系の4種の基本魔法があるらしいので、次は心身系か時空系か。
そう思っていると、次の授業でランテさんが、思わぬことを言い出した。
「既にケンゴ様は2種の基礎を習得しました。新しい魔法より、まずはそれを使いこなすことに専念しましょう」
「使いこなす?」
「冒険で実際に応用することです。つまり私の魔法の授業は、本日をもって一旦終了します」
え?え?
「続きは、また今度ということで・・・。とりいそぎ、今までの授業料を払っていただきたいと思ってますの」
ランテさんは、妙な笑みを浮かべながらそう言った。
サルーテ(Salute)はイタリア語の「乾杯」です。
レル、ケンゴの記憶を読み過ぎですね。