7.料理店 開店準備
料理店を開く。
そして、料理の文化を発展させるのだ。
俺自身が、おいしいものを食べるために。
と、壮大な計画を練ってみたのは良いが、まずは料理人探しからだ。
基本、包丁づかいが上手い人が良い。
調べてみると、料理を専門とした職業はこの世界には無いらしい。
とりあえず、レルとランテさんに相談した。
「包丁って、料理用のナイフのことですわよね。上手いといっても、そういうものを使ってたことのある人が居るかどうか・・・」
「そうですか・・・」
レルは、くりくりと目を輝かせるとたずねた。
「主様は、どんなことを具体的にやりたい?」
「そうだね。豚なら豚、牛なら牛を、部位ごとに切り分けてくれる人が居ればいいなと思ってるんだ」
「ふーんん。・・・それなら、ダスクに話を聞いてみたらどうか?」
「ダスク?。組合長の?」
「ああ、それはいい考えかも知れませんわ。冒険者ルートで色んな人材を知っている筈ですし、鑑定眼もお持ちなので・・・。はい、確かに組合長なら何かご助言下さるに違いありません」
という訳で、俺たちは組合長の元に向かった。
「なるほど。良いナイフ使いが欲しいか。ただし、料理の職人としてか・・・。冒険者の中には居ないの。賃金制ならなおさらじゃ」
「そうですか」
俺たちは組合長室で話を聞いていた。
ダスクは、暇だったのか、簡単に相談に乗ってくれた。
「現役の中では、じゃ。引退冒険者なら、思い当たる奴が居る。・・・錐刀の名手でな。名を、グラン・ディムスという」
「双剣のグラン!?」
間髪入れずに叫ぶランテさんに、ダスクはうなずいた。
「その男じゃ」
「超一流の冒険者ではありませんの!」
「レルも知ってる。引退してたのか?」
「うーん、事情があってな。今はというか、もう引退したんじゃよ。しかも、組合のツテを頼って、このテクトールに落ち着いている。掴み所の無い奴じゃが、話が通じぬ訳でもないし、妙な差別もしない。声をかけてみたらどうじゃ?」
その言葉を信じてみることにする。
「ありがとうございます。早速、あたってみます。・・・って、どこに行けば会えますか?」
「街角で装飾品を売っておる」
え?。
心当たりがあるぞ。
「・・・早速行ってみます」
俺たちが部屋を出て行こうとすると、
「これこれ、待ちなさい」
と呼び止められた。
「ワシへの報酬はどうなっとる?」
「ほ、報酬?」
「情報量ぢゃ」
・・・そりゃそうだ。
でも、開店資金は貯金ギリギリだし。
「なら、主様の店の食事でどうか?。開店したら3回分の無料券をプレゼント。ただし、組合長はグランへの紹介状も書くこと」
おい、レルさん、ナイスアイディアじゃないかい?
無料と言いつつ、気に入ってもらえれば広告塔にもなる。
「タダ飯3回か。ふむ。良かろう」
「取引成立ですね」
さも自分が思いついた感じで俺は答えた。
深くかぶった帽子で目元を隠したあご髭のおっちゃん。
その人は、いつもの場所で、アクセサリーを売っていた。
「よう色男、今日こそ美人の彼女・・・って、どっちが彼女か知らんが、プレゼントの決心がついたかい」
「えーっと、今日の要件は違います。組合長のダスクさんから紹介を受けました。グラン・ディムスさんですよね」
そう言うと、紹介状を手渡す。
「ほう・・・。ふーん、料理の職人ね」
しばらく紹介状に目を通していたが、グランさんは立ち上げると、露天を片付け始めた。
「じゃあ、夕方に酒場で会おう。そこで飲みながら話を聞く」
「で、俺に何をやらせたい訳?」
俺とレル、ランテさんとグランさんで、テーブル囲んでいた。
それぞれ手には好みの酒を持っている。
グランさんは、如何にも濃そうな、琥珀色の原酒を口に運んでいた。
「狩ってきた、魔獣の解体と調理です」
「そんなの、誰でもやれるんじゃないか?」
「いや、肉と肉を部位別に分けてもらいたいんです」
「うん?」
「肩の筋肉、肋骨周りの肉、脳、頬肉、舌、こういったものを部位ごとに、正確に切り分けてもらいたいんですが、それには知識と技が必要です」
「なるほどね。個体間でも、筋肉の場所とか違うしな。確かに素人には難儀な仕事かも知れん」
「グランさんは、超一流の冒険者だったと聞いています。そういう方に、俺のような者がこんなこと頼むのは失礼だとも思ったんですが・・・」
「いや、・・・俺はもう足を洗ったんだ。冒険者じゃない。しかも、ケンゴって言ったか?。あんた謙遜してるけど、『鬼姫のレル』に『飛水のランテ』が仲間ってんなら、ただ者じゃないぜ」
どうも、レルやランテさんの方は、グランさんを見たことが無かったが、彼の方は良く知っていたらしい。
「ま、その魂じゃ当たり前か・・・。ダスクの爺様の紹介状もあるし、信用はするよ。で、俺の報酬はどんなもんなんだい?」
魂とか、変なことを言っていたが、とりあえず聞き流して、話を進める。
「諸経費を差っ引いた利益の4割が俺たち、残り6割がグランさんでどうでしょう?」
グランさんは酒を口に運びかけた姿勢のまま止まった。
「おいおい・・・。レルとあんた、2人の店だろう?。俺は雇われてるだけなのに、オーナーであるあんたらの、3倍の報酬だぞ」
「おそらくグランさん無しでは動かせない店ですし、正直、そこまで儲けようとも思っていませんので」
「・・・ちょっと話がうますぎる気がするがな」
「うまい話じゃなく、美味いものが喰いたいだけですよ」
「・・・そうか。俺も美味いものなら喰いたいな」
グランさんは口元をつり上げて笑うと、飲みかけていた盃を上げてみせた。
俺は、そこに俺のジョッキを寄せて、音をを鳴らした。
それからは慌ただしかった。
狩った魔獣の一部を冒険者組合より卸してもらい、グランさんに捌いてもらって、部位ごとに焼いてみる。
うん、イケそうだ。
そう。
俺が狙っているのは、この世界初の焼肉屋だった。
色んな場所が混在しているから、質感や噛み応え、味わいが変わる。
それをきちんと層別して出したら、もっと美味いはず。
あとは味付け。
辛みスパイスは、普通にあった。
酸味は、柑橘系みたいな果実を食べたことがあるので、あの未熟なものを絞れば良いだろう。
甘味も、完熟果実から作った、砂糖があったので大丈夫。
しかし、核となる塩味系の液体調味料となると見たことがない。
こういうときは物知りに聞くに限る。
ダスク組合長に、欲しいものを言ってみると、
「北の辺境地区アポトールでは、塩味の強いスープが名物なんじゃが、そのスープの素は、水揚げした魚類から作る液体スパイスだと聞いたことがあるぞ」
魚醤みたいなものだろうか。
俺はダスクさんに、取り寄せをお願いした。
冒険者組合への依頼という形でだ。
懐は痛むが、ここはポイントとなりそうなので仕方ない。
手配魔獣狩りと、魔法の勉強の合間に、開店準備を織り交ぜる日々が続いた。
街外れの廃店となった店を借りたり、鍛冶屋に網を作ってもらったり、酒の仕入れルートを確保したり。
火鉢は、意外なことにランテさんが作成してくれた。
「お肉を焼く、小さい炉ですわね。それなら私が作らせていただきますわ。魔法が応用できそうですの」
と言って、次の日には作り上げてきた試作品に、俺は舌を巻いた。
粘土で作った円柱の火鉢なのだが、耐火性は問題なし。
しかも底には火魔法の召喚紋が刻まれていて、一度詠唱すると、数時間は一定の熱を発するという仕組みだ。
「あれ?、側面にも召喚紋が刻んでありますが、これは何ですか?」
「それは、ごく弱い、死魔法の紋ですわ」
死魔法??
なんか恐ろしげな響きだが。
「生焼けで食べてしまう人も居るでしょう?。弱い死魔法で、病原を殺すのですわ」
・・・こりゃ、元の世界より便利だわ。
そういえば、この世界に来てから、膿んでいるところとか、腹を下したとか、病気とか、見たことなど無かったが。
消毒技術は、すごい進んでいるのかも知れない。
いずれにしろ、あまりにパーフェクトな出来に、俺は思わずランテさんの手を握り、
「ありがとうございます!。こんな・・・素晴らしいものを作ってもらって。今は何もできませんが、必ず御礼をさせてもらいます!」
と、礼を言った。
ランテさんは、耳まで赤くなって
「そんなに喜んでいただけたら・・・、私も嬉しいですわ。御礼は・・・授業料諸々とまとめて出来高払いということで」
と、すこし悪戯っぽく笑った。
「うーっ、ランテばっか褒められて・・・。何かレルもしたい!」
とレルが手を、バタバタやりながら訴えてきた。
「勿論、レルにはやってもらうことがあるんだ。ただし、店が開店してからね」
「そうか。主様の役に立てるならそれでいい」
すぐに機嫌が直る。
「・・・そういえば店の名前は何にしますの?」
「そっか、それは考えて無かった」
「それはレルが考えてある!」
レルはこの時とばかりに、腕を組んで胸を張って声をあげた。
「マルケン!」
そっか、レルは俺の記憶を見たことがあるんだよな。
そういえば、丸ナントカっていう店主の名前をつけたラーメン屋を贔屓にしてたっけ。
「変な名前ですわね」
「でも、代案もありませんし。店名なんて思いつきで決める位で十分ですよ」
とか言いつつ、密かに、自分の名前を冠した店を持てることに、ホクホクしている自分を発見。
魂話でレルを褒める。
『良い名前だ。でかしたレル』
『うふふーん』
そんな訳で、マルケン料理店開店である。