4.テクトールの酒場にて
俺たちは酒場に来ていた。
食事処というより、酒場。
分厚い樹を輪切りにしただけのようなテーブルに、巨大なジョッキ。
切って焼いただけのような肉の塊。
塩をふった豆みたいなもの。
そんなものがテーブルに並べられている。
そこに入ったばかりの時は、街中と同じように、一瞬静まって、強い視線を感じたが、すぐに酒場らしい喧噪に包まれていた。
おそらく、先ほどレルが買ってくれた、つば広の帽子のお陰だろう。
「主様は目立ち過ぎるから、結界帽を着けた方が良い」
というレルからの提案だった。
結界帽というのは、元々、貴族や王族が、お忍びで城下街を散策する時などに使われる、顔の特徴などが見えにくくするものらしい。
いわゆる魔具というものだ。
辺境の街では、賞金首や、様々な理由で狙われている者も多いため、比較的ポピュラーなアイテムらしい。
とはいうものの、近くで凝視されると顔形などわかってしまうそうだが。
冒険者登録は思いの外簡単だった。
というのも、一級冒険者であるレルに加え、会ったばかりのランテさんまで俺を推薦してくれたからだ。
医者のような格好をした、小柄な老人に、しげしげと見つめられた。
「うむ。能力は、頑健・回復・熱耐性・怪力・呪い無効・・・それに格才といったところか。十分に一級でも通用しそうだが、冒険者実績はゼロだからな。三級からスタートするのが良いじゃろう。それに・・・かなり特殊な魂を持っておるな」
あとで聞いた話だと、ダスクという名のこの老人が、テクトール地区の冒険者組合長だったらしい。
物品や生物の特性を一目で把握できるという鑑定眼という能力を持っているそうだ。
見た目は貧弱そうだが、かつては特級冒険者として知られた存在とのこと。
冒険者ランクについて整理すると、下から、五級、四級、三級、二級、一級で、特級が一般的には最上位。
ただし、実は、さらにその上のランクもあるらしい。
で、通常は五級からスタートするところを、一級冒険者の推薦および組合長の審査により三級から始められるとのことだ。
ラッキーなのか?
簡単な依頼で、小銭を稼ぐところから始めたいのだが。
俺は、そういうところは堅実なのだ。
そんなこんなで、冒険者組合近くの酒場に入り、俺の組合加入を祝って飲むことになった。
メンバーは勿論、俺とレル、それにランテさん。
ランテさんは、会ってすぐに、なぜか貧血を起こしたようだったが、すぐに回復したようで、その後は一緒に行動してくれた。
帽子はレルが買ってくれたが、今来ているズボンや靴、マントなどは全てランテさんが買ってくれた。
「いや、会ったばかりの人に、こんなものまで買ってもらうなんて・・・」
「いえいえ、お近づきの印ですもの。この程度のことはさせて下さいませ。勿論、その見返りに私を・・・い、いえ、その見返りなんて気にされずに。」
「見返りならレルがする。主様が受けた施しは、レルが返す」
「だから、そんなものはいりませんわ。ケンゴ様が気に入って下されば、それで私も満足ですもの」
という流れだ。
どうも好意を持たれているような気もするが、一級冒険者にとって、これぐらいの施しは当たり前なのかも知れない。
そもそも、俺がもてる訳がない。
レルは豪快な飲みっぷりだった。
一息に、ビールのような酒を飲み干す。
食べる量も多かった。
ランテさんは、ゆっくりとしたペースで飲む。
見た目通り、品の良いお嬢様、と言った感じだ。
金髪で巻き毛、大きな緑色の瞳が印象的な美人で、身長は俺と同じほどある。
レルよりもずっと華奢だが、胸の大きさは同等以上だ。
「それでは、改めまして自己紹介させていただきますわ。私は、ランテ・エスケリネン。種族は水精霊です」
「ケンゴです。知らないことばかりですが、よろしくお願いします」
水精霊というのか。
レルよりは遙かに人間っぽい外見ではあったが、金髪から長い耳が突き出ている。
「こ、こちらこそお会いできて、とてもとても嬉しく思っております」
「レルと同じく、冒険者さんなんですね」
「はい。一級の冒険者で、主に単独行動での迷宮探索が専門分野です。得意なのは魔法全般で、特に水系魔法には自信があります」
「確かにランテの魔法は凄い」
レルが素直に頷くと、ランテさんは胸を張った。
大きく張り出した胸に、ボタンがはじき飛ばされそうになっている。
ほの暗い魔性の谷間に、視線が吸い込まれてしまう。
いかんいかん。
何にも気がついていないフリをしながら、俺は独り言を言ってみた。
「それにしても、どんな依頼からこなせば良いんだろう」
「レルと一緒にパーティを組むから、二級の依頼ぐらいからで、ちょうど良いと思う。主様は初冒険だし」
「そう・・・ですわね。手配つき魔獣狩りあたりが宜しいかと思います。」
「ふむふむ。魔獣狩りか」
「主様は、まず魔獣の知識、戦い方の基礎を学ぶのが良いと思う。冒険において、積極的にこちらを攻撃してくるのは、まず魔獣だし」
「なるほど」
「魔獣狩りをしながら、主様自身の能力を把握する。その間に、この世界の法則、気候、探索方法とかを勉強すると良い」
「そうだね」
「?、ずいぶん当たり前の事も学ばれるのですわね」
ランテさんが首をかしげた。
「主様は、異世界からの召喚者」
「えっ!?」
「レルが召喚した。だからこの世界のことほとんど知らない」
「だって、レル。あなた、召喚魔法なんて使えなかったでしょう・・・」
「魔法は使えない。だから、魔導書を使った。ケドルの城跡で見つけたもの」
「ケドル城跡って・・・あそこは私が全て探索しましたわ!」
レルは、フッと笑みをうかべる。
「あそこの地下には、秘密の部屋があった。レルの欲しい召喚魔導書がそこにあるという情報を入手した。・・・ランテは残念だったな」
「くっ・・・」
目をつり上げて、歯をキリキリ言わせているランテさん。
と、俺の視線に気付いて、すぐに柔和な顔に戻る。
切り替えの早さも一流だ。
「でも、それならば、色々とケンゴ様が学ばなければならないこともありそうですわね。ここは、私が人肌・・・いえ、一肌脱ぎますわ」
「レルが主様に教えるから、ランテはいらない」
と、今度はランテさんが、フッ、と笑った。
「レル。あなた、魔法は使えないって自分で言ったばかりでしょう?。少なくとも魔法を教えられる分だけ、私の方が教師として上ですわ」
「むむう・・・」
今度はレルが口をヘの字に結んだ。
「それでは」
そこで俺が口をはさむ。
「魔法はランテさん、その他はレル、ということでどうでしょうか?」
堅実な日本人たる俺は、こういうときは両方の顔を立てるということを学んでいるのだ。
「レルは文句ない。レルには、確かに魔法は教えられないし」
「ランテさん、魔法の事、俺に教えてもらえますか?」
ランテさんは、赤くなってうつむいた。
「もっ、もちろんですわ・・・」
話は決まった。
魔法なんてものがあるのは興味深い。
俺にも使えるようになるのだろうか。
魔獣のこと、この世界のこと、冒険のこと、これから学んでいかなければいけないことはたくさんあるらしいが、それがとても楽しい気がした。
「では、よろしくお願いします」
そう言うと、ビール的な酒を一気に飲み干した。
それからは楽しい気分も相まって、硬い肉を肴に、結構なペースで酒を飲んだ。
どうも、回復能力の影響らしく、俺の酒量は飛躍的に上がっているようだった。
女性2人も、かなり酔っぱらってきているようだ。
過去の冒険話で盛り上がるというか、自慢し合い始めた。
「あの遺跡は、既に私が探索し終えていましたわ」
「でも、最後のお宝を獲得したのはレル。ランテは詰めが甘い」
「最後のお宝なんて、宝剣でしょう?。たいした報酬にはならないので、残しておいて差し上げたんですわ」
などなど。
互いに一歩も引かない雰囲気が漂っていたが、急にレルが引きはじめた。
「そうだな・・・。ランテが冒険者としては上でいい。レルは全然悔しくない」
「な、なんですの、突然」
「冒険者の格なんていうものに張り合うステージに、もうレルはいない・・・。うふふっ、レルなんてな」
「なんです・・・」
「主様に、可愛がってもらえるんだぞ」
「っ!!!」
「ゆうべもな・・・主様は、レルを優しく・・・」
「お、おい、レル、やめろよ」
急いで止めるが、レルは止まらなかった。
「それなのに、もう、レルはどうにかなりそうで・・・(中略)・・・激しく・・・(中略)・・・何度も・・・」
とんでも無いことを口走り続けるが、ランテさんは口元に手を当てながらもプルプル震えている。
怒っているのかと思ったが、黙って聞き入っているようだった。
真っ赤な顔をしているのは、当然、酒のせいだけでは無いだろう。
「という感じ。で、これが昨晩のこと。これからも主様さえ気が向けば、いつでも可愛がってもらえる。・・・たとえ、レルには思いもつかないような恥ずかしいことや、はしたないことを所望されるかも知れないけど、レルにとっては幸せ。」
そんな色魔ですかい。俺は。
と、ランテさんの鼻から、顔色よりさらに赤い血が垂れていた。
その夜は、酒場の隣にある宿屋で休んだ。
レルと俺は同部屋。ランテさんはその隣だった。
どうも、となりで聞き耳を立てられているように思えたのだが・・・。
「主様ぁ。ランテの胸なんて見なくても、レルのを見ればいい・・・。ほらぁ、好きなようにしてぇ・・・」
うっ、バレていたか。
「魔法は教えられないけど、レル頑張って主様をサポートする・・・。だから、また可愛がってぇ・・・」
大型の雌虎とはいえ、にゃんにゃん・・・とでも言いそうな感じですり寄って来られたら、俺も男だ。
昨日と同じ展開になってしまった。
朝起きると、レルも俺もすっきりしていた。
さすがは回復能力持ち、といったところか。
一方でランテさんはげっそりしていた。
壁に節穴があったことと、目が血走っていることは無関係ではあるまい。
俺の顔を見るなり、耳まで赤くなっていたが、朝食を食べ終わる頃には、もう普通に戻っていたのは、冒険者としてのスキルの高さかも知れない。
その冒険者。
俺の、冒険者としての1日目がスタートした。