29.ドレクジーンの誕生
宿屋の横には、広いスペースがあり、純白の砂が敷き詰められていた。
海岸から運んできた大量の珊瑚を、細かく砕いたものだ。
大木を輪切りにしただけのテーブルが、いくつも並んでいる。
天井も無い。
ただ、ここが、宿屋のレストランなのだ。
野生の鳥などを、屋外で調理して食べるアウトドア形式だ。
ただ、調理自体は、料理人が仕切り、お客はのんびりとしていてくれて良い。
元の世界での、野趣あふれる高級リゾートレストラン、といったイメージだ。
年間を通して、雨期がなく、気候も温暖なこの地方だからこそ、可能なスタイルだ。
もう料理は、準備が出来ていた。
櫛に刺さった肉や野菜が、香ばしい煙を上げている。
「さて今夜は、ドレクジーンの結成式として、ご協力頂く皆さんに、お集まりいただきました」
俺は、皆の前で話を始めた。
「今朝までは、大量の魔獣が押し寄せ、ドレクジーンどころかカルミラ王国存亡の危機だった訳ですが、こちらにいるカリルさんが、これをくい止めてくれました。・・・ただ、この事は、我々だけの秘密にしておきましょう。カリルさんの力は、強力過ぎるためです。我々はそれに頼るべきではありませんし、他国に知られても、様々な軋轢を生んでしまいます。また、カリルさんもそれを望んでいます」
俺は、全員の顔をみわたし、話を続けた。
「今日は、親睦会を兼ねた結成式です。カリルさんが仕留めた大王火竜蜥蜴の肝のステーキがありますので、皆さんと一緒に食し、仲間としての絆の証としたいと思います。乾杯!!」
一糸乱れぬタイミングで、全員が唱和した。
「乾杯!」
火竜蜥蜴のレバーは、ゲテモノかと思っていたが、思いの他、美味かった。
ただ、野鳥料理はそれ以上の美味だ。
水魔法のお陰で、血抜きなどが完璧に行えるのも、良い点なのだろう。
カルミラ直伝のスパイスを、贅沢にまぶした串焼き。
照り焼き風のステーキ。
鳥の骨を一昼夜かけて煮出したスープ。
塩と果汁をかけた唐揚げ。
牛肉のソースをかけたオムレツ。
さらに、デザートのプリンは、レルが苦労して、元居た世界のレシピを再現したもので、これも絶品だった。
「この短期間で、よくここまで仕上げてくれたわ。ケンゴちん、ありがとね」
「いや、みんなのお陰ですよ。それにカリルさんが居てくれなければ」
黒髪の美少女は、ふいに真顔になって俺の瞳をのぞき込んだ。
「ケンゴちん。あのような方が、味方に付くなんて、本当にあり得ないことなのよ。幸運過ぎ・・・というより、ケンゴちん自身の力かもしれないわ」
そこで、カルミラが割って入ってきた。
「こらー、お姉様!。マスターを取っちゃ駄目―!」
かなり酔っぱらっている様子だ。
そのまま、ぴょん、と飛んで、おれの膝の上に横座りした。
「このシトは、あたしのモノなんだからー!。ね、マスター?」
所有権が逆転してるような気がするが・・・。
酔っぱらった女性には勝てないと、グランさんでさえ、言っていたのを、思い出した。
「そ、そうだね」
「うふふー。じゃ、今夜、可愛がってよー」
こらこら。
みんな見てるじゃないか。
「今夜は、私の番ですわ」
いつの間にか、ランテさんが、能面のような笑みを浮かべて横に佇んでいた。
「・・・わかったわ。じゃあ、あなたと私の2人で可愛がってもらえばいいんじゃない?」
「駄目、そんなの不潔!!」
レルまで参戦してきた。
しかし、ここでランテさんが意外なことを言い出した。
「今夜は、ディアナさんに譲りますわ。だって、対物障壁で、魔物の出口を塞いで、時間を稼いだのは、ディアナさんの功績ですから」
確かに、あの時間稼ぎが無ければ、厳しかったかも知れないな。
「むー・・・、残念だけど、今日は引っ込むわ。でもその代わり、いーっぱい食べて、飲んでやるわよ!」
「それならば、私も付き合いますわよ」
「レルも、負けん!」
3人娘は、これまで以上の勢いで飲み食いを始めた。
ディアナは、あちらこちらでお酌に回って、気付いていないようだった。
「いやいや、気付いてるわよ彼女、ケンゴちん。気付いてない振りをしてるだけだって」
いや、いい加減、人の心を読むのはやめて下さいよ。
「読めちゃうんだから仕方ないわよぅ。ところで、ディアナちゃんの時間稼ぎが役立ったってことは、昨日は、こっちに居たんじゃなかったんだ」
はい、城下町で、鍛冶職人を捜してたりして。
「鍛冶ってことは、デルラテに頼んだんだのよね」
そ、そうですね・・・。
「・・・な、なぬうっ!!!、まさか、デルラテと!!??」
ああ、やっぱりバレちゃった。
「あんの雌狐・・・。私より先にケンゴちんに・・・。なんてうらやましい・・・」
あ、あの。
「・・・」
女王様?
「・・・見えた。策が見えたわ!。私もケンゴちんに、ぐっちゃぐっちゃにしてもらう方法が!」
あのー、何か口に出しちゃってますが。
宴会は、深夜まで続いた。
それから3日後、アルミラ城下町とテクトールに、新拠点ドレクジーンが開かれたとの連絡が走った。
その当日から、まずはアルミラから、女性客が押し寄せた。
ドレクジーンの宿屋『銀水亭』の前評判が高かったこともあるのだが、それ以上に、そこの亭主である、カリルさんが目当てだったようだ。
確かにカリルさんは、男の俺からみても、どこかざわめくような美男子だったのだが、その噂が、既にアルミラに広まっていたらしい。
当のカリルさんは、伊達眼鏡をかけて、微笑みながら、ただフロントで来客に頭を下げているだけだった。
愛想がいいが無口。
にこやかだが、どこかクール。
銀髪・グレーの瞳なのに、超絶美形。
そういう、ギャップ萌えみたいなのは、ポチとライムが、うまくプロデュースしたみたいだ。
お客の女性陣は、まず噂以上のカリルさんの容姿と誠実そうな物腰を見て満足し、風呂の快適さに感激し、食事に舌鼓を売って、帰っていった。
次に、風呂と食事の評判を聞きつけて、男性客が増え始めた。
同時に、城下町とテクトール間を行き来していたキャラバンが、中継基地として利用し始めた。
『銀水亭』の客室は、みるみる予約で埋まっていった。
泊まったお客が、出立前に、次の日程での予約を入れてしまうことも珍しくなかったからだ。
すぐに、村のメンバーと、宿屋やその他の施設の増築計画を練り、そのための追加人員の募集も行った。
村長は、俺ということになっていたが、堅苦しいのは嫌なので、村長代理としてポチを指名しておいた。
意外かも知れないが、ポチは、プランナーとして優秀だし、責任感も強かったから、まだ拡張期にあるこの村の管理者として抜擢したのだ。
村をとりまくリスクについては、サイックが綿密な調査報告をしてくれた。
多数の魔物が出現した、悪魔の礼物の扉からは、一切の魔力は消失しており、今後厄災が生じる可能性は無いようだったが、念のため、石魔法で厳重に封印した。
また、周囲には、特段危険な魔獣は生息していないことも分かった。
ただ、森には野鳥、川の上流には魚が大量に居たため、これらを狩るツアーも企画した。
特に、川関連は半魚人のマカリスが、様々な釣りポイントを見つけたり、魚種を調べたりしてくれたので、料理の質も、大幅に広がった。
鍛冶師のサンガは、それなりに道具の作成や、修理などの依頼が来るのだが、簡単すぎるのか、多少暇を持てあましているようだった。
「社長、何か仕事がありませんかね?」
とため息混じりに言うので、
「空いてる時間は、研究開発とか自由に使ってもらって構いませんよ」
と答えておいた。
元々、職人としてはもとより、研究者としての能力が高い人だ。
「そりゃ、ありがたい!。・・・でも、一体、何をやりやしょうかね」
俺は、あまりに高価なために、作成を諦めた、ある道具を思い出した。
「・・・専用装備作成とかどうでしょう?」
「そ、そりゃ、デルラテさんしか作れない代物ですよ」
「でも、サンガさんなら出来るんじゃないかな。というかデルラテさん以外に作れる可能性があると言ったら、サンガさんくらいでしょう?」
「・・・師匠と、タメを張れるような職人になれってことですか」
「はい」
「・・・わかりました。しばらくの間、空いてる時間で、研究と修行をやり直してみますや!」
それから、サンガは鍛冶工房にこもる日々が始まった。
俺は、思うところあって、サンガが、毎晩『銀水亭』で夕食を取れるように、取りはからっておいた。
そんな感じの忙しさが30日程続いた後、俺とカルミラは、アルミラ城へ呼び出された。
村長としてまだ正式には任命されていなかったのだが、ここで任命式を行うということだった。
城に着いてみると、大広間に通されると、女王様が玉座に座っていた。
デルラテやゲントといった組合長達が、正装である黒い衣装で横に立ち並んでいる。
聞くと、アルミラの顔役のほとんどが呼ばれているらしい。
カルミラも、式次第が分かってる様子で、その列の、一番玉座に近いところまで移動した。
「よく来てくれたケンゴ君。そして新拠点の開拓、ご苦労じゃった」
おお、荘厳バージョンの女王様だ。
久しぶりだな。
俺は、片膝をつき、頭を下げると
「女王様のご命令であれば、この身、粉にすることも惜しくありません」
と、カルミラに教えてもらった通りに答えた。
あとは、何もしなくてい良いとのことだったので、女王様の言葉を待った。
「君には、褒美としてドレクジーンの領主となってもらう」
「はい?」
俺は、自分でも間抜けだなぁと思える声を挙げた。
「ますます、発展に力を注いでもらいたい」
「ちょ、ちょっと・・・」
俺は、思わずカルミラを見るが、彼女も驚いた様子だった。
「今後は、我が国の慣例に従い、ケンゴ・ドレクジーンを名乗るがよい」
「ま、まってください」
「そうか、元の姓にも思い入れがあろう。では、ドレクリア・アルマイラの名において、本日から汝をケンゴ・ジン・ドレクジーンとし、合わせて伯爵位を授ける。皆の者、ドレクジーン伯爵を祝福せよ」
まって・・・という俺の声は、
「おめでとうございます、ドレクジーン卿」
という、合唱にも似た声に押し流された。
「どういうことっすか、女王様」
その後、別室に呼ばれた俺は、女王様に迫った。
「なんじゃ、嬉しくないのか」
「堅苦しいのはイヤです。村長ぐらいなら、一地方公務員ですが、領主となるとですよ」
と、女王様の、ニヤついていた顔が真顔に戻り、言った。
「事情がある」
マジなんですな。
「・・・聞きましょう」