27.襲来
私は、ケンゴ様に命じられて、暗号のような古代文字の解読を行うことになった。
ただ、こういうものは写しだけで解読することは困難だ。
そもそも、文字なのか魔法陣なのかもわからない。
魔法陣であれば、癖に見えるような字の角度や、線の太さにも魔術的な意味が含まれていることが多いのだ。
だから、私は実際に現地に行って、その扉を確認することにした。
ただし、その前に他の契僕さん達に相談する。
「ランテでも大丈夫だと思うけど、もう一人居た方がいい」
とレル。
それにカルミラさんが同意した。
「そうね。単独は危険だわ。強い結界には大きいリスクがつきものよ」
「では、私が同行します」
手を上げたのはディアナさんだった。
「私、古代史を学んで来ましたし、防護系のスキルには、少々自信があります。それに、今回の件には、少し気になることがあるのです」
私には、人の能力を知る術など無いが、謙虚なディアナさんが言うのだから、いざというときの防御は、まかせて大丈夫だろう。
しかも、天使の皇族なら、私の知らない知識も持っているに違いない。
「ではお願いします、ディアナさん」
ディアナさんと、歩いて半日も無いその場所まで出向いた。
水魔法で川の水面を滑っていったので、1時間もかからない。
サイックさんが言っていた通り、採石場が崩れた跡を進んでいくと、洞窟のような穴があった。
その中を入っていくと、少し開けた場所に着く。
上下左右は、石が組み合わされており、明らかに人の手によるものだった。
その正面に、確かに2枚の扉のような、巨大な石版が2枚ある。
「これですわね」
「ランテさん」
ディアナがその石を見ながら声を上げた。
視線は正面の、三角と五角形と円を組み合わせたような紋章に注がれている。
「これは紋様には、見覚えがあります」
「本当?」
「・・・以前読んだ書物の中にあった、悪魔の礼物と呼ばれる紋章と良く似ています」
「悪魔の礼物・・・?」
残念だが聞いたことは無い。
「どういうものですの?」
「それが・・・、よく分かってないのです。過去に滅亡したと思われる遺跡を調べると、その近くに、さらに古い遺跡が見つかり、その扉に刻まれているという記述があります」
「・・・」
「それらの扉は全て開いているそうなのです。だから、かつてそこに住んでいた人達が、その扉を開けてしまい、何らかの災厄を引き寄せて滅亡したのでは、と考えられています」
「穏やかな話ではないですわね」
「あくまで憶測です。ただ、閉じられた扉でこの紋章が見つかったことなど、知られていない筈です」
「なるほど。これは大発見なのですわね」
それには答えず、しばらく黙って考え込んでいたディアナさんが、ふいに、かすれた声をあげた。
「・・・ランテさん」
「はい?」
「このあたりって、採石できる程、石が豊富な地形でしょうか?」
突然な問いだった。
「・・・いいえ、珍しい場所だと思いますわよ。ちょっと外に行くと普通の土ですし」
「以前から思っていたんですが、ここで取れる石に、微弱な石魔法を感じるんです・・・」
「それは、私も感じていましたわ。・・・そう。ということは、過去に、大規模な石魔法によって生じた地形も知れませんわね」
「はい。私もそう思うのです。おそらく、かなりの人数の魔法使いが、同じ目的で、石魔法を発動した・・・」
ん?。
同じ目的?。
「その目的って・・・」
あ、そうか。
と、背筋の毛が逆立つのを感じた。
ディアナさんの次の言葉が出る前に、私も分かった。
「この扉が開かないように、封印を・・・」
その言葉が終わる前に、上から石屑が、パラッと落ちてきた。
ダンゾーは、特殊な移動手段を持っているらしく、城下町に居たはずなのに、ドレクジーンで夕食を取って帰ることがある。
その時も、夕食にしかけた頃、現れ、レルとの食事に加わっていた。
「で、ランテ様とディアナ様は、調査中ってことっすか」
「そう。2人なら大丈夫。念のため、虹蜘蛛の糸も付けておいたし」
レルが答えた、まさにその時、どこか遠くで、地響きのような重低音がした気がした。
それは気のせいだったかも知れない。
ただ、ディアナに付けた、糸が切れたのだけは、間違いの無い事実だった。
「ダンゾー」
「はいっす、カルミラ様」
「おそらく、緊急事態よ。ランテとディアナの身に、何かが起こったわ」
「確認に向かいます。旦那様には?」
「対処できるか確認してからでいいわ・・・、レル、それでいいわね?」
「レル達も強くなった。それでいい。レルは拠点防衛、カルミラとダンゾーは状況確認」
「そうね、すぐに飛ぶわ」
その時には、既にダンゾーの姿は消えていた。
私は、羽を広げると、夜空に羽ばたいた。
王族吸血鬼である私には、夜と昼間で認識できる光景に大差など無い。
川を目印に、一直線に進む。
川の横を、高速で駆ける影は、おそらくダンゾーだろう。
採石跡は、かなり広い広場になっていた筈だったが、そこは広場では無くなっていた。
巨大な黒い岩で埋め尽くされていた。
いや、違う。
あれは岩ではない。
巨大な魔獣。
10匹や20匹ではない。
私は、距離を取って着地する。
しかも、あれは・・・
「亀甲竜に、蛇王蟲。・・・それに龍燐蛙も見えるっす。他は良く確認できないっすが、いずれも大王級っす!」
いつの間にか傍らに控えていたダンゾーが声をあげた。
だが、私は既にそのおぞましい巨獣達を見てはいなかった。
「ランテは・・・、ディアナはどこ!?」
「・・・あそこっす!」
指さすところには、魔獣が群がっているが、その間から、わずかな光がほの見える。
ドーム上の結界。
「ディアナの、対物障壁だわ」
ダンゾーが目をこらして言った。
「あ!、ランテ様とディアナ様が見えるっす!。無事っすね」
さすがは皇族天使の防御能力。
複数の魔獣、しかも大王級の攻撃にも耐えている。
ただし・・・
「群れが、移動を始めたっす!!」
個々は、互いに牽制し合っているように見える魔獣達だが、全体としては、一つの意志を持つ巨大な生物のように、採石場から川に向けて溢れ出して来ていた。
障壁を攻撃していた魔獣も、1匹づつ減っていき、最後の1匹が背を向ける。
と、そこから1つの影が、空中に舞い上がった。
ディアナが、ランテを抱えて脱出してきたのだ。
一直線に私たちの元へと飛来し、そこで力尽きて、落ちてきたところを、ダンゾーと一緒にキャッチした。
「よく頑張ったわ!」
その言葉に、ランテが首を振る。
「い、いいえ、もう引きつけて置かなければいけませんでしたわ!!」
「どういうこと!?」
息を切らせながら、ディアナが続けた。
異常なまでに顔が紅潮している。
「はあっ、はあっ・・・、あの魔獣達は、村に向かっています。おそらく、ドレクジーンに向かい、その次にはアルミラ城下町になだれ込むことでしょう!」
「話は後ですわ!、早く、防衛戦を張らなければ!!」
・・・。
無理だ。
私たちだけでは、あれだけの数の魔獣を押し止めることは出来ない。
「ダンゾー!!」
「はいっす!」
「分身は出来るわよね!?」
「・・・」
「状況は分かってるでしょ?」
「っ!、出来るっす!」
「じゃあ、アルミラに居るマスターを呼んで!。それにお姉様・・・アルミラ女王に防衛体制を進言。ゲント組合長は女王の指揮下に入るように要請。それから、テクトールのグランに助力を願って頂戴!。あとは・・・あとは、あなたが気が付くことを全てやって!」
「了解・・・」
ダンゾーは語尾も残さず、移動を開始したようだ。
「私達は、ドレクジーンまで戻った方がいいですわね」
「そうね、そこで出来るだけ数を減らし、残った奴らを、アルミラに着くまでに各個撃破していくしか無いわ」
「じゃ、じゃあ、ご主人様があれほど頑張ってこられたドレクジーンは・・・」
「・・・ディアナ。あそこはまだ、誰も住んでいない。いくらでも、やり直すことが出来るわ。それに、いくらマスターの力でも、あれだけの数の大王級魔獣では、殲滅は厳しい。被害を最小限に食い止めることに注力しましょう」
「そう・・・ですね」
「幸い、奴らの動きはそこまで早くないですわ。村に残っている人を待避させる時間はあります。さあ、戻りましょう!」
俺は、白み始めた夜空を、全力で飛んだ。
飛空靴の出力は100%。
風で帽子が吹き飛びそうだが、そんなことは構ってる暇は無い。
大王級の群れ。
しかも、それぞれが、幼獣級でも強力な魔獣種だという。
俺の能力は、物理攻撃寄りで、広範囲・大規模な魔法攻撃は不得手だ。
全能力を解放しても、1匹倒している間に、他の奴らが進撃してしまうに違いない。
被害を最小限に出来るように、なるべく数を減らすため、ドレクジーンの手前で迎撃するが、ヤバくなったら引く。
その場合、ドレクジーンはあきらめよう。
まず、アルミラ城下町への被害を最小限にすること。
それが最重要だ。
ドレクジーンの外れまで飛んできたとき、まずレルの念が飛んできた。
「主様!」
契僕との魂話領域に入ったのだ。
「すまない、遅くなった!。状況は!?」
「ドレクジーンの真西から進撃してきてる!」
「敵の内容は?」
「大王級の魔獣が約100体。亜龍種が中心だけど詳細は未確認」
「分かった。村から1キロの場所で迎撃する。前衛は俺とレル。後衛にランテさんとカルミラ」
「ダンゾーは?」
「奴は、分身で戦闘力が落ちている。伝令を頼んでおいてくれ。グランさんが到着したら、遊撃手として参加してもらおう。・・・それから、カルミラ」
「はい、マスター」
「俺は、戦闘に専念する。敵を俯瞰して、指揮を頼む」
「わかったわ。・・・無理しないでね」
「ああ、撤退のタイミングもまかせる」
「了解したわ」
俺は、村の真西1キロほどの場所に着地した。
時間を置かず、レルとダンゾーが横に付く。
東の空が、朝焼けに染まり、日の出とともに、3人の長い影が西に延びた。
それは、西方に向かう道のようにも見える。
その道の先に、無数の瘤のようなシルエットが浮かび、次第に大きくなっていく。
地面が微かに揺れ、狂気に染まった咆吼が響いてきた。
敵の姿が見えてくる。
その時、レルの感情が伝わってきた。
絶望と恐怖。
「あの先頭に居るのは・・・」
ダンゾーがそれに答えた。
「あ、あれは、大王級の火竜蜥蜴・・・」
火竜蜥蜴。
俺も聞いたことがある。
鉄壁の防御と、測定不可能と言われる極高温の火炎息吹。
そして、鏡すら石化すると言われる、邪視攻撃。
卵の存在が確認されただけで、一国の軍隊が動くと言われる天災級の怪物。
・・・撤退か。
一度引いて、作戦を練り直さなければならないかも知れない。
その時。
魔獣の群れに向けて伸びていた俺の影が、ゆらめいたように見えた。
いや、それは目の錯覚では無かった。
影の一部が、盛り上がり、立ち上がっていくのだ。
それは、縦に長く伸び、黒衣の人影に姿を変えた。
ゆっくりこちらを向くその顔は、細く、冷たく、美麗だった。
俺もレルも、ダンゾーですら、声を失っていた。
手には、長い棒が握られている。
その先端から、じりじりと黒く太いものが伸びてきて・・・、巨大な鎌を形作った。
俺は、何か悟った気がした。
こいつは死に神だ。
死、そのもののような男は、ゆっくりと鎌を上に持ち上げて構えた。
逃げられない。
次元が違う。
鎌の先端に映った太陽の光が、俺の眼を射る。
次の瞬間、男は、身体を捻りながら、その刃を振るった。
自分の背後、真西に向けて。
世界の西側半分が、上下に分断された。
敵も背後の山も、一直線に裂けた。
その裂け目から、西の空に沈みかけている満月が、一瞬見える。
魔獣の群れの咆吼は、消えていた。
あるのは、静寂だけだ。
男は、ゆっくりふり返る。
骨のように白く、月のように美しい顔だった。
そして言った。
「あ、危なかったでやすね、ゲヘヘ・・・」