26.人と村
村は、完成が見えてきた。
川沿いに宿屋を置き、川から遠ざかるように道を設けて、服屋や装備品屋、食料品店、土産物屋、などを配置し、最後に村役場を置いた。
また、村役場の近くには、駐車場と、野営用のサイトを置き、街道に面するようにした。
その街道は、とりあえず、アルミラ城下町とテクトールを結ぶ本道から支道という形にした。
アルミラ城下町や、テクトールをこの村を直接結ぶ道を作ってもいいが、まずは人の集まり具合を見てからだ。
街道から来た旅人は、まず村役場でチェックを受け、村内を通って宿屋に泊まるだろうが、宿代を節約したい人は、野営地を使うことも出来る。
村を囲む形で、対魔獣用の結界も張った。
こういうのはランテさんが得意なので、強力なのをお願いしてあった。
さて、村、とか、拠点では、困るので、名前を決める必要がある。
女王様は、命名権も含めて、全て俺にまかせると言っていたが、どうしたものか。
カルミラとランテさんに相談してみる。
「基本的に、村の設立者の名前を冠するのが通常ですわ」
「他には、元々の地名をそのまま使うとかね。あとは、基幹都市との位置関係で、東テクトールとかそういうの。でも、ここまでやったのだから、マスターの名前は入れた方が良いわ」
色々考えた末に、女王様と、俺の名前を合体させたことになった。
カルミラ&ランテさんが考えた案では、ジーンドレクというものだったが、女王様の前は畏れ多いので、俺の一存で少し変更した。
ドレクジーン。
それをこの村の名前とした。
順調満帆のように見えた村作りだが、一つ気にかかる事があった。
一足先に、村周辺の魔獣分布調査を頼んでおいた、単眼巨人族のサイックからの報告だ。
「あまり強力な魔獣はいないっすね、社長。まあ、結界も強力ですし、旅の拠点として十分安全だと思います」
「そうですか、それは良かった」
「ただね」
「ん?」
「川の下流に結構進んだ対岸側に、妙なモノを見つけたんです・・・。村作りで採石したときに、土砂崩れがあったでしょう?」
そういえば、採石場としていた場所が、翌日に崩れていたことがあったっけ。
「あそこに、洞窟の入り口みたいの見えたんで、少し中を調べたんすが、奥に扉がありやしてね」
「扉・・・、ということは人工物ですよね。遺跡ですか?」
「それを調べようとしたんですが、どうやっても開かないんすよ」
「ふーむ・・・。誰か、他に相談しました?」
「へい、ランテ姉さんに」
ランテさんを呼んで話を聞く。
「サイックさんに言われて、見に行ってみたんですが、外側からは開かないように、結界が張ってありましたの。すごい強力なもので、古代文法で書かれていたので、解読には時間がかかりそうですわ」
そう言うと、紙に写し取ったものを見せてくれた。
見たこともない、形式張った文字と、三角と五角形と円を組み合わせたような奇妙な紋章がそこには描かれていた。
「どうしましょう、ケンゴ様」
サイックが、額に皺を寄せて、言った
「社長。なんか、あの扉にはヤな予感がするんでさあ。できりゃ、ランテ姉さんに解読を進めてもらった方がいいかも知れやせん」
単眼だが、深刻な表情を作ってるのが分かった。
サイックの前歴は、著名な傭兵だ。
経験豊富な戦士の勘は、馬鹿にできない。
能力でも特性でも無いかもしれないが、経験に基づいた予測は、とても貴重な力だということを、俺はこの世界で知った。
「わかりました。では、ランテさんは解読に集中して下さい」
「了解ですわ」
「サイックさん、他に何かありますかね?」
「この事は、あまり広めない方がいいすね。妙な噂が先行すると、皆の士気に影響しますので。他には、レル姉さんとディアナ姉さん、カルミラ様には伝えておくべきかと。あとはカリルの旦那ですかね」
「わかりました。カリルさんはまだ城下町に居るので、俺から伝えておきましょう。他のメンバーにはランテさんから説明しておい下さい。サイックさんは、周辺調査を続行です」
その日の内に、俺はアルミラ城下町に飛んだ。
サイック以外のドレクジーン移住者達は、それぞれ村への初期物資の手配や、準備のため、ここに残っていた。
アルミラ商店組合事務所を、デルラテに頼んで間借りしている。
「あ、社長ニャ!」
経理担当の猫型獣人、ポチだ。
猫なのにポチとは変な気がするが、それは元の世界のセンスだろう。
「社長、聞いて下さいニャ。カリルさんが、言うこと聞いてくれないのですニャ」
「どうしたのかな?」
ポチが、カリルのボロ裾を引っ張っている。
「新しい宿屋って、素朴ながらお洒落な感じですニャ?。だから、こんなムサ苦しい恰好は駄目だって言ってるのに」
「い、いや、あっしはこのままで・・・、ゲヘヘ・・・」
カリルは、宿屋の台帳やインテリア、家具など、驚くほど細やかに準備を進めてくれている。
見た目とのギャップが著しい人だ。
さすが、デルラテとカルミラが、イチオシしただけの事はあった。
だが、村の顔である宿屋の主人としては、外見に難があるのは、ポチの指摘通りだ。
少なくとも、小綺麗である必要はあるし、そういうのは、意識してやらないと変わらないものだ。
「確かに、もう少し外見に気を使った方がいいですね・・・」
「ほら!!、そもそも、おフロが名物の宿屋なのに、こんなに不潔じゃダメですニャ!」
「へ、へい。わかりやした。・・・でも、ずっとこの恰好でしたから、どうしていいのやら・・・」
そこへライムが参戦した。
「私と、ポチちゃんがプロデュースします。まずは姿勢を正して、まっすぐ立ちましょう」
「へい」
カリルが、背骨を捻るようにして背を伸ばしていく。
ギギギギ・・・・と、錆び付いたドアを開けるように変な音で、背骨が鳴った。
変形していた背の角度が次第に上がっていき、最後に
ゴキゴキゴキッ!
という異音とともに、直立していた。
まるで、猿から人への進化を見ているようだった。
「って・・・」
「・・・」
「カリルさん・・・」
俺も含め、3人とも絶句した。
俺より背が高いじゃないか。
レルと同じ位の身長だ。
ボロネズミから、ボロカカシへの進化だった。
その後は、服を脱がせてシャワー&ウォッシュ。
これが一番大変だった。
さすがに、女性陣にはまかせられないので、半魚人のマカリスが担当した。
ボロを脱がせたりせず、ナイフで素早く切り裂き、剥ぎ取る。
「ああっ!、あっしの一張羅が!!」
「あきらめなよ、カリルの旦那。覚悟してくれ!」
マカリスは、指先から高圧水流を発射し、カリルのボロの残りを吹き飛ばすと、船を洗うデッキブラシで、その身体を直接こすり出した。
「いってて!!!、いってえでやんすよ!!」
構わず、ゴシゴシ洗う。
「すげえ、垢だな、こりゃ」
子供一人分くらいの量の垢が落とされる。
きったねー。
続いて髪と顔だが・・・
「あー、絡まちゃってて、こりゃダメだわ。とりあえず、汚れだけ落として、あとで理髪店に行いなきゃダメだね、旦那」
「いや、もうこれで、いいでやすよ・・・」
「ダメって。嬢ちゃん達に、また叱られるぜ」
「そりゃ、困りやすが・・・」
渋い顔をしているらしいが、洗った髪は腰近くまであるし、顔も髭だらけで、まったく表情がわからなかった。
「じゃあ、なんか服とってくるから。乾かしとくんだぜ」
マカリスが、去ったところで、俺はカリルに話しかけた。
「カリルさん、実は、村の近くに、妙な遺跡の入り口みたいのが見つかったんですよ」
「誰か、その遺跡についてご存知で?」
「いや、誰も知らないし、扉も開かないんです。なんか古代魔法の結界が敷かれてるみたいですね。ランテさんが解読中です」
「・・・カルミラ様も知らねえんでしょ?。となると、そりゃ、かなり古いものでやすね」
「なんか、こういう形の変な紋章が刻まれていて、サイックさんが心配していました」
俺は、指で空中に、三角と五角形と円を描いてみせて、続けた
「まあ、レル達に警戒するように言っておいたので、大丈夫だと思うけど」
そこで、マカリスが帰ってきた。
俺は、あとはよろしく、と言い残すと、デルラテのところに向かった。
と言っても、ここは組合事務所なので、組合長の執務室に行くだけだ。
相談したいことがあったのを、思い出したのだ。
「あらーん!、ケンゴくんじゃないかぁ!。今日はひとり?」
油断すると、飛びついてきて抱きしめられるので、腰を浮かせかけたデルラテを、片手で制する。
「はい。・・・実は、お願いがあって来ました」
「まあ、言ってごらんな。できるだけ、希望に添うよ。この間、街を大掃除してくれたしね」
「新しい村・・・、ドレクジーンって決めたんですが、そこに鍛冶職人が欲しいと思いまして」
「鍛冶?」
「旅で壊れた武具は勿論、金属製の生活雑貨の補修なんかもできる人が必要だと思っているんです。で、どなたか腕の良い鍛冶職人が居ないかと」
「ケンゴくん」
デルラテが珍しく眉間に皺を寄せた。
「例えば、腕のいい刀鍛冶が、いい鎧を作れるとは限らないんだよ。色々なものに対応できる器用な奴ほど、それぞれが中途半端になる」
「はい」
「正直言って、あたしなら適任だと思うよ。なんだかんだで天才だからね。・・・でもさ、組合長という身分だから、おいそれと街を空ける訳にはいかないんだよ」
「やっぱり、ダメですか」
「ダメとは言ってないよ。・・・もう一人、鍛冶の名手が居る。しかも、ガイゼン鍛冶工房の職人だ」
「それって、ひょっとして・・・」
「サンガだよ。奴なら、適任だよ。しかも、ケンゴくんを認めてて、一緒に仕事をしたいとも思ってる」
「それなら!」
「でも、サンガはあたしの右腕だし、若い奴らにとっちゃ、頼れる親方だから、簡単に認める訳にはいかないね」
「簡単には・・・、ということは、何か条件があるんですね」
「・・・うふふ」
妙に恥ずかしそうに笑うと、他に誰も居ないにも関わらず、デルラテは俺に耳打ちした。
ふむふむ。
・・・。
それですか、やっぱ。
「ケンゴくんと会って以来、疼いて疼いて・・・、あたしだって女なのに、随分と空き家なんだよ。それに、これでもなかなかのモンなんだよ、脱ぐと」
いや、服の上からでも、凄いボリュームなのは十分伝わってきますよ。
正直、嫌いじゃないっす。
でも。
いや、まあ。
仕方ないか。
結局、俺はその日、アルミラ城下町の、デルラテ宅に泊まることになった。
居場所は、ダンゾーにだけ教えておく。
いや、レル達にバレると、大変だし。
夕暮れから夜、そして夜半を過ぎても、デルラテの精力は尽きることが無かった。
すぐ達するのに、またすぐ回復する。
そして、見た目に反して、少女のように恥じらいながら、次を懇願した。
そして最後に、激しい絶叫と、地震のような痙攣とともに失神し、ベッドの上で動かなくなった。
デルラテの大量の汗で、敷布が重く湿っていた。
外は、もう白みはじめている。
「旦那様」
一瞬ドッキリしたが、努めて冷静に返事をする。
「ダンゾーか、どうした?」
「村が大変っす!」