23.新たな仕事
さて、今俺は、森と草原の境に立っている。
見渡すかぎり、人の姿は無い。
トンボに似た虫が飛んでいる。
傍らには、レルとカルミラが居た。
俺は、彼女たちに声をかけた。
「さて、どこまで出来るか分からないが、とりあえず始めるか」
にっこりと笑ってうなずく2人。
話は、10日程前にさかのぼる。
あの決闘、そして大宴会の翌日、俺は1人でアルミラ城に向かっていた。
街中を抜けると、色々な人に声をかけられる。
「よお、若旦那、昨日はスキッとしたぜ!!!」
「あ、あの・・・、銀翼のケンゴさんですよね・・・。前からファンでした。でも昨日、もっともっとファンになりました!。良ければ握手して下さい!!」
「マルケンさん、喧嘩強ええなぁ!、アルミラで一番じゃねぇかって、評判だぜ!」
「ね、ねえ、アレ、銀翼様じゃない!!?」
俺は、いやー、とか、あはは、とか、ありがとーございます、とか、適当に流しながら、早足で進む。
途中で聞いたところによると、『獣鬼会』は壊滅し、街に残っているものは居ないとのことだった。
昨日の戦いも、結構な評判になっていたらしい。
まあ、勝ちっぷりが良かったのと、嫌われものの退治という2つがあったからの評価だろう。
そこらへんは、グランさんのプロデュース力に大感謝だ。
そんな事を考えているうちに城に到着した。
例によって重装備の衛兵に案内され、城内を進む。
「さ・・・」
歩いていると、前方から何か、音がした。
「さ、昨日は、戦勝、誠におめでとうございます」
それは、前を歩く衛兵の発した声だった。
若い女性のものだ。
「はい、ありがとうございます」
俺は、素直にお礼を言う。
「わたくし、カルミラ様の傍らで、ケンゴ様の戦いを拝見し、深く感銘申し上げました!」
「いや、ただの喧嘩です。皆さんのようにきちんとした戦いを学んだ訳ではありませんし」
「いえっ、昨日は我々の間でも、ケンゴ様の桁違いの戦闘、評判になっておりました!」
何と答えて良いかわからず、少し黙ってしまう。
「あっ・・・、し、失礼しました!!」
俺が、話しかけられること迷惑がっていると思ったのか、衛兵はそこからは無言で俺を先導する。
女王の執務室前で、俺は衛兵に声をかけた。
「あ、ここまでで、いいですよ」
「はっ!」
「それから、これ、マルケンの割引券です。良ければ、皆さんで食べに来て下さいね。アルミラ衛兵の方なら、大歓迎しますよ」
と言って、割引券の束を渡す。
「あっ・・・、ありがとうございます!!!」
兜の向こうから、本当に喜んでいる声が響いた。
まあ、こうやって、きちんと好意には好意で返した方がいいし、マルケンの宣伝にもなる。
喧嘩が強いだけの兄ちゃんでは駄目なのだ、とか思いつつ、重いドアを開けた。
「わー、良く来たね、ケンゴちん!」
のっけから、脱力する俺。
美少女バージョンの女王様がそこに居た。
「・・・お召しにより参上致しました。ご用の向きは何でしょうか?」
「いやーん、他人行儀な話し方は、やめてよぅ」
「てか、何でその恰好なんですか」
「こっちの方が、ケンゴちんが、喜ぶと思ってー」
「・・・ご用の向きは」
女王様は、可愛く、ちぇっ、と言うと、本論に入った。
「実は、ケンゴちんも知ってるハズだけど、テクトールまでって、ここから遠いでしょ?。だからー、中継拠点を作りたいと思ってたワケー」
「はあ」
「要は、適当な土地を開墾して、村を作ろうかと考えててねー」
「はあ」
「で、ケンゴちんに、それをお願いしちゃおうってカンジー」
「・・・命令、ですか」
「モチ」
「断れないんですよね」
「断ったら、この城から、か・え・さ・な・い」
目の前の、にこやかな美少女王は、俺が断ることを望んでいるかのような、口ぶりだった。
「そうよー、断ってくれたら、私のモノになるんだしー。や、逆に、私がモノになる??」
あ、また読心をしてますね。
「うふふー」
・・・分かりましたよ。
で、どんな手筈で進めたらいいんでしょうか?。
「ケンゴちんに、一任するから、好きにやって頂戴~」
はー・・・。
町づくりを一任、というか、丸投げされた俺は、それから準備にとりかかった。
まずは、拠点にふさわしい土地探しだ。
飲料水の確保の面から、川か、湧き水があるところが望ましい。
それに、建築資材の確保のため、近くに森があると便利だし、、平地であることも重要だ。
場所は、テクトールと、アルミラ城下町から、それぞれ蟲車で1日くらいの地点。
1日と言っても、日の出とともに出発すれば、日没には着くぐらいの距離だ。
俺は、カルミラとレルとともに、上空から適当な場所を探索した。
レルには、俺の飛空靴を貸し与えている。
ランテとディアナは、店の切り盛りをお願いしている。
本当は、飛行に慣れているディアナを連れて行きたかったのだが・・・。
祖国から裏切られ、罠にかかった事実からして、なるべく外に出すべきでは無い気がしたのだ。
ランテさんなら、ガードとしても十分だろう。
3日程の探索で、近くに大きい川が流れている草原に目星をつけた。
近くに深い森もある。
街道から外れてはいるが、拠点を作るためには申し分の無い土地に思えた。
で、とりあえず俺は、カルミラ、レルと3人で開墾を始めてみようと考えたのだ。
手始めに、川近くの草原を焼き払う。
石だか岩だかがゴロゴロした荒野が肌を見せる。
「うーん、ちょっと整地しなけりゃな」
カルミラが首を捻る。
「整地ってなぁに?」
「建物を建てたり、歩きやすくするために、平らにする作業だよ。石とかをどかすんだけど、結構多いな」
「そういうことなら、まかせて」
カルミラが、微かに口を動かすと、石だけが、地面から浮き上がっていく。
「よっと・・・」
その岩が、重なり合うようにして、傍らの地面に落下した。
「石だけにかかる土魔法を使えば、ね。・・・ねぇねぇ、あの石も何かに使えるんでしょ?」
普段はクールな感じなのに、とても楽しそうだ。
拠点を開墾する、と言ったときも、真っ先に「行く!!」と手を挙げたのはカルミラだった。
「なるほどー、その特定のモノだけにかかる土魔法、あとで教えてくれない」
「勿論よ、マスター!」
と、差をつけられたかと思ったのか、レルも声を張り上げた。
「主様!、レル、木を刈ってくる!」
「おお、お願い」
次の瞬間、レルは森に飛び
爆音、そして土煙とともに、戻ってきた。
「するよ・・・って、早いな、おい」
10本ほどの木を引き抜いて、縄でくくってる。
「じゃあ、これで取りあえず、小屋でも作るか」
まず、木をぶった切っただけの丸太で、地面を叩き、ならす。
そこへカルミラの魔法で石を並べ、熱魔法で一気に溶かした。
しばらく待つと、溶けた石が固まり、平らな基礎が出来る。
俺は『物質錬成』で巨大なノコギリを作ると、レルと2人で、生木を角材にし始めた。
2人とも、『怪力』『器用』『加速』持ちなので、仕事が早い。
カルミラは、森の奥へ、食材を探しに出かける。
城下町に帰るのは簡単だが、開拓中は、基本的に現地調達することにしていたためだ。
四角い箱のようなログハウス風の小屋が姿を見せ始める頃、夕焼けを背に、カルミラが、野鳥と果物を山盛り抱えて戻ってくる。
屋根を仕上げ終わった頃、鳥の脂の焦げる、良い匂いがしてきた。
「マスター、レル、もうすぐ出来るわ」
「いい匂いだなぁ」
「そうだ!、主様、これを忘れては駄目」
レルが、樽を抱えてもってくる。
「そういえば、それの中身、何なの?」
そうだ、カルミラには教えて無かったっけ。
「酒だよ。これだけは、俺の錬成でもうまく作れないからね」
俺は、樽から酒を3杯、ジョッキにすくい取る。
「氷があるといいんだけど、まあいいか」
「あら、氷なら私作れるわよ」
そういうと、カルミラは、近くの川で、水をすくい取り、一瞬、力を込めたように見えた。
と、手の中の水が、みるみる凍っていく。
「・・・すごいな、それ。初めてみる魔法だ」
「あら、マスター、魔法の裏使いよ。ランテに教えてもらわなかった?」
「裏?」
「つまり、この場合は、熱魔法を使ってるの。普通の熱魔法は、周りの環境から少しづつ熱を集めて、集約しているでしょ?。それが表のやり方。裏は、その逆に、一箇所から熱を集めて、周りの環境に放出しているの」
「・・・そうか。その場所は、熱を奪われ冷えるんだ」
「そうそう、それが魔法の裏」
・・・そうか!!
マルケンアルミラ店の開店準備のとき、ランテさんが立ちこめる蒸気を転移させていた。あれが、いわば裏の使い方だったんだ。
「そうか・・・水魔法でやれば、乾燥に使える。・・・光魔法でやれば、闇を作り出せるのか!!」
「そうそう。ただし、表より難しいけどね」
「いや、凄い。これで、魔法の使い道が2倍になったよ」
感動している俺は、ふと思いつくと、手に持ったジョッキを見つめる。
「どうした、主様?」
レルがたずねるが、俺は集中し始めた。
「ちょっと待っててくれ」
熱を取りだすイメージ。
いや、違うな。
普通に、ジョッキを熱魔法で温めるところを想定し、その魔法の出力をどんどん弱く・・・そして逆転させるイメージ。
これだよ。
「主様のジョッキが汗を書いてる!」
「ほれ、持ってみて」
「うわ、冷たい!!」
「ロックアイスをぶち込むのもいいけど、直接冷やした方が薄まらないからね」
カルミラが首を振って、ため息をついた。
「・・・マスター、私の見ただけで、裏魔法使えたの?。こりゃ、私なんて、すぐ抜かれるわね」
「カルミラも、血契で強くなっただろ?。まあ、とりあえず乾杯でもしよう」
俺たちは、おなじみのかけ声で、ジョッキを打ち鳴らし、喉を潤した。
酒もうまかったけど、カルミラが焼いてくれた鳥も上手かった。
塩と香辛料で、簡単に味付けして焼いてあるだけなのに、香ばしく、ジューシーだ。
焼くだけなら、牛よりポテンシャルがあるんじゃなかろうか。
鳥。
鳥肉、いいねぇ・・・。
俺の中で、マルケン3号店の構想が、あっという間に固まった。